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第116話 閑話20 ある村に迫る落日。 中編

クリン君が実は本編でも隠れてコソコソやっていた事が暴露されてしまう回です。 

後、例によって少し長くなっています。


「百歩譲って、新しく来たばかりだからご祝儀で銅貨五十枚でも構わん。所詮槌で叩いて歪みを取っただけだからなっ! だが、何故村人が勝手に値段を決める!? 挙句に、その後来る奴来る奴、計ったように銅貨五十枚しか置いて行かんっ! 更には穴が開いた鍋持ち込んで、歪み取りと同じ金額で穴塞げとかほざき出したっ! なめとんのかっ、炭代だけで銅貨五十枚超えとるわっ!!」


「あー……分かった。それはちょっとした誤解だ。鍛冶師殿、これには少し込み入った訳が在ってだな……」

「ええ、理由は解りました。村人には私からもちゃんと説明します。ですから……」


 鍛冶師の言葉に、トマソンと村長はつい一ケ月半前までこの鍛冶場とその隣の小屋に住んでいた、五歳児だとは到底思えない五歳児の事を思い浮かべていた。


 あの少年にまつわる騒動だったのか、と二人は思った。——だが、確かに少年が原因には違いないのだが——


「誤解じゃと? フンッ! その程度でしか考えておらんからこんな村などには居たくないのだ。《《ワシの前に別の鍛冶師が居た事》》など知っておるわい! 本来それもそれで不義理な話だ。だがワシも村に来るのに時間が掛かったし、去年の野盗騒ぎも知っておる。事情が事情だから仕方がない。だからそこに対して文句は言わん!」


「ああ、いや鍛冶師殿? 彼は別に鍛冶師として村に招いた訳では無くてだな……」

「だから知っておると言っている! 野盗騒ぎで村を焼け出されて逃げて来た鍛冶師だそうだな。貴様ら、それを知っていたからこんな無茶な事を平気でやったのだろうよ。相手の困難に漬け込んで腕を安く買い叩くなど、信義にもとるわっ!」


 余程腹を立てているのか額に青筋を立てて怒鳴って来る。しかし、村長にとっては彼の怒りは筋違いであり、ちゃんとした理由がある事だと説明しようとする。


「いえ、ですから鍛冶師殿、あの子供は鍛冶師ではありません。たまたま、元住んでいた村が少し特殊でして……子供で未熟ながらも鍛冶作業が出来た為、簡単な修理を任せただけなのですよ。ですから料金が安いのはその分……」

「またそれかっ! この村の奴らはどいつもこいつも……《《こんな変態みたいな真似ができる子供が居てたまるか》》!! 残していった道具や修理した物を見る限り、相当な修練を積んだ、立派な鍛冶師の仕事だっ! 確かに、技量的に甘い部分も見受けられる。だがどう見ても子供の仕事ではないわい! コイツの仕事が銅貨五十枚だと!? 馬鹿も休み休み言え!!」


「いえ、それは村からの依頼した場合の金額で……村人が直接依頼した場合は銅貨二十五枚が相場だったと聞いている」

「ちょ、トマソン君!? だから余計な事をいうなと……」


「なお悪いわっ!? あの鍛冶師の仕事が銅貨単位なのがそもそもおかしいのに、たった二十五枚しかこの腕に出していないだと!? 貴様ら正気かっ!?」


 人間怒りが突き抜ければかえって冷静になるのかもしれない。余りにもの酷い(鍛冶師的には)扱いをしていた事が確認され、フゥと一つ息を吐く。


「成程。これは一概に村の奴らを責める事は出来んようだな。ワシの前に居た大馬鹿野郎はそもそも《《お前等の相手をするのを辞めた》》様子だからな。こんなロクデナシ共に腕を披露したのがそもそもの間違いだったのだろうて」


 それまでの荒い口調が鳴りを潜め押し殺したような口調だ。それだけに寧ろ怒りが深い事が読み取れる。


 しかし、トマソンや村長には何故ここまで鍛冶師が怒っているのか、またここまで悪しざまに言われているのか分からない。


「お前等の様子を見るに、この馬鹿野郎が何をしていたのか全く理解していないんだろうよ。しかもそれで構わん位にしか思われておらんとか、この大馬鹿も不憫だがお前等も不憫よな。仕方ない。村から出て行く前に、自分達が何で銅貨二十五枚だ五十枚だなんて馬鹿げた値段でも仕事を《《受けて貰えていた》》のか、それ位は教えてやる」


 鍛冶師の男はそう言うと二人を連れて、村から出て行った五歳児が良く陣取っていた平炉と、その隣に急造したと思われるレンガ炉の所に向かう。


「鍛冶場の様子からするに、その大馬鹿者はここらの物を自分で作ったと思うが……違うか? 元から在ると思われる物とはあからさまに様相が異なっとる」


 確認するようにそう尋ねると、トマソンが


「そうだ。俺はあの子が鍛冶をする際に良く手伝っていたから知っている。この丸太に弓を括り付けた様な良く解らない物やレンガ炉、やたらとしなる枝にハンマーを括り付けた物とか、その変なカタツムリみたいな物はその箱型鞴が完成するまで使っていた鞴だな。ん? コレは確か『スミチュボ(スミツボ)』とか言う定規の一種で、この変な金具は『ケービッヒ(罫引き)具』とか言っていたな。フム、こうやって見ると結構色々と残して行っているんだな」


「やはりな。ワシも見た事が無い道具や使い方の判らん道具がゴロゴロしているからもしやと思ったが……やはりコレがその大馬鹿者が銅貨単位の仕事を引き受けて平気な理由だ」


 と、鍛冶師が言うが二人は意味がさっぱり分からず互いに顔を見合わせて首をひねるだけだった。その様子に鍛冶師の男は「ハァ」と大仰に溜息を吐く。


「やはりそれも解らんか……ワシら鍛冶師は慈善事業じゃねえんだ。新しく作るにも直すにも、費用ってもんがかかる。歪みを直す程度ならタダだと思うかもしれないが、正しく歪みを直す為には道具が要る。道具を作る為には金が要る。ましてや炭を燃やして叩こう物なら炭代がかかる。一時間も炭燃やせば銅貨なんて金額じゃ収まらん。炭自体に税金がかかっているからな。つまりな、そんな金額で仕事なんてしたらやればやるだけ赤字だ。それに道具だって永遠に持つわけじゃねえ。ある程度使ったら手入れがいる。それだってタダじゃねえ。それ位は解るだろ?」


 鍛冶師の男はジロリと二人を睨みつけ、同意したのを確認すると、


「ワシら鍛冶師は確かに職人だが、同時に商売人でもある。本来修理なんて大して儲けにならん、出来ればやりたくない仕事だ。新造品を売ってその蓄えを持ち込んで、多少の利益が出ればいい位だっつうのがこう言う農村での修理よ。しかし、この大馬鹿野郎は新造をしている形跡が無い。ほぼ修理のみだ。つまり、普通にやっていたらよ、《《お前らに金払って修理させてもらっている》》と言うよな意味解らんことになる筈なのよ。銅貨二十五枚なんてふざけた金額なら、な。だが、聞いた話じゃその鍛冶師は料金を纏めて村長に預け、出て行く時に結構な額として受け取ったらしいじゃないか。それは本当か?」


「え、ええ、銀貨以上の金額は全て預かる約束でしたから……なので出て行く時には……」

「ああ、幾らかなんてのはどうでもいい。つまり、その大馬鹿は『本当は溜まる筈の無い金』を貯めやがったと言う事になる。普通はそんな事出来ん。だが実際にやったとなると答えはココにある『普通じゃねえ道具』にしか無え」


 鍛冶師の男は、幼児が残していった丸太のオブジェ——スプリングハンマーと呼ばれる物——をポンポンと叩き、


「要するにだ。ワシの前の鍛冶師は『その金額でも儲けが出せる様な工夫』をするためにここらにある道具を作って、テメエらの我儘を聞いていたんだよ」


 二人を小馬鹿にするように言うと「それだけじゃねえ」と続ける。


「こいつは多分、全ての物を全部自分で集めて作っていやがる。この奇妙な丸太。こりゃぁ多分アレだ。金属を潰すための道具だ。そうだろ、衛兵崩れ? 手伝っているんだったらコレを使っている所を見ているよな?」

「あ、ああ。確かにクリン君はコレで鍛造をしたり、歪み取りをしていたが……」


「へぇ、クリンつうのかその大馬鹿野郎は。どういう訳かこの村の奴らは『余所者』だの『守銭奴』だのと呼んで名前覚えて無かったしよ。まぁそれは良い。そのクリン? って鍛冶師はよ、ただ手で打つと時間が掛かって燃料代が掛かるからってんでこんなのを作ってんのよ。あの良くしなる枝にくっ付けたハンマーも、多分同じ目的だろ。いや、こっちは曲線を付けるための物か? とにかく時間を掛けずに力も使わずに、ローコストで仕事する為にこんな物を作ってる。ふん……旧い道具を治すために新しい道具を作る、か。いい具合に《《狂った》》野郎だぜ。正しく職人らしい大馬鹿野郎の考え方だ」


 職人は職人を知る。そう言う言葉があるが、この鍛冶師は正しく職人であった。実際に使っている所を見ていない筈なのに、初めて見るこれらの使い方を完璧に読み取って見せた。


 ただ……一つだけ誤解があるのだが、クリンは自分が子供で体力も力も無いからこれらを作っただけであり、決して村人の要求に答える為に作った訳では無い。


 まぁ、結果としてこれらの道具が有ったから要求に答えられてしまっていたのだが。


「こっちのケービッキ具? とかスミチュボとか言うのは目印を付ける道具だな。一々測ったりせずに特定の幅が出せればその分作業時間が減り、使う炭の量も減る。こっちの鞴は普通の蛇腹の物と違い、押す時にも引く時にも、どちらででも風を起こせる仕組みだ。これにより効率良く炭を燃やせる。つまりは、掛かるコストを最小限に抑えられるってこった。ったく、小憎らしい位に徹底しているじゃねえか」


 と、鍛冶師の男はどこぞの幼児が残していった道具類を一つ一つ手に取り、詳しく説明しながら少年を持ち上げる。


 結果的に間違っては居ないのだが、クリン的には単純に現代鍛冶作業に慣れてしまっているために、目見当だけで済ませる様な原始的な鍛冶になじめなかったので作っただけだったりする。効率が良いのは事実であるが。


「それだけじゃない。この大馬鹿野郎はお前等の無茶な値段に答える為にほぼ全ての物を自分で集めるか作るかしていやがる。炭も普通に燃やしたら銀貨二、三枚は飛ぶ。だから態々こんな小さくて火力が集中する小型レンガ炉を自作しやがったし、なんなら炭も自作だ。正規の炭焼きの物に比べりゃ大分質が悪いが、銅貨二十五枚なんて値段に抑えるなら作るしかねえよ。しかもただ作るだけじゃねえ。再利用までしていやがる」


「再利用……それはどうやって……? 俺は手伝っていたがそんな事をしている素振りは見えなかったが」


 トマソンが不思議そうに聞くと、鍛冶師の男が鼻で笑い、


「本来炭なんざちゃんとした窯を作らにゃまともな炭にならん。焼いてる途中で殆ど割れちまう。こちらにちゃんとした炭がある所を見るに、こっちじゃコストが合わないんだろう、野焼きの炭(ただ木を燃やして上から砂をかけて作る雑炭)を自作して、しかもそれじゃぁ火力が足りないってんで、崩れた炭を一度粉にして糊で固めて炭として使ってやがるんだ、この馬鹿は」


 そう言って、クリンが残していった炭の木箱を開けて見せる。そこには、まるで型に入れて作った様な、正確な形をした炭が並べられていた。


「す、炭を粉にして固める!? そんな事をして使えるのかね!? いや、それ以前にどうやって固める事ができるんだい!?」


 驚いた村長が鍛冶師の男に詰め寄る様に聞く。当然だ。そんな事が出来るのであれば炭がかなり安価に造れると言う事になる。


「目の前にあるじゃねえか。そして、そこの衛兵崩れは実際に使っている所を見ている筈だ」

「ああ、確かにこの炭を使っているのを見た事は有るが……まさか炭を粉にして固めた物だなどとは思わなかった……いやに形が整っているとは思ったが……」


「多分、野焼きの炭じゃ割れて細かくなっちまうってんで考えたんだろうな。向こうにこの形と同じ素焼きの型があるから、恐らく芋から糊を作って水に溶かし、炭の粉と混ぜて攪拌して、その型に入れて作ったんだろうよ。重石を乗せて乾燥させれば水分が抜ける過程で勝手に締まって塊になるって寸法よ。試しに燃やしてみたが、多分糊に使った成分が燃えるんだろうな。多少煤が出るが十分炭として使えたわ」


「芋で糊を……失礼だが、何故それが分かったので?」


 トマソンが尋ねると、鍛冶師の男は面白くなさそうに鼻を鳴らして、クリンの残した炭箱の上に載っていた干からびた物をトマソンに向けて放り投げた。


「……これは?」


 思わず受け取ったそれをシゲシゲと眺め、再び問うと、


「多分ここらで安く手に入る芋の類いだろう。ご丁寧に箱の上に置いてあったわ。恐らく『コレを使えば出来る』ってメッセージのつもりなんだろうよ……フン、小賢しい!!」

「……ああ、うん。あの子らしい……しかし、それはもしかしたら誰でも作れる物なのですかね?」


 二人の話を聞いていた村長が割り込んで鍛冶師の男に尋ねる。もしこれが作れるのであれば安価に炭が作れると言う事であり、やり用によっては村の特産に出来るかもしれない。


 そんな思いがあって尋ねたのだが、それに対する答えは、やはり鍛冶師の男の「フンッ!」と言うあざけりを含んだ鼻息だった。


「もしこのやり方で炭を作るつもりなら辞めておけ。こんな物、まともな炭が使えない故のただの代用よ。恐らくこの炭を作るのに一ケ月とか二ヶ月とか掛かる筈だ。そんな時間を掛けて作った所で燃焼効率はやはり普通の炭に劣る。金を掛けたくない奴が趣味で作る様な物だ。商売にしようなどと考えたら効率が悪すぎる」


 この馬鹿は、その金すらかけたくないから態々時間を掛けてこんなのを作ったんだ、と鍛冶師の男は言う。


「炭だけじゃない。この馬鹿は穴塞ぎに使う為の砂鉄も自分で取っているぞ、コレ。目の前の水路の底が嫌に綺麗だからな、きっと攫って集めたんだろうよ。それだけじゃない、珪砂も仕入れるとなると高いからと、カタツムリの殻を集めて粉にして代用として使っていやがるな。そこに小箱に入った粉があって、更にご丁寧にカタツムリの殻が載せてあったわ」


 その言葉に、村長は夏前にクリンが水路の掃除をさせてくれと言い出したことを思い出し、トマソンは去年の収穫祭の事を思い出す。


 確かその祭りの最終日に自警団員の一人が少年から教えてもらったラン麺とかいう麺料理を振舞った事があった。


 その時にクリンも手伝っていたし、そのラン麺の材料に干しカタツムリが使われていると確か言っていた筈だ。

 

 水路の掃除はただのご機嫌取りだったと村長は思っていたのだが、どうやら実情は違った様だ。


「……まさかそれも兼ねて、あのラン麺を教えたのかあの子は……」

「知らなかった……まさかそこまでして鍛冶に使う材料を集めていたとは……」


 と、二人は改めて少年の行動の意味を知り、その計画性の高さに戦慄している。だが、コレもやはり誤解であり、崩れた炭だと燃えるのが早いので燃えにくい固まりの炭を幾つか用意しておきたかっただけであり、カタツムリの殻もラン麺を作る際に「勿体ない」と思ったので何か利用方法は無いかと考えた結果、珪砂代わりにつかっただけである。


 全て鍛冶師の男が言う通りに作用している事はしているのだが、実は全て因果が逆であったりし、既にいない少年の株が爆上がりしてしまっているのだった。

本編ではコレを解説したくても、探偵役が居ないので出来なかったんですよね(笑)

職人技の解説にはやはり職人が必要な訳で……


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