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第115話 閑話19 ある村に迫る落日。 前編

「こんな村で鍛冶屋などやっていられるかっ! 馬鹿にするのも大概にせぇっ、ワシは町に帰らせてもらうぞっ!!」


 そんな声が鍛冶場に響いたのは、クリンが村を出てから一ケ月半程後の事だった。


 この村では三年前に鍛冶師が急な病で亡くなり、以来鍛冶師が不在だったのだが、一年半前に村長があちこちの伝手を頼りようやく見つけた鍛冶師と交渉する事半年。


 ようやく村の鍛冶師を引き受け移住を承諾したが、引継ぎをして準備をし実際に移住するまでに更に一年近い時間が必要だった。


 その間、近隣の村や最寄りの町の鍛冶場を頼ったのだが、去年の晩春に野盗の襲撃事件が起こり幾つかの近隣の村が壊滅してしまった。


 鍛冶師の予定を早める事が出来ず、一年近くほぼ無修理での農作業をするしかなくなっていたのだが、そこに偶然野盗に襲われて焼け出された他所の村の孤児が流れ着いてきた。


 その少年は僅か五歳ながらも自活力が半端なく、村に孤児として保護される事無く自活を始める。そして何ともタイミングが良い事に多少なりとも鍛冶の知識を持っていた。


 五歳と言う年齢では流石に本職の鍛冶師程では無かったが、彼が村に辿り着いたお陰で多少なりとも破損した農具や自警団の装備品の修理が出来る様になり、ようやくこの村も一息付ける状態となった。


 その後も新しい鍛冶師が村に到着するまでの代理を熟し、場所を引き渡す為に村から出て町に向かって行ったのが一か月半程前だ。


 そして一ヶ月の後、待望の正規の鍛冶師が移住してきて、コレで晴れて村でも他所に頼らずに鍛冶作業が行われると一安心した所である。





 しかし。新しい鍛冶師が村に来てたった半月。僅かそれだけの期間でこの新しい鍛冶師は村から出て行くと騒ぎ立てていた。


 これにはこのファステスト村の村長も大いに慌てた。当然だ。この鍛冶師を招聘するのに色々と根回しし、元の鍛冶場をそのまま新しい鍛冶師に譲渡すると言う絶好の条件——更に、鍛冶場内の工具一式から設備一式もそのまま引き継げると言う破格の条件だが、その事に村長自身は気が付いていない——で呼び込む事が出来た、新規で村に呼ぶのには評判の良すぎる腕前の鍛冶師だった。


 僅か半月で村から出て行かれてしまってはこれまでの苦労が水の泡だし、何よりも代りの鍛冶師の当てなどない。あったとしてもこんな村に来てくれる鍛冶師では彼以上の技量がある者などまず見つからない。


 だから村長は、荷物を片付けて村から出て行こうとしていると聞き付け、慌てて駆けつけて必死でこの鍛冶師を引き留める他に無かった。


「今更そんな事を言われては困ります。貴方がこの村で鍛冶師をしてくれると言うから他の鍛冶師など探していないのですよ? たった半月で出て行くなど、それは約束が違います」


 村長がそう引き留める。立場的には村長の方が上なのだが、自ら招いた手前もあり口調にも大分気を使っている。だが鍛冶師の男は険しい表情のまま、


「知るかっ! 何が約束だ、ココまでコケにされて約束もクソもあるかっ! こんなふざけた村だと知って居たら最初からこんな所に来ないわっ!」


 作業場の、自分で持ち込んだ道具類を片付けながら、ガッチリとした体形の初老に差し掛かった男、新しい鍛冶師が腹ただしそう怒鳴る。


 一見ドワーフぽく見えるが歴然とした人間である。元は町で鍛冶師をしていて、引退にはまだ少し早いのだが都合よくこの村の話が来たので、早めに弟子である息子に工場を譲り自分はセミリタイアを決め込んで、田舎でノンビリと鍛冶を続けて余生を送ろうと村長の招きに応じていた。


 しかし、僅か半月この村に住んだだけでその考えは失せてしまっていた。こんな村で鍛冶師をするなど冗談じゃない、と本気で思っている。


「何か、村の者が失礼でもしましたか? それなら私が変わって謝ります。ですから一度冷静になって、考え直してたいだけ無いでしょうか?」


 あくまでも丁寧な態度を崩さない村長だったが、鍛冶師の男は「フンッ」と鼻を鳴らしただけで取り合おうとはせず、依然荷造りは止めない。


 取り付く島もない鍛冶師の男の態度に、どうした物かと村長が悩んでいると、自警団のトマソンが様子をうかがっている子供達をそれとなく家に帰る様促しながらやって来る。


 去年の冬以降、すっかりとこの鍛冶場の前や水路の土手近辺は子供達の遊び場となっており、前鍛冶場の住人が去った後も依然子供が集まっている。


 因みにその集まった子供の中には彼の息子であるネルソンもしっかり居る。


「何やら村民から鍛冶場で村長と鍛冶師殿が揉めていると子供達から聞いて来たのだが。何か問題でもありましたかお二人共?」


 こう言う村では鍛冶師の存在は死活問題でもあるので、扱いは自然と丁寧になる。トマソンもまだそれ程面識のない鍛冶師相手に、村長相手と同程度に丁寧に対応している。


 鍛冶師の男はそんなトマソンをジロリと一瞥しただけで、やはり「フンッ」と鼻を鳴らし視線を戻し荷造りを続けながら、


「別に揉めてなど居らん。そこの村長が勝手に騒いでいるだけだ!!」

「それは貴方が唐突に村から出て行くというからでしょう!? 何が気に入らないのか分かりませんが、今更そんな事を言われても困ります!」


「解らんだと? そうか解らんか。だろうな。そうでなければこんなふざけた村の村長などしておられんだろうよ。そんな村になど居る気はない。ワシは出て行かせてもらう」

「だから何故突然そうなるのです!? そんな勝手な事されたら困ります」


「お前が困ってもワシは困らん。兎も角出て行く。邪魔をするなっ!!」

「……俺には十分揉め事の様に見えるが。鍛冶師殿が何やら立腹されている事は判ったが、揉め事があると住人に報告された以上は対応するしかない。せめて何に腹を立てておられるのか、その説明だけでもしてもらえないだろうか?」


「ハッ! たかだが田舎の村の自警団員ごときが、衛兵の真似事か? 貴様には関係無い事だ、すっこんでおれ!!」

「……鍛冶師殿がどう思おうがコレが俺の仕事だ。衛兵だろうが自警団だろうが村で騒ぎがあればそれを調べて鎮める。それが警備を任された俺の仕事だ。鍛冶師殿に俺の仕事を貶される謂れは無いと思うが」


「むっ……そうだな。それを否定したらこの村の馬鹿共と同じになるか……スマン」


 素直に矛を収めて謝罪する鍛冶師にトマソンは一瞬戸惑ったが、こういう態度は職人気質の強い頑固者に多い事を町で衛兵をしていた経験上で知っていたので、表面上は平静を装い、鍛冶師の男に、


「謝罪は受けよう。それで? 差支えが無ければ何故村を出て行こうとするのか、その理由を聞かせてもらえないだろうか。出て行く出て行くとそれだけでは村長も納得しないだろう」


 以前、村に流れ着いた幼児と村長との交渉と言う名の駆け引きには全くついて行かなかったトマソンだが、彼の本分はこうした揉め事の仲裁だ。尊大にならず適度な威圧感を保ちつつ相手の心情を聞き出すのは元から長けている。


 この時の鍛冶師の男もトマソンの雰囲気に飲まれたのか、荷造りする手を止め「むぅ」と唸ると手を組んで考え込む。


 暫くしてトマソンの言に理があると思ったのか、絞り出すような声で、


「ワシはな、鍛冶一筋で生きて来た。鍛冶師と言う仕事に誇りも持っとる。しかし、この村の連中はそのワシの誇りに泥を塗った。それどころか鍛冶師と言う仕事その物に喧嘩を売って来ておる。こんな村で鍛冶をするなどワシは御免だっ!」


 と、歯ぎしりをしながら言う鍛冶師に、トマソンは「そんな事があったのか?」と言う思いを込めて村長に目を向けると、村長の方は「そんな話は知らん」と言う様な感じの視線を送って来る。


「鍛冶師殿。失礼だがそれは何かの間違いでは? ご存じだと思うがこの村ではもう三年も村の鍛冶師が居ない状態だ。貴方が来た事を歓迎こそすれ粗末に扱うような村民は居ない筈だ。この俺も、新しい鍛冶師が来ることを首を長くして待っていた位だからな」


「歓迎だぁ!? アレがこの村の歓迎だというのかっ! ハッ! それなら益々こんな村などに居てたまるかっ! あんな態度を歓迎などと言う様な村にはなっ!」

「それはどういう……?」


「それはな、この村に来て何日もしない間の事だ。この村の女性がやたらと歪んだ手鍋を鍛冶場に持って来おったっ! そして『この歪みを直して欲しい』とか言い出したっ! 本来そんなのぁ鍛冶師の仕事じゃないっ! だが田舎の村ならそう言う事もせねばならぬかと引き受けたわっ! そして歪みを直した後、その女性が何と言ったと思う!? 『アンタは大人だから銅貨五十枚ね』とかぬかして、人の話を聞かずに大銅貨一枚置いて勝手に帰って行きおったわっ! ワシの仕事がっ! そんなガキの駄賃の様な金額の訳がなかろう!」


 思い出して腹が立って来たのか、忌々しそうに吐き捨て——村長とトマソンは互いに顔を見合わせて、とある食堂の女将の事を思い出していた。

 クリン君が去った後の村の様子。リクエストもありましたし、やはり新章に入る前にここを描いて行かないと、ね……

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