第112話 閑話16 ラン麺制作、リベンジ編 上
久しぶりの飯テロ回だぁ!!
と、掲載した時は思っていましたが、別に閑話でやらなくても良かったかなぁ、と少し後悔した回。
でもまぁ消しちゃうと話数が合わなくなっちゃうのでそのまま載せます(笑)
『バンバンバンバン!』と景気よく鍛冶場の扉が叩かれ、クリンは『またマクエルさんが押しかけて来たのか』と溜息交じりに考え——ふと横に居るマクエルと視線が合った事に気が付く。
「あれ? マクエルさん!?」
「おん?」
「そう言えば、今日の担当はマクエルさんでしたね……じゃあの猫バンバンしてくる非常識な相手は一体……?」
「なぁクリンよぅ……俺ぁあんな騒がしい叩き方したことないんだわぁ、コレが」
「いえ、大体いつもあんな感じですよ。あ、でも流石にこんなにしつこくは叩いてないですね。手、痛くならないんでしょうか?」
クリンがそう言う間にも扉はバンバンと叩かれ続けている。そして、
「坊ちゃん! クリンの坊ちゃ~ん! 自分っす! 約束通りに材料集めて来たっすよ! だからラン麺を! 自分にラン麺を教えてくださ~~~~~~い!」
扉を叩く音と共にそんな声が聞こえて来た。
「……青刈マルハーゲンでしたか……何か行動パターンがマクエルさんそっくりです」
「誰だよそれ?……しかし俺、あんなんか? 全然似て無いと思わん?」
「思わないです。こちらが反応返すまでしつこい所とかそっくりです……ハイハイ! 解りました、今開けるから静かにしてください!」
「……おれ、こんな感じか? 違うよな……同じじゃないよな……」
マクエルが不安そうな顔でブツブツ言うのを他所に、クリンは鍛冶場の扉を開ける。そこには依然として青々と頭を光らせている、クリン命名の青剃りマルハーゲンが満面の笑みで立っていた。後ろには荷物を積んだ荷車までご丁寧に鎮座している。
「坊ちゃん、鶏ガラって言う奴を手に入れやしたぜっ! 他にも小麦粉……は流石に無理なんで大麦粉九割と小麦粉一割でブレンドしてもらった粉もあるっす! 後、乾物? とか言うのも何種類か揃えたっす! さぁ、自分にラン麺の作り方を教えて欲しいっす!」
クリンの顔を見るなりそう捲くし立ててくる青頭マルハーゲン。満面のドヤ顔で言って来る彼に、少年は眉根に皺を寄せ、
「それはおめでとうございます。ですが、僕は今仕事中なんですが……」
『んな面倒臭い話を当日に持ってくんな』と言う意味を込めてと語外に断ろうとすると、
「おおん? もうほぼ終わったろ? 収穫祭の二日前じゃこれ以上追加なんて来ねえよ」
と、何故かマクエルがバラす。
「……今日お仕事の方は?」
「こいつは祭り当日の警備だから当日まで代休よ」
と、再びマクエルが答える。
「…………もしかして、この機会を利用して自分も作り方覚えようとしています?」
「いんや、まさか。アレはアゲモノよりも面倒臭そうなんだわ。俺はドン・カッツやキャラーギィをマスターするので手一杯なのよな。それよりも今日ここで作り方教えるのなら、当然試食とかある訳なのよな」
どうやら彼は彼でもう一度ラーメンを食べる機会をうかがっていたようである。こうなれば教えるまではダブルで梃でも動きそうにない、と溜息を吐き『まぁやる事無くてボーっとしていたのは事実だし良いか』と丸刈り青ゾーリンを中に招き入れた
「しかし、結構な量のガラを持ち込んだようですが、何処で仕入れたんです? この村では精肉業はやっていないんですよね?」
「そうっすけど、今は時期が丁度良かったんすよ。収穫祭の前っすからね。祭りに合わせて鶏を潰して肉取る家が増えますから、ガラも手に入れやすいんっす」
場所を隣の小屋に移し、準備をしながら何気なく聞くとそんな答えが返って来た。
『成程ね……確かに言われてみればこの時期に牛だの豚だの鶏だのを潰して祭りで振舞う習慣があると聞いているから、この時期に探せば結構手に入れられるのか』
これは良い事を聞いた、とクリンは内心思う。祭りでは丸焼きとかで供される事が多いと聞くが、それ以外にも汁物などで出される事もある筈なので、精肉過程でこういう骨ガラは絶対に出る物だ。この世界ではどうするのかはまだ知らないが、一度に大量に出る筈であるので肥料にするにしても素材として扱うにしても余剰分は出る筈である。
町に出た時にそれらを探す指針としては十分に役立つ情報と言える。
『でも気を付けないと、豚の例もあるからな。トイレ清掃代わりに使われている豚はガラと言えども流石に使いたくはない』
そう思うクリンである。郷に入っては郷に従えと言うが、古来よりそれで疫病が流行ったり食中毒やはやり病などを引き起こしていると知っている身としては、流石にソレに手を出したくは無い。
「それじゃ、ガラからスープを作る所から始めますか。まぁ、手間がかかるだけで難しい事は無いんですけれども」
そう言って先ずはガラを桶に入れ、二人を井戸の所に連れて行き洗わせる。
「うん、このガラはかなりの老鶏のガラですね。まぁこう言う村だと老鶏から潰して行く物でしょうし当然なのかもですが」
「老鶏だとマズイっすかね?」
「いえ、スープを取るなら老鶏の方が旨いと言われているので、寧ろ向いています。ただ、その代わり老鶏は臭みが強いので、事前の下ごしらえが必須になります。この最初の洗いで丁寧に血を落として余分な部分を洗い落とせるかで仕上がりが変わります」
三人揃ってジャブジャブと鶏ガラを洗い、水気を切ると小屋の竈に戻る。
「初めに断っておきますが、このやり方が唯一絶対と言う訳では無いですからね。やり方は幾つもあって、その中から自分の流儀に合う物でやっているに過ぎません」
竈で湯を沸かしながら、クリンがそう前置きする。
「例えば僕の場合は、これ先にお湯だけ沸かしていますが、先にガラを入れて水からやるやり方もあります。僕の場合はそれやると汁が濁りやすくなるのであえて沸騰してから鶏ガラを入れます。ただコレをやると一瞬で表面が熱で固まるので、灰汁や旨味が十分に出なくなるとして嫌う人もいます。ですので、本当にどういうやり方でやるかは好みです」
グラグラと湯だった鍋の中に鶏ガラを放り込みながらクリンが言う。
「この後も、僕の場合は下茹でで三十分から一時間ほど煮ます。勿論、これも他のやり方が幾つもあります。一分とか十分だけ煮て灰汁をひたすら取り続けるとか、何もしないとか。僕の場合は今回老鶏のガラなので臭いが気になるので一時間煮るパターンでやっています。他にもグリルやオーブンでジックリ焼いてから煮込んだり油で骨だけ揚げて煮込んだり、本当にやり方はそれぞれです」
クリンの説明に、マルハーゲンはふんふん頷きながら、板切れに木炭で何やら書き込んでいる。この世界ではまだ紙は一般的でないらしく、羊皮紙も高いので庶民がメモを取る場合は大体こんな感じである。長く残す場合は後でナイフなどで刻んで文字を残しておくのだ。そんな彼の様子を他所に、煮込んでいる間にもう一つの竈を使って代用醤油を作る。
「こちらは本来は醤油と言う調味料を使うのですが、無いのでその代用です。もし本当の醤油が手に入るのなら、そちらを入手する方をお勧めします」
そう言いつつも、それとなく聞いた範囲では醤油を知っている者は居なかったので、少なくともこの国または近隣国では存在していない可能性が高いと思っている。
「そのショーユ? ってのは時々お前さんの口から聞くのよな。それは作れんの? 何時ものクリンなら、なんかこっそりと作りそうなんだけどよ」
割り込んで聞いて来るマクエルに、クリンは思わず苦笑いする。
「作って作れない事は無いです。ただ、ココでは原料となる豆が見つかっていません。この間食堂でなんかレンズ豆みたいな物があったので、それを原料に代用醤油なら作れると思いますが、味や風味が決定的に違いますし、何よりそんな物でも作るのに半年とか掛かります。同じ代用ならこちらの方が短時間なのでこちらにしているだけですね」
実は前世でも大豆アレルギー対策用として、大豆以外の豆で作った醤油と言う物がごく少数ながら存在している。ソラマメやえんどう豆を使った醤油、麦だけで作る醤油などがあるが、どれも大豆醤油とはやはり趣が異なる。
体質的に醤油が食べられないのなら兎も角、現在の様に醤油に飢えている人間だとどうしても違いが目に付いてしまい何カ月もかけて作る気力は起きないのだった。
それに延長されたとは言え春には村から出て行くのだから、尚更作る気が無い。
「ま、醤油は語り出したら長いですからね、にほ……ボッター村の住人にとっては味噌と並ぶ魂の調味料ですし。まぁこの代用醤油でもないよりは大分マシ、と言う事で作ります」
そう言うと、調理板の上に材料を並べるのであった。
まぁ、何時も通りのクリン君なので、飯テロでは無くただのレシピ話になっていますけれどもね……