第110話 閑話14 転生幼児の半休日。その3
本編では語る余裕が無かった、この世界での習慣の様な話の回です。
神殿での礼拝の後は敷地の見学をする。祭壇は小さいが敷地はそれなりに広く建物が幾つか建っている。こういう神殿施設がある場所には診療所が併設されている事が多く、簡単な治療や整体マッサージの様な治療をして喜捨を得るのも神官の仕事らしい。
また地域によっては、村や町の孤児を預かる施設も持つ事もある。ただ現代の孤児院の様な施設ではなく「地域公認の青田買い施設」の様な物である事が多い。神官の雑用として育て将来的に神殿関係者として囲ったり、村の人手不足の家に奉公に出したりダイレクトに養子に送り込んだり、成人まで育てて村の未開地などの開墾者に当てられたりする、そんな感じなのがこの世界の孤児の扱いである。
成人になったら施設から追い出してくれるような優しい孤児院であったのなら、恐らくクリンも村から逃げ出しここに転がり込んでいただろう。
だがこの世界の孤児院は入ればほぼ人生が確定してしまい未来の決定権は無くなる。職人になりたいクリンがここに入れば余程運に恵まれない限りその未来は閉ざされていただろう。だからクリンはそれを拒否し、五歳で自活を始めると言う一見無謀な事を始めた訳でもある。付け加えるのであれば、孤児院や養子などに取られた時点でクリンの財産は全て里親か孤児院の物になってしまうので、それを嫌ったと言うのもある。
最も、こういう閉鎖的な村の場合孤児はそれぞれの知人や血縁を辿って養子や成人までの後見人となる事が多く、神殿に保護されている孤児は今はいない。
より正確には、新規の孤児が居ないだけで既に神殿関係者になっている子供しかいない、と言う意味である。
ただ、コレも将来的には里親の小作人や雑用としてこき使われたり、後継者がいない家の婿や嫁として送り出されたりと、正直どっちもどっちな立場である。
「と言うかこっちの建物の方が余程大きいし立派じゃないですかね?」
「言いたい事は解る。ただこちらの建物は俗世の習慣に合わせた物だからな。神殿は神の定めによる様式があるから、そうそう好き勝手に変えられないんだ。だから神殿の方がともすれば地味な感じになってしまうのも仕方がない事なんだよ」
「はぁ……成程、神殿の設計がある程度決められているのであればそうなるのも仕方がないですよねぇ」
「……ここだけの話、それは建前だ。実際の所、大きな町や大都市だとこの規模でももっと荘厳に建てられている事も少なくない。ただそれにはどうしても金がかかる。村として神殿は様式に則った質素な物で十分でも、村の見栄としてそれは自分から『この村は貧しいです』と言っている様な物だからな。他所から来る者たちに『ウチは豊かな村です』と宣伝する為にも、付帯施設に金を掛けると言うのは良くある事なんだ」
「ああ……そう言えば向うでもド田舎の寺とかだと、本堂がやたらと質素で地味なのに礼拝堂とか宿坊とかがやたらと立派な寺とかあるしねぇ。『オラが村の観光名所』って感じなのかなぁ。こう言うのって世界が変わっても感覚はそう変わらないなぁ」
と、クリンは口の中で小さく呟いた。流石に小さい呟きだったのでトマソンには聞こえなかった様で、一通りの案内が済んだらそのまま村の大通りに出る。
この大通りは街道から伸びる正面門と畑へ向かう門へと繋がる、いわばこの村のメインストリートであり、一番にぎわっている通りで人通りも多い。
村の住人自体は百六十人前後だと聞いているが、早撒きの春の収穫後に起きた、野盗化した隣国の流民による襲撃騒ぎにより、流入してきた避難民や近隣の村への労働力派遣で生活していた地域の人間、そして町からの出稼ぎにより一時的に村の人口は二百五十人を超えているらしく、空家だった民家は全て人が住み少ないながらも繁忙期に供えて建てられていた宿屋は全て満室となっているらしい。
従ってまだ日中であるにもかかわらず、農作業がひと段落しているこの時期にしては通りに人は多い。らしい。
クリンもその流入してきた人間の一人に他ならないので、この村の元の様子など知らないので伝聞でしかない。こうなると村外れの鍛冶場は実に良いタイミングで借りれたと言える。もう一ケ月もタイミングがズレていたら、鍛冶場も他の人間に貸し出されていたかもしれなかったので、そう言う意味では運が良かったようだ。
「成程、コレだけ急激に人が増えたのでしたら、トマソンさん達自警団の人が装備の修理を急ぐのも解りますねぇ。荒れている、と言う程では無いですが治安維持は中々大変そうですねぇ、この様子では」
「まぁな。有志の村民が応援を出してくれているが、完全に賄えている訳では無いからな。ソコにまともな装備も不足しているとあれば、住人にも不安が広がる。完璧とまではいかないが、少しでも使える装備品が増えたのは君のお陰だよ。実に良いタイミングで修理してもらえて、団員一同君には感謝しているんだ」
通りを流れて行く人達を眺めやりつつ、トマソンがクリンにそう感謝の言葉を述べ——
クリンは鼻に皺を寄せて実に微妙そうな顔でそれを聞いていた。
「……不満そうだな。今の言葉は嘘では無いぞ?」
「ええ、勿論嘘だと思っていませんよ。勿論、感謝していると言う言葉も疑っていません」
そう言うが、クリンの鼻の頭の皺は消えないままである。
「日本……いえ、ボッター村にはこういう言葉があるそうですよ、トマソンさん」
鼻の頭の皺を消し、朗らかな笑みを浮かべてこう言う。
「仕事に対しての何かを言う場合『感謝の気持ちは現金で』って言うらしいですよ?」
「…………」
にこやかに笑うクリンに対し、トマソンは先程の五歳児と同じような表情になっている。
「まぁ、半分以上本気ですが冗談です」
「……それはほぼ本気と言うのではないかな?」
「ハハハハハ、ちょっとしたお茶目ですよ。僕も仕事を引き受けた以上は未熟であっても職人としてのプライドがあります。安く叩かれたとしても、仕事を受けた以上は最善を尽くして仕事をする、それだけです。その仕事の出来不出来に何か言われる事は有っても、感謝される謂れはありません。『それが仕事』です。ですから感謝の言葉など不要です。貴方達がするのは、仕事でガンガン装備品ぶっ壊して新しく仕事を持って来て、仕事料金を引き上げる位です。それが職人に対しての感謝の仕方と言う物ですよ」
「ただし、死んだり怪我したりしてはダメです。そうしたらその分仕事が無くなります」と付け足して言う少年に、トマソンは苦笑いを浮かべて頭を掻くしか出来なかった。
「それはそうと、結構屋台とか出店とか在りますねぇ。余りこの時間にこの辺り通りませんから知りませんでしたが、コレは収穫祭の関係ですかね?」
「それもあるな。元々収穫の時期は他所から手伝いの人間が増えるからな。元々の食堂や宿屋の食事だけでは賄いきれ無いから、収穫が始まる時期になると屋台が立つ事が多いんだ。加えて今年は近隣の村が壊滅しているからな。その村で出す予定だった店とかもこの村に集中したらしくてね。例年に比べれば数が増えているね」
クリンが話を変えて来たので、トマソンもそれに乗っかる形で答える。
「食堂……そう言えばそんなのがあるから一度行こうとマクエルさんから誘われていましたね。どういう物を出しているんです?」
「基本は自宅で朝食を食べている余裕が無い独り者向けの朝食と、工場や土木工などの労働者向けに昼の軽食、労働後の夜食と酒をそれぞれの時間帯に出して居るな。まぁ朝は麦粥、軽食は大体焼いた芋とか干したパンとかと軽エールだな。夜はシチューやスープにパン、それと腸詰や塩漬け肉、チーズなどとエールかワインだ。……そうだな、丁度時間でもあるし軽食を食べて行くかい? 俺も最近寄ってないから都合が良い」
そう言われ、数日後にこの話を聞いたマクエルから頻繁に食堂に連れ出される事をまだ知らないクリンはその言葉に乗る事にした。
もし少年に予知能力があればこの時に誘いに乗る事は無かっただろう。
ああ、こういう細かい設定考えて乗せるのは楽しいのは何故なんだろう……
読んでいる方は大変そうですけれども(笑)