第六話 繋がり始める分かれ道
イアンスと退治した狙撃手、ロザラム。それは彼の妹だった。兄妹での死闘はやがてお互いの全ての手を出す壮絶な戦いとなる。
しかしその戦いは彼等だけではなく、イアンスの力を追い求める者達もまた興味を示していた…
「…ごめんね」
遂に対峙した狙撃手、ロザラム。それが自分の妹でも無ければ即座に逃げていただろう。先程のカウンターで分かった、次元が違う。先程まで隙だらけに見えた佇まいも今では無敵の絶望に見える。
(さて…どう崩す?)
相手は動いて来ない。自ら攻めては負けるというのを理解しているのだ。逆に、攻めなければ負けないという事も。
幸い地の利はこちらにある。足元周囲は先の争いの影響がかなり強いのか、未だ草木一本生えてない。本来このような敵と対峙する時、射線を切れる障害物が無いのはかなり不利だ。だがそんなものは必要無い、奇襲など目の前からでも出来る。寧ろ相手を見失う事のないこちらが有利だ。ケジメを付けるしか無い、例えどんなに悲惨な結果が目に見えていようとも
同刻…
「"バルカン"、"トルーパー"と接触です」
静かな部屋に甲高い少年の声が響き渡る。
その部屋には六つ程にすら見る事も出来る幼児の様な少年と、顔に何十本もの皺を刻まれているが、針より鋭い眼光を保つ老人だけがいた。
「また、バイス=ヴァットガイズの生体反応がロスト。」
少年は淡々と言葉を続ける、見た目に似合わぬただひたすら冷徹なその声で。
「………………」
老人はただ黙る。少年も何も言わない。数分間の重い沈黙が訪れる。
「………………………………神装部隊に記録を送る。バルカンとの通信は何処まで取れる?」
少年はこの空間にいる中で初めて瞬きをした。そして指先一つ動かさず答える。
「運動記録と傷害記録までで限界です」
「…………充分だ」
老人の顔が歪む。歓喜の表情か、苦悶の顔か、それは本人にしか判別出来ない事だった。
「感覚を思い出すしか無いか!」
今度は抜刀したまま接近する。先のように奇襲を狙うのではなく正面から叩き潰すため。
(タイミング…今ァ!)
イアンスが振り被りロザラムがそれに受け答える瞬間、彼が跳躍し、空中から一発を打ち込みにいく。だがロザラムもしっかりとそれに反応をし、空中からの一撃もあっさり回避する。しかしイアンスも反撃を貰う事無く反対側に着地する。
振り向くと同時にロザラムの射撃がイアンスを襲う。
「"トルーパー"ッ!!」
弾丸が彼の目と鼻の先で弾き飛ばされる。それは彼の刀の"鞘"によるものだった。
「なるほど…やっと感覚を思い出して来た」
不安定に空を漂うそれが段々と体勢を安定させてい
く。
"二分型全距離対応汎用兵器トルーパー"
それはイアンスのオーダーメイド兵器、彼の法力…もとい意思に応じて空を駆ける"相棒"。その速度は音を置き去りにし、本体に殺傷能力は無いもののその岩をも穿つ硬度から人の肉体など簡単に破壊する。
(弱点は精密動作性だけ…しかもお兄ちゃんはそれすら多少克服してる…波状攻撃は避け切れない、となると…あれをやるしかない)
ロザラムはそれを見ると共に表情をより引き締めた。
殺すしかない、彼女がそう覚悟を決めるのに時間はかからなかったからだ。
直後、トルーパーが飛んでくる。天才的な反射神経を持つロザラムはそれすら回避するが、そこから生まれた隙をイアンスは容赦なく突く。
「貰った!」
「くぅぅっ!」
上空を通ったトルーパーに目を奪わせ、逆手で斬り上げる。ロザラムはそれを"バルカン"で防いだが、左足にイアンスのキツいローキックが刺しにくる。
(まずっ…!)
反撃を意識しすぎて下段が見えず、直撃してしまう。ロザラムの体制が崩れた。
「喰らえぇぇっ!」
そこにイアンスの唐竹割り、この状況では当身を出す事も出来ない、確実に勝負ありに思えた。
「まだぁ…っ!」
だがロザラムが左腕で刀を止めた。予備の弾を収納する肘当てでイアンスの刃を間一髪で止める。それでもイアンスは力を弱める事無く刀を押し付ける。しかしこれではいずれ肘当てごと腕が切断され、そのまま殺されてしまう。
「ラム、降参しろ!頼む!」
奇跡的に訪れた妹を救う千載一遇のチャンス、それを無碍に勝利を掴み取れる程イアンスは甘さを捨てきれていなかった。必死に涙目になり目の前の組み伏せている相手に懇願する。
「まだ…まだぁっ…!」
それでもロザラムはタップしない、段々と肘当てに刀が食い込んでいく。両足も片腕も既に押さえつけられ、絶体絶命だった…
決断を前に、あの日の事を思い出す―――
私が神装部隊になったその日…
「これが新しい…私の…」
この国を出ると誓って何年経っただろうか。皮肉にもそうしてまで掴もうとした幸せは、この国によって手に入ろうとしていた。
「君は殆ど使い方を把握してるだろうが、一つ説明を省かせて貰った物がある。」
かつて散々自分達をしごいてきた鬼教官が"部下"として話しかけてくる。その事実もまた達成感を感じさせた。
「『可変型汎用兵器バルカン』…狙撃銃形態とビーム・アックス形態の二つの形態を持つ兵器…というのは知らされているだろう。特に切り替えは法力の科学使用により同じ時間軸の上で両形態を存在させられるという事も」
法力の発見はパトリウム中の科学者の常識を覆した。それを使えば同じ刻の中に"狙撃銃形態"のバルカンと"ビーム・アックス形態"の二つを存在させる事すら出来るという。
それが凄い事なのかは分からないが、兵士からすれば切り替えようと思った瞬間に切り替わってるのはとても便利だ。
「また、君の要望により銃身部分には超精密鏡面加工が施されている。理論上原子レベルの物質すら滑らす事が出来るぞ」
私が狙撃だけだったなら精々エリート部隊程度だっただろう。だが模擬戦で怪我知らずの"純潔の狙撃手"たる所以は私自身の防御力の高さにある。相手の攻撃を受け流す天才。
かつて一度だけだが嫉妬心から襲撃してきた生徒の凶弾すら皮膚をくねらせ滑らせた事がある。右肩の肌と肉が焼け焦げ"直撃よりマシ"程度だったが。
「怪我をしないように」と兄が何年も毎日受け身の練習を手伝ってくれたお陰だった。
「さて、本題だが…」
目の前の男が静かに語る。
「バルカンには万が一に備えエネルギーを高圧力で放出させ小規模の爆発を起こす機能がある。そしてそのパスワードは…君が決めて欲しい。君の声でしか爆発しないが、君の声ならどんなに小さい囁き声でも機動する。良く考えて設定するように。それでは、これからもよろしく」
敬礼を返し、目の前の男を見送る。
この武器こそが幸せへの第一歩、希望への道、そう感じられた。神装部隊と言えば誰もが知る国家最高の少数精鋭部隊。国民の英雄だ。
「やっと…お兄ちゃんと…」
自然と涙が零れ、手元の武器に落ちる。ようやく幸せを掴める事に心から感謝し、感動した。その喜びはいつまでも忘れられない。
「…………グスッ……そう…そう、設定しなくっちゃ」
教えられた手順で設定の準備を終える。万が一のパスワード…それは―――
「『さようなら、お兄ちゃん』」
ロザラムそう囁くと、突如バルカンが緑の光を放ち爆発する。
「なにっ―――」
さしたるイアンスも反応出来ずモロに巻き込まれる。爆発の土煙の中、意識が飛んだ。
気が付くと、暗闇の中に立っていた。足元は水か、土が、それとも雲か。
硬くて柔らかく、あるようなないような地面だった。
「…ここは?」
独り言にどこからか声が返される。
―――イアンス―――
それは明らかに人間の声では無い。それどころか、生物の声とも違う異常な響きだった。
「誰だテメエは!こっちは今忙しいんだよ、後にしろ!」
―――立て―――
こちらの言葉を気にも介さずただ自分の言葉を続ける声、なんと傲慢なのだろうか。
―――我が力を使え―――
(力…かつての俺が恐れていた力…それがこの声なのか…?)
―――我が力に従え―――
「…"従え"だと…?」
冗談ではない。宿主を苦しめ、更に支配しようと言うのか。そんな力など、使う理由がない。
―――貴様の魂を我に―――
「そんなもの…必要ねえッ!」
「…お兄…ちゃん…」
奥に倒れてる兄の亡骸を見て、静かに涙を流す。
「どうして…こうなっちゃったのかな…」
無論、語り掛けても返答は無い。自分は持ち前の受身に加え神装部隊の制服の防弾機能のお陰でなんとか生きているが、民間人の衣服に身を包んだ兄は即死だろう。
「幸せだった…お兄ちゃんと…いるだけで」
直ぐ側にあった幸せに気付けず、更なる幸せを求めた天罰なのかもしれない。ここまで来て初めてそれに気付く生き物なのかと自分を愚かに思った。
「泣いてる暇…ないよね…」
昔から泣き虫だった。成長しても、彼の前だけは泣いていた。でも、もう泣くことは出来ない。
兄殺しの十字架を背負い、血も涙も無くし生きねばならない。それが自らの運命だ。
「イ…イアンスッ!」
「お姉ちゃん、見つけ…イアンス…!?」
突然、一回り年上に見える女性と逆に一回り年下に見える少年が兄の亡骸に走り寄って来た。情報に聞いた仲間だ。殺意の籠った女性の目がこちらに向く。少年の目は虚ろに地面を見ていたが、手からありったけの殺意を向けてきた。
(年貢の納め時…か。それでも、精一杯戦わないと)
兄は最後まで覚悟を持ち力を込めていた。私は彼の妹だ。全身の痛みに耐え、銃を持ち、立ち上がる。
「…ごめんね…」
無言で周囲に何百本ものナイフが現れ、一斉に自分の頭に刃を向ける。女性は杖を構え、その先には凄まじい熱気が漂っていた。
少年の手が動く。
「待て!」
死ぬと思った時、思いがけない声が聞こえた。
ボロボロのイアンスが立ち上がっていたのだ。本来死んでいるであろうダメージなのに、それでも兄は戦おうとしているのだ。
「二人とも…この戦いには、手を出さないでくれ」
とても静かで、悟ったような声色。
二人が聞いた事の無い程、その声は落ち着いていた。だが同じ位、闘志が籠もっていた。
「…分かったわ」
ロインは笑って答えた、レジーナも無言で頷く。ロザラムもその言葉に、再度闘志を漲らせた。
「行くぞ、"トルーパー"…」
「頼むね、"バルカン"」
一瞬の静寂の後、地面を蹴る音が響き渡る。
イアンスとロザラムの接触に先駆け、トルーパーがバルカンに体当たりをする。
互いのファミリーネームを象る相棒とも自分とも呼べる二つの武器が交じり合う。
その衝撃を、無を断つ男が通り過ぎる。
音すら、光すら彼が刀を振るうのを見逃した
当身の達人すら容易に見切れぬ
風の如く火のような一閃
"無影断絶"
虚無空間の応用技、現世に質量を残したまま法力だけを飛ばし、即座にその法力に肉体を瞬間移動させる。そしてその間にいる者に光より速い一撃を加える不可避の技。
死地に至ったイアンスだから産み出せた即興劇だ。
「…おにいちゃ…あり…がと…」
遂にロザラムがパタっと倒れる。守りの達人でさえ認識する事すら出来ない太刀が彼女の頭を打ち抜いていた。
その死に顔は笑っていた。
「イアンス…この子、もしかして…」
「…あ…ああ、ロイン。俺の…」
言葉が途切れ途切れになりその場に座り込んでしまう。泣いているわけじゃなくただ傷が体に響いてきただけだ。
「…世界で一番可愛い…妹だ」
全員が黙る、命懸けで戦った兄妹に敬意を表するように。
「…ま、後で色々聞くとするか」
その言葉に二人とも驚いた顔をしてレジーナが問う。
「…生きてるのかい?彼女は」
「当たり前だろ、峰打ちだよ」
いつか忘れたが、確かに決意したのを憶えている。
「ラムを、誰にも殺させるものかよ」
続く…
第六話です。次回からは新天地へと突入します、まあ相も変わらず不定期で投稿するので暇があった時に思い出して下さい。
因みにロザラムは元々イアンスの元カノ設定だったのですが展開的に面倒くさくなるだけだと思ったので没になりました。(第四話の冒頭はそれの名残り)
今回もお読みくださりありがとうございました
(P.S.森に四話位使ったってマジ?話のバランス悪過ぎるだろ…)