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第五話 記憶の欠片、その思い

『パトリウム』からの追手は、二人いた。それは挟み撃ちの形になり三人に襲い掛かる。

超スピードで縦横無尽に飛び回る紳士バイスと、

イアンスと浅からぬ因縁を持った少女ロザラム。

一瞬の油断をも許されない達人達の戦いの中、痛みによってイアンスの過去が呼び醒まされる…

 二人が敵と相対したのと同刻…


「タキセ・カプ・ニフヤ・ラトリャス・チハ・マッパ…」

 森の中に呪文の様な声が響き渡る。膝を折りただ一心に、何処へ向かってでもなく祈る姿。その声と同調して木々が騒ぎ、鳥も魚も動きを止める。

 それはかつて信じられ、崇め奉えられていた悪魔を呼び出すが如く狂気的な儀式だった。

「……………リョク。」

 その一声が通りし時、周囲の風景が見る見る様変わりする。燃え尽きた地は華やかな緑を咲かせ、鳥はより高く飛び、魚はより速く泳ぎ回るようになる。

 悪魔的な儀式と相反する天使の恵み。

 世界にこれを与え淀みを享受する事こそロイン・ファタールのもう一つの使命でもあった。しかし、その代償は決して軽くは無い。膝に力が入らずそのまま倒れ込む。

「中々…効くわね…頭痛も…吐き気も…………」

 まるで炭でも食べたかのような不快感が全身に広がり、激痛に敢え無く動けなくなる。この旅では毎日朝の日課のように行っていた行為だが、やはり慣れない。そんな辛い時、いつも思い出すのは彼の顔。

(イアンス…)

 昨夜彼が語ってくれた事を思い出す。回りくどい言い方ではあったが、私の心を救ってくれた。陽気な姿が、必死に生きる思いが、私の一歩を支えてくれる。

「そうね…やるべき事をやるしか無いわね。そうでしょ?」

 魔女裁判にでもかけられるんじゃねえか?、と言う彼の声が聞こえてくるようだ。

「ふぅ…さて、戻りましょうか」

 気持ちの悪い汗。悪い物が全て身の中に蓄積していっている。と言うのにも関わらず気分は透明ただった。

「二人とも起きてるかしら…?ああ見えて二人とも早起きだから…ま、いざとなれば索敵すればいいわね」

 本来は日が出でた時には既に初めて、空に昇る頃には終わるのだがここは特別穢れが多い。

「せえ…の!っと、身体が重いわね…シャワーでも浴びたいわ〜」

 起きてたとして、二人は私をどうなってると思うだろうか。イアンスは案外下品だから、下の事だと思ってそうだ。レジーナは心配性だから、敵に襲われたんじゃないかと考えてるかもしれない。

 そんな事を考えながらキャンプ地に帰ってる自分が、彼等との旅を楽しんでいる事に気付いた。


「さて、反撃開始といきますか」

 狙撃位置は音で索敵した。木々の揺れで敵の動く方向は分かる。後はその方向に飛ぶだけだ。

「すまんな、狙撃合戦してる余裕はねえんだ。実力もそうだし…何よりお前には、"貸し"があるからな」

 即座に見えた方向に瞬間移動する。射程は目視出来る範囲まで、要するに余裕だ。

「…イアンス…」

「…悪い、お前の名前を俺は答えられない」

 目の前の少女はただ逃げる事なく自分の前に佇んでる。距離は5mと言ったところか、一足で届く距離だ。

「どうした?感動の再会で動けねえか?」

「本当に覚えてないの?」

「しつけえ…ぞ!」

 痺れを切らしてこちらから距離を詰める。大地を踏み締め体当たりするかのように接近、同時に刀を召喚。

 常人に躱せる道理などないすれ違いざまの抜き身の一閃、"居合斬り"など生温い丸腰からの一撃。

 "無を断つ"神業。

「安心しな。峰打ちって訳じゃねえけど、狙ったのは武器だ」

 背中合わせに在る二人、不気味な数秒の静寂。それを破ったのは他ならないイアンスの呻き声だった。

「ごばっ…っと、何があったぁ…?」

 下半身の感覚がかき消される程の痛みの源を見ると、腹部が抉られている。後ろを見ると無傷で相変わらず静かに佇む少女。受け流されたとでも言うのか?

「嘘だろおい…あれ見切れられんのかよ?」

 常人に見切れないだけ、そう驕っているとは思ってないが忘れていた。

 俺の前に立つ人間など皆、常人とは言い難いという事だ。

「…ショック療法、効くかは分からないけど貴方なら大丈夫」

 痛みが段々と頭の中から抜けていく。その代わり押し寄せてくる、記憶の逆流… 


「…もうこんな生活は沢山だ、今日こそ俺は出る」

 そんな言葉を言った気がする。それは確か故郷の話。

「お願い、考え直して!」

 そんな声も聞いた気がする。それは確か肉親の声。

「法力でもないこの力なんて使いたくない。身体が駄目になってくのが分かるんだよ。それなのにあいつらは…」

 そう怒った気がする。それは新たな"能力"のせい。

「でも!いつかは解放されるかもしれないじゃん!折角もうちょっとで手に入る幸せを手放すの!?」

 そう怒られた気がする。それは目の前まで近付けた求めて止まない些細な願い。

「ラム…良い子に育てよ。俺さえいなければ、お前は幸せになれる」

 そう諭した気がする。涙で濡れ、真っ赤になった頬の感触。ぐしゃぐしゃになった瞳がハッキリと映し出される。

「そんなのイヤ!お兄ちゃんがいなくて私は幸せになんかなれない!」

 何故揉めたのか。それは確か人生を変えるため。

「お兄ちゃんの…バカァ!」

 可変型汎用兵器"バルカン"。彼女のオーダーメイドのその武器であの日やられたのも腹部だった。

「…この俺の血が、俺達の決別の証だと思ってくれ。じゃあな…」


 更に記憶が逆流する…


「おお…この力は!これこそ私が求めてきた物だ!」

 老人の声が全身に響く。その歓喜に溢れた声色は言うなれば不治の病の子供を治癒する薬を発見した父親のようだった。それ程悦びに満ち溢れた声だった。


「…そろそろベッドで寝てみたいな」

 毎日毎日、養成施設で訓練をした。見込みのある子供として引き受けられ朝日が見えてから夕焼けが消えるまで地獄のような訓練を受けさせられた。帰る家は廃墟、いつ崩れてもおかしくない。

「お兄ちゃん…私、もう疲れたなあ」

「何言ってんだよ。狙撃訓練でトップの成績なんだろ?いいじゃないか」 

「ううん…ご飯の時以外ず〜っと訓練訓練…身寄りの無い子に半強制的に人殺しを叩き込むなんて酷いよね」

「そうだね…分かった、いつかこの国を出よう」

「いつか?それっていつ?明日?」

「分からないけど…俺達なら幸せになれるさ」

「じゃ、その日までお互い頑張ろうね!」

「うん、お互い耐え抜こう。その日まで…」


「…効いたぜ、畜生」

 全てではない、だが大事な事を思い出した。

「思い出した?」

「ちょっとだけな、『ラム』」

 その言葉を聞くやいなや、彼女は表情を変えた。

「…良かった、お兄ちゃん」

 一瞬だけかつての涙目になる。だがすぐに神妙な顔立ちに戻る。

「お願い、今ならまだ間に合う。早く帰ってきて!」

 記憶の片隅にあった自分の"能力"というのはまだ良く分からない。だが敵はそれを求めて追手を出したと言う事だろう。でなければただの一脱国者にここまでの追手は出さない。

「このままじゃ私、お兄ちゃんを殺す事になる、そんなの嫌だよ!だから…お願い…脚が動かなくなったら、私が脚になるから…手が動かなくなったら、私が手になるから…」

 妹の決意、それを受け取るのも兄の仕事かもしれない。兄として妹の覚悟を背負い、自らも覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 だが今の俺は、三人旅の主役「イアンス・トルーパー」だ。

「兄貴を超えてみろ」

 もう一度、刀を彼女に向ける。いや、今や『刀』と言うのは不適切だ。

「…ごめんね」

『バルカン』の銃口が再度自分に向く。あれは狙撃銃に似て狙撃銃に非ず。その本性は超高熱のエネルギー刃を展開する『斧』に近い物だ。

「気にするな」

 どうも重くて振り回しづらい刀だと思ってた、当然だ。何故ならこれは刀ではない。

 二分型全距離対応万能兵器『トルーパー』だ。


 その頃レジーナと謎の紳士"バイス"との闘いは熾烈を極めていた。

(早い…流石にどう止めようか悩むね)

 敵はあの剣銃による驚異的な移動性能を誇る。そのスピードは直線的だが音速と言っても良いかもしれない。

(この展開、はっきり言って厳しいね…直線上に攻撃を置いてみてみるのは…!)

 相手は縦横無尽に動き回りつつこちらの頭を狙ってくる。弾丸で撃ち抜かれるか首を刈られるかの二択…それを避けるにはこちらも動き回るしか無い。

「そこおぉっ!」

 相手の横移動を見極め大剣を置く。追い付かないのなら待ち伏せ、という作戦だ。

「中々良い考えです、だけどまだ私には届きません!」

 相手はそれを超えてきた。左手の剣銃で急ブレーキ、そして右手の剣銃でそのまま急接近してきた。しかし手元に大剣は無い。

(殺される…!)

 そう思っても、何も出来ないのが自分だった。何度も殺されるかと思った。

 寒さに殺されると思った。飢餓に殺されると思った。

 異常性愛者に殺されるかと思った。奴隷商に殺されるかと思った。

 王族の一員になってから、その感覚を暫く忘れていた。何度も何度も危険な事をした。その度に兵士に追われ、時には国王に挑んだりもした。それでも、その感覚は二度と味わえなかった…あの日までは。

『それが俺の力の名だ』

 イアンスと戦い、やっとその感覚を思い出せた。

 身の毛のよだつあの感覚、血が滾るあの感覚!

「喰らえぇぇぇぇぇっ!!」

 敵の顎を蹴り上げる。外せば死は免れられぬ正気の沙汰でない一撃。だが確実に予想外の一撃。

「なにぃぃぃぃぃっ!?」

 幾ら百戦錬磨の戦士としてもその行動は選択肢の外。受け身を取るのを遅れさせた。バランスを崩した所に即座に追撃を入れる。

「まだまだいくよぉ!」

 飛び上がり、両手に大剣を構える。

『戦いとは、何かのきっかけ一つであっさりと決着が付くものだ』

 国王ナバラスの教え、彼の身にも染みているようだ。

「一刀両断―――」

「おーーい、レジーナーーー!」

 突如、聞き覚えのある声が静止してくる。この声は…

「お姉ちゃん!大丈夫だった!?」

 正直死んだと思ってた分余計嬉しい。無意識に走り寄って抱き締めてしまった。

「あらあら、可愛い弟ね。いつもこんなに素直なら楽なのに〜」

「ハッ!っと…ま、まあそんな事だろうと思ったよ。全く、心配かけないで貰いたいね」

「心配してくれてたの?なんか嬉しいわね、以心伝心って感じで。私も心配してたのよ?」

「う・る・さ・い!とにかく、イアンスは?」

「さあ?まあ、二人で探しましょ」

 お互いがお互いの生存を喜んでいる。がその後ろではバイスが顎を押さえ震えつつも立ち上がりつつある。

(紳士を真似るのも案外楽しかったですが…この隙しか無さそうだな)

 バイス=ヴァットガイズ。その真の姿はパトリウムのスパイである。三次元認識能力が極めて高くその剣銃を利用しアグニでの情報収集や暗殺を行ってきた。イアンスがアグニに辿り着いたのがパトリウムに早期に発覚したのも彼のせいである。また彼の"上司"からの命令でイアンスら一行を挟み撃ちし確保しに向かった。

(イアンスじゃないのか…なら仕留めても問題無い)

 背を見せている絶好のチャンス。しかし普段の彼なら違和感を感じている筈だ、あからさま過ぎる。

(この傷は何処で縫合する…?いやいい!今は生き残らなければ!)

 それでも彼に冷静な判断力は残っていなかった。

「おっと、忘れてたわ」

 彼が「え?」と呻く時には全てが終わっていた。

 レジーナはたまに思う。ロインはある意味誰よりも残酷だ。味方には優しく、弱さも見せる。

 だが敵には、その優しさを抑え無慈悲に始末出来る。イアンスはともかく、彼女との殺し合いに勝てるビジョンはどうしても浮かばない。

「さ、行きましょ。あ、それ一応取っておいたら?」

「『剣銃』ねぇ…使い方分からないけど…ま、いいか」

 彼の死体はもう無い。焔の渦に包まれ一瞬でこの森の如く灰燼に帰したのだった。



 続く…

第五話です。因みにロインの呪文はGGSTのスレイヤーの近S始動コンボレシピを独自に変換した物です。マジで暇すぎて死にそうな方なら解読してみても良いかもしれません。

また、ここらで作品名、エピソードタイトルを再度作り直すかもしれません。また前回のあらすじも搭載する予定です。森からもそろそろ脱出せなあかんなあ…

取り敢えずご講読ありがとうございました

(P.S.今回一番書くの大変でした。展開に四苦八苦…)

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