第四話 暗雲の中でこそ輝く偽りの太陽
新天地に向け『灰燼の森』を抜ける三人。その道中は決して楽では無いものの、旅をなんだかんだ楽しむ一行。支え合い、思い合い、時に揉め、時に泣き合い。その中で交差する思い。一方その頃、新たなる追手の魔の手が彼等の首元まで迫ってきたのだった
「イアンス…待ってて。貴方を必ず連れ戻して見せるから…」
黒き灰燼の森に溶け込んだ漆黒の軍服を羽織った少女が一人。背中の狙撃銃にはまだ硝煙が漂い、肩に縫い付けられた国旗には新しい血が赤黒く煌めいていた。
「反応は近い…そこにいるのね」
胸のロケットを握りながらそう言う彼女には、イアンスの位置が分かっているようだった。またその手の中に写る思い出には、彼女とイアンスの姿があった…
強き信念を持ちし者が、また一人。
「起きて、イアンス……………………起きて!」
「あがっ!〜〜〜いってぇ〜!蹴ることは無いだろ!ったく…はいはい起きますよ。最悪の目覚めだぜ…」
レジーナに文字通り『叩き起こされた』のには理由があった。無言で目線を振った先には猛獣の死体が一体、それも…
「弾痕…だと!?しかもこの形…」
異常事態だ、銃を使えるのは旅の面子の中では自分だけ。それも手入れの問題から森の中では全く使っていない。
「やっぽり故郷からのお迎えって事で間違いない?」
「概ね正解!しかしここまで早いとは…最悪だぜ」
武器を召喚し構える。思えばレジーナは起きた時からずっと禁書を開いてた。
(来たとして誰だ?俺の知り合いは…っと、違う違う。悪い癖だ、んなどうでもいい事考えてる暇は無いってのに…)
そこまで来てふと思い出す、何よりも忘れてはいけない彼女の存在を。
「レジーナ!ロインは!?」
彼はただ無言で首を振るだけ。最悪の目覚めに最悪の異常と来て、今度は最悪の事態だ。出会って一週間足らずの仲だが、まっさらな世界の初めての仲間だった。それなのに守れなかった事に今更後悔をする。
「畜生ォォォォォォ…!」
俺は守れなかった、護れなかった。
覚えてないけど、憶えている。俺は、殺した。
数多くの人間を、数多くの生物を。
だが一人とて護れなかった。人間も、生物も。
いや、違う。最悪の想定だけはしてはならないのだ。せめてそれが彼女への手向けだ。
「まあいい、どうせ生きてる!ちとお花摘みに行ってるだけだ!帰ってくる前にブチのめすぞ!」
「イアンス、話が汚い!」
「そうでもしねえと前見れねえだろ俺もお前も!」
お互い眼に涙を貯めているのは分かっている。それでも、希望を忘れてはどんな小さい絶望にでも打ち砕かれてしまうのだ。
「傷跡を見るに狙撃銃…いいか?兎に角敵さんを潰すには近付く他無い。どうする?共に突っ込むか?分散して探すか?囮でも使うか?お前が決めてくれ、俺はお前に合わせる方がやりやすい」
レジーナは即答だった。作戦立案に関しては彼の方が何枚も上手だ。
「『"三人"で探して見つけた方から倒す』他ないだろうね。固まっても死角は絶対に産まれるのなら、こっちも死角を突けなきゃ勝ち目は無い。一人でも生き残ればチャンスはあるさ」
「"三人"?分身でも使えるのか?」
「生きてるんだろう?ロインは」
そうだ、生きてる。それが正しい。"三人"で隙を突けば勝率は高い…相手が一体なら、だが。
(とは言っても、カバー出来ない負け筋は無視するしか無いか…お互い2人までなら許容範囲として、四人…だが俺に追う価値があるとして四人程度でこんな離国まで来るか?そうなると…)
色々ごちゃごちゃ考えてる間に、レジーナは既に木々の合間に入って行っていた。
「そっちを頼むよ?"三人"でこの危機を乗り越えないとね」
グッドポーズが渡される。精一杯の強がりが託される。
「…ああ!"三人"でな!」
そいつを返す。精一杯の虚勢のバトンを渡す
自分の額に冷や汗がダラダラ流れるのを肌で感じる。脚の腱を切られた時よりもずっと強い不快感だ。死神が肩に手を置いているかのような気持ちだ。
(こんな所で、死んでたまるか)
五感を極限まで開放し周りの索敵を行う。木々の中の不自然な影も、鳥の声の中の枝を踏み折る音も、風に運ばれた鉄の臭いも見逃さない。レジーナは何もかもに調和出来る。
それは地獄と天国を知った少年の得意技。同じ歳の子が親に抱かれて寝ていた時、彼は男に抱かれていた。同じ歳の子が思春期に悩みを持った時、彼は悩みの無さが悩みになる生活を得ていた。
(…!背後に一人、距離は手が届かない位。なるほど…草木が邪魔だな、仕方ない)
魔導書を開き逆に五感を全て閉じ、ただシンボルだけに集中する。周りに生み出された剣が地面を這い…
「"真意証明"!」
突如、少年の周囲の木々がドミノ倒しの如く連続で倒れていく。彼の心により強くなる武器、それこそが彼の法である"真意証明"だった。
「これで見えやすくなった。お互い、ね」
倒木の平原と化した中に謎の人間が一人佇んでいた。シルクハットにタキシード。顔は陰に隠れ見えないが服装や体格から恐らく男性。刀を構えたその立ち振る舞いは素人の彼にも達人と理解出来る、それほどに殺気を隠していた。
「残念ながら僕はイアンスではないよ。でもその構えとその武器は見たことがある」
刀の構えこそ似ているが、左手の刃の上には筒が取り付けられている。あれに関してイアンスが語っていた。
ーーー
「俺の国には『銃剣』ってのがあったらしい。銃の先っぽに刃物くっつけただけのオモチャだけどよ。」
「近接戦闘に持ち込まれた時、銃を放す事なく対処する為のアタッチメントって奴かな?中々賢い物だね。」
「まあそこまでは理解出来るんだけどよ。どーもこの戦術教本なる物のコレが理解できないんだよ」
そう言って本の絵を指差す。それに描かれていたのは剣の峰に銃口を取り付けた物だった。
ーーー
「『使い方がさっぱり分からない』…それが彼の談、彼は何も覚えていないんだ。まあ無理だろうけど一応…
見逃したりとか、してくれない?」
ジャキン!と金属の装置が稼働した撃鉄にも似た音が聞こえる。「その気はない」という意思表示だ。
「…分かったよ。じゃあ…」
レジーナの両肩に大剣が浮かび上がる。その大きさは男の身の丈よりも一回りも二回りも巨大であり、冗談抜きに人間を三枚下ろしに出来る代物だった。星空の蒼色が敵を映す。
倒木の上に立ち少年を見下ろす男と、台風の目の如く自然体で今も生えている草むらに立つ少年。先に動いたのは…
「殺す」
レジーナだ。右脚に力を込め一気に敵の足場に跳ぶ。瞬きの間に目と鼻の先まで接近する程のスピードに流石の達人も一瞬だけ反応が遅れた。
「貰った」
ゴッ、と鈍い音を奏で左手に一発、流れるように当て身を加えそのまま奥に抜ける。致命打にはならない、だがこの一撃は確実に回避を遅らせた。
ごぉぉぉぉ――――――――とそれに追随し風を切り男に近付く大剣。普通の人間ならここで串刺し、身を捩らせられても身体の半分が土に還るだろう。
「さて、イアンスならこれを飛んで躱してただろうけど…君はどうするのかな?」
そう言いつつも勝利を確信していたレジーナ。しかしその自信は彼が全く予想できない方法で裏切られた。
バァン!と銃声が鳴り響き、弾丸が撃たれた。
「最後の足掻き…ってヤツ?…違いそうだね」
油断していたとは言え詰めは甘くしない。法で形成していた盾が防いだ。
(何かあの二人に話し方似てきたかもなぁ)
土煙の中から歩いてくる紳士。左手の刃には硝煙が上っている。服は所々切り刻まれ帽子の鍔が半分抉れて、光に照らされた顔は…笑っていた。
「…まだ殺され足りないか」
「紳士はマナーと気品が重要です。ですがそれ以上に約束を守る事が重要です。そして生物は生き残る事が重要です。」
「ふぅん、じゃ何で僕と戦うの?」
「人生は…楽しむ事が重要です!」
地面に射撃し反動で高速移動。素人が密室で蹴り飛ばしたサッカーボールかのように上下左右を飛び回る。
もう一人の刺客、"空舞う紳士"『バイス=ヴァットガイズ』がレジーナに襲いかかる。
それと同時刻、イアンスはまだ敵を索敵出来てなかった。しかし、敵は違う。
「イアンス…ごめん。少しだけ傷付けさせて貰うわ」
プロは眉間など狙わない、プロは胴体を狙う。しかし本物のプロは何処でも狙える。足元も爪先も。
銃声が聞こえてから動ける人間などこの世にいない。
狙いを定めながら少女は違和感を感じていた…
(やっぱり…何か違う。彼はこんな無防備に顔を出すことは無かった…そこも確かめないと)
心が少し乱れても狙いと引き金をかける指は決してズレる事がない。
これが刺客『ロザラム=バルカン』の実力だ。
(発射!)
ダァァン!銃声が響き弾丸が彼の爪先を貫く。それと同時にイアンスが倒れ込む…筈だった。少なくとも少女はそう考えていた。
「怖い怖い…だけど位置は大体分かったぜ」
そこには無傷の男が立っていた。周囲には赤い瘴気。良く見れば一歩分だけ前に飛んでいる。
銃声が聞こえてから動ける人間はいない。だが僅かなマズルフラッシュから発射を読み取り脊髄より先に体を動かせる人間はこの世にいるのだ。
("虚無空間!")
目が、耳が、足が、手が、胸が、腰が、背中が。何処が反応してもそれは同時に使う事が出来る。生まれた時から極めていた技。
それこそが『法』という物だった
続く…
第四話です。
これからも趣味で書いていくので暇潰し程度に見ていって下さい。またもしかしたら前回のあらすじなどを全ての話の前書きに入れるかもしれません。
(後書きがコピペなのはそれはそれで見ていって下さった方々に申し訳が無いので
今回から後書きを書くようにします。)