第一話 運命の動き出す日
王政国家『アグニ』。
天からの試練が降り注ぐと言われるその国に、一人の少年が訪れた。記憶喪失の彼は『法』という力を持つ少女ロインと出会い、世界の運命を変えていく。
全ての火が消え、蝙蝠も眠りについた夜。その国には一人の少年が訪れていた。
ただその姿は誰がどう見ても瀕死。全身から血を出し、歩くというより這って動いていた。
「...」
言葉を発する体力すら残ってなく、ただ闇雲に動いていたが間も無く倒れた。
その目はもはや機能しておらず、耳は片方がどこかにいなくなり両手の指は合わせて6本。足の腱も所々切れているようで、左膝は不自然な方向に曲がっていた。
(ああ...死ぬな)
いとも容易く、すんなりとそう思った。恐怖も痛みも無く、後悔も絶望も無かった。ただ唯一の心残りを除いて。
(クソッ...ここまで来たのにな...)
人間死ぬ間際には過去を思い出すらしいが、そんなものすら無かった。ろくに生きてない自分には思い出すべき過去も、思い出したい過去もないのだ。
段々と意識が消えていく...段々と...だんだんと...
「...かれ...も...こんなじか...」
地べたに伏し死を目の前にしてる時、唐突に声が聞こえた。意識はそこで消えた。
唐突に意識が戻った、生きている。体を上げ周囲を見渡すと窓の外には街並み。煉瓦作りの住宅街に、露店がいくつも並んでいるのが見えた。大通りと思われる場所には沢山の人間が賑わっていた。
「おはよう」
肩を叩かれ振り返ってみたら一人の長髪の女性がいた。赤と白のローブに銀色の髪。それは「赤ずきん」という昔好きだった作品を連想させた。存在に
サッパリ気づかなかったのはあまりにも自然と本を読んでいたからか。
「元気?この指、何本に見える?」
「8本」
「はい、それが言えるなら目と頭は正常ね」
「で、お前誰だ?」
「だーめ、まだ教えない。不法入国者サマは、こっちからの質問に答えて貰わないと」
不法入国者。言われてみればそうか。自分はこの国の出身じゃないし、許可を取ってもいない。
「まず、名前は?」
一瞬考えた。
「イアンス・トルーパーだ。以後、お見知り置きを」
偽名を名乗っても良かったが、牢に入れられる訳では無さそうだったので本名を言った。
「オッケー、信じるわよ。年齢は...17で合ってる?」
「知らん、数えていないからな」
「まあ、多分17ね。私と同い年よ」
「それにしては随分と大人びているし、動きに無駄が無さすぎるな」
「まあこれでもエリートコースだからね。この年で上流貴族、投票権も持ってるわよ」
「貴族...?この国は貴族制なのか?」
ハッキリ言って今時後進の育つ可能性の低い貴族制なんて使っている国は俺は知らない。
「まあこの国の事情についてはおいおい、ね。で、アナタの出身は?」
「...」
「だんまり?」
そういう訳ではない。単に思い出せないだけだ。
「...忘れた」
「嘘付きなさい。流石に忘れる人なんていないでしょ?」
不思議な事に気付く。それは何も思い出せないのだ。貴族制の国も、言われてみればあった筈。なのにサッパリ出てこない。名前以外の情報、この国に来た理由、俺が何故大怪我をしていたのか、その全てが頭からすっ飛んでいた。
「悪い、ぜーんぶ忘れた」
「はぁ?いくらなんでもそれは通らないわよ。さ、さっさと吐きなさい!」
問い詰める口調、しかしそれでも答えられなかった。だがそれを正直に言った所で信じてくれる訳はない。幸い、記憶だけどこかに行っているだけで知識は消えていない。処世術程度、脳裏に焼き付いている。
「そうだな、教えられる事は...所持品と...法くらいかな?」
一応自分の記憶を見直してみる。法というのは...
「はぁ~~?そ・れ・だ・け?」
「そ・れ・だ・け」
急に詰められ驚きはしたが吐息が感じる程に顔を近づかれて睨み付けられ詰められても、一切怯む気はない。それに二択を提示したのだ、どちらかに釣られてくれる筈だ。
相手が根負けして顔を離した途端、ずしんと音が鳴る。瞳が揺れた。正確には地面。もっと正確に言えば空間が。
「まさか!」
彼女は驚いた様子で窓に近づく。何があったのか気になり自分も窓に近づき覗くと信じがたい光景が広まっている。
「おいおい...なんじゃあありゃ」
「走れる?」
全身が包帯だらけなのに今更気づく。
「歩いてきただろ」
表情には先程までの余裕はどこへやら。汗水垂らしてブツブツ何かを言っていた。
「第五級緊急宣言!繰り返す!第五級緊急宣言!」
警報だ。明らか人の声じゃないのは、法の為せる技か。
「逃げてね」
そこまで言うと窓を突き破った。
「おーおー、案外荒々しいお嬢さんだ。ま、アレ見ればなるわな」
当然としか言えない。何故ならそこから見えたのは紛れもない龍だったからだ。それもトカゲどころか恐竜ですらない。人間が百人並ぼうと顎にも届かないだろう全長に、虹色の胴体だ。髭は一本一本が薄紫の輝きを放っている。そこから滴る液体は...
「龍の血を浴びた人間は...確か...そう、不死身だったか?」
まあそこはどうでもいいのだが、あれは不死身とは真逆の性質を持つだろうと言う事だ。
「あの目は...」
嫌な反射の仕方をしている。奥に見える禍々しい赤か黒か分からない目玉も恐ろしいが、普通の生物なら絶対しない光の屈折が起きているのが気色悪い。
下側を見ると、大量の人間がいる。動き方は二種類、虹色龍に向かうか、逃げるか。
「動かないのも二種類...か?」
自分と死体。生命反応があるか、無いか。
「さて、どうしようかな」
なんとなく、先程の女を探してみる。当然別の事を考えながら。
(まあ、こんな事なら貴族制になるのも納得だ)
というより、ならざるを得ない。こうなったら様々な英雄が生まれるだろう。民を守り抜いた英雄、化け物を打ち取った英雄、自分の身を挺して国を救った英雄も。だとすれば、そうであるものとそうでないものには決定的な差が生まれる。その差の存在を明確に作り出さなければ英雄に成りたがらる者もいずれ消える。
(という事は、彼女も英雄か)
少し好感が湧いてきた。あの雰囲気は人を救う者故の、覚悟と信念という事か。
(どんだけ強い法を使うのか気になるかな)
そこまで考えて思い出した。法というのはなんだったか、だ。
(...えーと、確か...なんだっけ)
どうやら、記憶と知識はあまり違わないらしい。結局忘れていた。思い出せた事と言えば...
(固有の人間だけが使える特別な力...それくらいしか無いっけか?)
他にも色々あったのだが忘れてしまった。そこまで考えて、彼女が見つかった。
第一線で戦っている。何処から出したのか杖を使って、周囲には熱気や冷気が立ち上り空気が歪んでいる。恐らく彼女の法だろう。
「さて...肩慣らしだ。」
近くにかけられていたロングコートを羽織る。個人的にはあまり好きではないのだが、前の服はボロすぎて撤去されたのだろう。
武器を召喚する。赤い瘴気を手に纏わせ。
「ヨシ、使えるな」
一本の刀を持ち、次は体に瘴気を纏わせる。
「ハァ...ハァ...」
明らかに体力が無くなってきた。法を酷使しすぎたようだ。
「冷やしても、熱しても無駄って事ね...」
相当強めの技を打ち込んだが傷一つ付けられない。しかし反応で分かった事がある。
(炎を当てると、しばらくそこが青色に変わる。氷で冷やせば、そこは赤色になる。表色の表皮の膜は、様々な現象に合わせて自動で中和される...なるほど)
それが早めに気づけていれば、勝ち目はあっただろう。仕方がない、人は犠牲を糧に苦難を乗り越えていく物だ。
「ヒギュヴァォォォォォォォォォン!!!!!!」
もう一つ分かった事は、この歯ぎしりの様な音は吐息を体内で作り出す音という事。これは早めに分かっても、どうしようもない事だった。流石に近づきすぎた。この距離では物理的に逃れられない。とてつもない毒性を持つ吐息がこちらに来る。唯一良い所を挙げれば、高熱で瞬時に全身が溶けきるから苦痛は無い事か?
「殿下!この相手の攻略は二種の性質で一点を攻める事です!炎と氷!雷と水で攻めて下さい!」
これが伝われば大丈夫、後はなんとかなるだろう。奴にここまで近づける位の強力な仲間が後一人でもいれば...あわよくばだが。目を瞑り、覚悟を決める。ふと、周りに赤の瘴気が漂う。新しい攻撃か?まあ、どちらにしろ即死か...
グジャリ、と鈍い音が聞こえる。何かと思って上を見上げると一人の男がいた。先程までベットで寝ていた男が。右手には刀、左手には鞘。金銀のアクセサリーを付けた鞘に不揃いな無骨な刃。滴る龍の血、彼がやったというのか?
「危ねっ」
その男が突如自分を抱きかかえると視界が一瞬で変わった。不自然すぎるその光景に理解できず首を横に向けると龍が苦しんでいるのが見える。しかしその距離は大分遠い。
「君...」
「大丈夫かい?お嬢さん。おっと、名前を聞いていなかったな。」
「...ロインよ。ロイン・ファタール。よろしく」
どうやら、何よりも強力な味方が来たようだ
「なるほど...そういう事!」
尾から飛ばしてくる斬撃を避けつつ龍に近づく。体毛を放っているのだろうが、足元の民家を切断して飛んでいくから恐ろしい。
「弱点を突くには連携か...苦手分野だ」
目の前に飛んでくる体液も体を捻り回避する。二種類の相反する性質を打ち込めばあの虹色の膜が消えるとのこと。確かに倒すにはそれしか無さそうだ。
「もう体治ってるのかよ...本格的にこれが通じなかったらヤバイな。そんときゃ逃げるか」
膜を無視して切り裂こうとしても膜や血が飛び散り退かなければ毒に犯され死ぬ。
退いている間に回復される。それを繰り返したらラッキーパンチが当たって負けるのはこっちだ。
「そちらは大丈夫か?」
無線機越しに聞こえる野太い声。この国の国王だそうだ。
「無線機があったことが気になりすぎてヤバイぜ!」
こんな時代遅れの国でも無線はあるとは、やはり災害に見舞われた時一番頼れるからだろうか。
「それは良かった。この調子では歓迎会での反応が楽しみだ」
「美味い飯待ってるぜ。こいつの刺身とかよ!」
充分に近づいた。法を使い豆粒のような王様に飛ぶ。
「アーアー、聞こえてますかどうぞ!」
「下らん茶番もこれまでだ。片を付ける!」
左手には瓶。どうやったのかは知らないが冷気が詰まっている。投げたら効果は大だろう。
「で、巨大な熱を出せる装備というのはあるのだろうな」
「俺の法は物体をどこかの空間から取り出したり、そこを通じて瞬間移動をする。つまり武器庫って事だ。そこから特注の品を取り出してぶっ放す。」
「フム、では任せよう。飛ばせ!」
「あいよォ!」
瘴気を纏わせ一瞬にして龍の首の目と鼻の先まで飛ばす。
「喰らえ化け物ォォ!」
冷気の瓶を投げつける。命中だ。
「いいコントロールしてるぜ」
首に狙いを定める。赤く発光する部分を撃ち抜く為に。龍がこちらを向く。今更野生の本能で気づいたようだが、時すでに遅し。といった所か。ボルトアクションで装弾の確認をしトリガーを引く。しかしながらこれに関しても何処で手に入れたかは思い出せない。だが今はいいとしよう。狙撃銃の撃ち方は、体が覚えてくれていた。
バァン!先程まで大暴れしていた龍が体を倒す。全身の膜が内部で融解したのか破裂し龍の体を溶かしていき、地に付く頃には全て溶けて無くなってしまった。
夕日が落ちて闇夜が訪れてくる。月明りが壊滅した街を照らす。月に関する逸話もあった筈だが。だが一つ新しく覚えたことがある。
「案外、何も見えない闇夜ってのも悪くないな」
続く...
初執筆となります。ご意見、ご感想是非ともお願いいたします。
追記:2025/03/01 誤字修正致しました
追記:2025/04/16 あらすじ追加、仮のタイトル変更しました。(第五話まで同様)