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人事異動~腐乱死体

「君には福祉事務所に行ってもらうよ。生活福祉課、いわゆる生保だ」

 内示を受けた北島栄太郎は正直、面食らっていた。今日は三月二十八日、公務員の内示の日だ。帰帆市役所の税務課に勤務していた栄太郎は、総務部長から内示を聞かされた。

「生保って、市役所でも生命保険を取り扱っているんですか?」

「馬鹿だな。市役所で生保と言ったら、生活保護のことなんだよ」

 総務部長は笑っていた。どこか厭味のある笑いだ。

「生活保護って、あの三大不人気職場の……」

 栄太郎は知っていた。生活保護の業務は今勤務している税務課に並ぶ不人気職場なのだ。他に市民課の市営住宅班も不人気職場として名が知られている。

「不人気職場かどうかは知らん。まあ、宮仕えは我慢が肝心だな。はい、次の倉内さんを呼んで……」

 総務部長は一旦、書面に目を落とすと、プイと横を向いてしまった。栄太郎は目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。

 面接室を出た栄太郎は「はあ」と重いため息をついて、廊下の壁に寄りかかった。

(今の税務課もキツイけど、生活保護はもっとキツイだろうな……)

 栄太郎は壁に寄りかかりながら、そんなことを考えていた。引き返す廊下が異様に長く感じられた。

 税務課に戻り、同僚の宮内から「どうだった?」と聞かれた栄太郎は、「最悪です。生活保護だそうです」と答えた。

「生保かぁ。生保はここよりキツイぞ。苦情もよくあるらしいし、毎日残業だそうだ」

 宮内は同情するように栄太郎の肩にポンと手を置いた。

「ここより大変なんですか?」

「噂じゃ、そうらしい。税務課から生保に行く人事は多いよ。何でも搾り取る方の苦労を経験させておいて、今度は出し惜しみをさせるのが狙いらしい。まあ、お前もツイてないねぇ……」

 宮内はそう言うと、給湯室の方へ歩いていった。

「はあ」

 栄太郎から出るのは鉛のように重いため息ばかりであった。だがこの時、まだ栄太郎は生活保護の何たるかについて、まだ理解をしていなかった。

 栄太郎はその足で市役所の三階にある生活福祉課を覗きにいった。

 すると、何やら窓口で騒いでいる男がいる。

「何で今月の保護費は少ねえんだよ!」

 その男は大声を出し、窓口のカウンターを拳で叩いていた。

「だから、奥様が入院されたら入院患者日用品費に変更になるって言ったじゃないですか」

 窓口対応した男性職員は涼しい顔をして、言った。その言葉は事務的だった。

「女房が入院して何かと入用なんだ。借金もある。何とかならんのか?」

 男は職員に詰め寄る。

「なりませんね。国の基準で決まった金額ですから。それに生活保護は借金を返済する制度じゃありません」

 職員は眉一つ動かさず、そう言って退けた。

「あんたは俺たちに死ねって言うのか!」

 男は更に声を荒げ、ドンとカウンターを叩いた。男の背中が震えている。

「そうは言いませんが、法律で決まっているんです。今月はあの保護費でやってもらうしかありません」

 男は逆上した。男は「この野郎!」と怒鳴りながら、デスクに置いてあったペン立てを職員に投げつけたのだ。

「何をするんですか!」

 逆上した男はカウンターを乗り越えようと、身を乗り出した。すると、すかさず数人の職員が駆け寄ってきて、男を押し戻した。

「これ以上、騒ぎを起こすと警察を呼びますよ」

 男は「畜生!」と喚いて、階段の方へ向かって走って行った。槍玉に挙げられた職員は、少しネクタイを直すと、何事もなかったかのように、自分のデスクへと戻っていった。

 栄太郎はそのやり取りを見て、「果たして自分に勤まる仕事だろうか?」と疑問に思った。更にそれ以上に生活保護の業務に畏怖の念を覚えていた。

 今年で二十六歳、この帰帆市に勤めて四年になる栄太郎であったが、こんな職場もあるものかと、正直なところ驚いたものである。税務課もそれなりに大変ではあったが、目の前で修羅場を見せられ、かなり不安になった栄太郎であった。

 栄太郎の心に影を落としたのは、目の当たりにした光景だけではなかった。栄太郎の父、長太郎もまた湯鶴町という所で生活保護を受けていたのだった。栄太郎は今、母の昭子と暮らしている。それは度重なる長太郎の暴力から逃れるために、この帰帆市へ逃げてきたのだ。今は離婚が成立している長太郎と昭子だが、その道のりは長いものだった。その経過については後ほど詳しく述べよう。


 四月一日、正式に辞令を貰った栄太郎は生活福祉課へと赴いた。栄太郎には生活福祉課の空気が限りなく乾いて見えた。皆、デスクに向かい孤独と戦っているような印象を受けたのである。

 係長の席に座っている男が栄太郎を手招きした。栄太郎は係長のデスクに向かった。

「私が係長で査察指導員の高橋良雄だ」

「査察……指導員ですか?」

 査察指導員の何たるかもわからない栄太郎である。

「まあ、ここの万年係長だ。北島さんだったね。あんたは地区担当員、つまりは生活保護のケースワーカーだ」

「済みません。僕は生活保護の何たるかもよくわかっていないんです」

「それはこれから、みっちりと俺が教えてやるさ。はいこれ」

 栄太郎の前に三冊の本が置かれた。

「何ですか、これ?」

「厚生労働省が出している『生活保護手帳』に『別冊問答集』、それに県がまとめた『生活保護の取り扱い実務集』だ。今時、どんな家電でも三冊くらいのマニュアルが付くだろう。実務上、これは必要だからデスクにいつも置いておきなさい」

 栄太郎はその三冊を手に取った。ズシリと重かった。

(果たして、これを抱えきれるのかな?)

 そんな疑問が栄太郎の心の中に湧いた。だが、高橋係長は席を立つと、栄太郎の背中をポンと叩いた。

「皆、今日から新しくこの生活福祉課に配属された北島栄太郎さんだ」

 高橋係長がフロアに響き渡るような、大きな声で課員に栄太郎を紹介した。栄太郎は「北島です。まだ何もわかりませんが、よろしくお願い致します」と出来るだけ大きな声で言い、頭を下げた。課員たちは立ち上がり、栄太郎に軽く頭を下げた。だが、すぐに自分のデスクへと向かうとパソコンや書類に目を落としていった。

「北島さんはまだ主事だから席は一番フロア側……と言いたいところだが、この仕事に初めて就く人は俺の前って決まっているんだ」

 高橋係長は笑いながら、自分の前のデスクを指した。

「係長はこの仕事、長いんですか?」

「俺は生保一筋、三十五年だ。まあ、万年係長だし、今更出世はしたくないけどな。そんな俺だから『歩く生活保護手帳』なんて言われているよ。これから、みっちりシゴくから覚悟しておけよ」

「はあ……」

 栄太郎はわけもわからず生返事を返すことしかできなかった。

「取り敢えずは、席に着いてケースファイルでも読んでおきたまえ。デスクの引き出しに入っているから……。あんたの担当地区は百日台周辺だ」

 栄太郎はデスクの引き出しを開けた。そこにはぎっしりと水色のファイルが詰め込まれていた。栄太郎はそこから一冊のファイルを取り出すと、おもむろに眺めた。

 すると、そこには住所や本籍はもちろんのこと、病歴や生育歴などが事細かに記されていたのである。そして、記録には難解な専門用語が羅列してある。

(すごい。すごい情報を取り扱っているんだ……)

 栄太郎は心の中で唸った。思わずケースファイルを読み耽ってしまった。


「北島さんはこれから面接室に来てもらう。まず、生活保護の何たるかを理解してもらわなきゃな」

 高橋係長は膨大な資料を抱え、立ち上がった。栄太郎はまだケースファイルを読んでいる最中だったが、メモを片手に高橋係長に続いた。

 面接室は薄い衝立のような間仕切りで囲まれた部屋だった。そんな面接室がいくつも連なっている。二人はその一室に入った。

「まず、生活保護の何たるかを教えてやらなければな」

 高橋係長が腕組みをした。

 生活保護とは日本国憲法の第二十五条の生存権を具体的に保障する制度で、生活に困窮する人々に対し、無償で金銭等を給付する制度である。それは最低限度の生活が営めるレベルのものとなっている。生活保護はセーフティネットとして最後の網の目の役割を担っていることから他法他施策が優先される。そこで救えなかった場合、はじめて生活保護が適用されるのだ。まずはそんな説明を栄太郎は高橋係長から受けた。

 そして、生活保護の申請から決定までの、一通りの流れの説明を受けることになる。

 だが正直なところ、栄太郎には話の半分も理解できなかった。そんな栄太郎を見透かしてか、高橋係長は「まずは習うより、慣れろだ」と言った。

 午前中のレクチャーが終わると、栄太郎は自分のデスクに着いた。そして、「ふう」とため息をついた。頭の中はパンクしそうだった。

「田所、この通院移送費の決定は定例じゃなくて随時支給だろう」

「戸沢、日向のロクサン、どうなった?」

「楠木、弓田の80条免除の検討が甘いぞ」

 高橋係長から発せられる言葉は、どれも栄太郎には理解不能で、宇宙人の会話を聞いているような錯覚を覚えたものである。

 栄太郎が呆けたような顔をしていると、突然、目の前の内線が鳴った。栄太郎は咄嗟にその受話器を取り上げていた。そんな栄太郎を高橋係長はニヤニヤしながら眺めていた。

 電話交換手の女性は「生活福祉課へ外線です」と告げた。

「はい、生活福祉課ですが……」

「こちら、ひまわり調剤薬局と申しますが、いつもお世話になっております」

「はい、こちらこそお世話になっております」

「佐々木健一様の三月二十八日分の調剤券が未到着なのですが……。受給者番号を教えていただけませんでしょうか?」

(調剤券? 受給者番号? 一体なんだそりゃ……?)

 栄太郎にはわからない言葉ばかりだった。

「あ、あのー、調剤券というのは……?」

 栄太郎が自信なさげにそう言うと、相手はムッとした口調になり、「話のわかる方をお願いします」と言った。栄太郎はオロオロしながら、高橋係長の方を見た。

「どこの調剤薬局からで、誰の分だ?」

「ひまわり調剤薬局からで三月二十八日の佐々木健一さんの分だと言っていますが……」

「それなら、昨日発送している。確か塩田小児科の分だったな。今日か明日には調剤券が届くと言っておけ」

「係長、電話変わってくださいよ。僕じゃまだわからないことだらけで……」

「馬鹿! 自分で取った電話だろう。甘ったれるな!」

 高橋係長は栄太郎を一喝した。栄太郎は渋々、受話器に向かった。

「済みません。調剤券は昨日発送したそうです。今日か明日のうちには届くと思うのですが……」

「うちは受給者番号が知りたいんです。基金に請求するのに……」

 相手が電話口で苛ついているのがわかった。栄太郎の受話器を握る手にじっとりと脂汗が滲み、思わず受話器を落としそうになる。

「先方は受給者番号を知りたいそうです」

 栄太郎は自分が子どもの遣いのように思えてきた。

「それは調剤券で確認するのが筋だ。調剤券は確実に届くんだから、それで確認しろと伝えろ。受給者番号はみだりに教えるものじゃない」

「はあ……」

 栄太郎は仕方なく、「受給者番号は調剤券で確認してください」と言った。すると、相手は「いつもなら教えてくれるのに……。いつから福祉事務所はそんなに不親切になったのかしら」と不満を漏らしながら、電話を切った。

 栄太郎は受話器を置くと、それは脂汗でじっとりと濡れていた。

「ふふふ、早速、手痛い洗礼を受けたようだな。まあ、こんなのは序の口だ。どうだ、電話が怖くなっただろう?」

 高橋係長が面白そうに笑った。栄太郎は心の中で「笑い事じゃない」と思いながら、「調剤券とか、受給者番号って何ですか?」と高橋係長に尋ねた。

「生活保護の場合、社会保険は別だが、国民健康保険には加入できないからな。まず被保護者が医療機関にかかる場合は、変更申請書という書類を提出し、受診券を持って医療機関に行くことになる。その変更申請書を元に我々は医療決定という行為を行うんだ。医療決定が為されると、医療機関には医療券が、調剤薬局には調剤券がそれぞれ発行される。それに基づいて医療費や調剤費の請求をするわけだ。被保護者一人一人には受給者番号というのが付けられていてな。先に受給者番号を教えてしまうと、不正な請求なども起こり得るんだ。まあ、こちらに落ち度があって医療券や調剤券の発行が遅れた場合、医療決定が為されていれば教えるケースもあるがね……」

 高橋係長は腕組みをしながら滔々と述べた。栄太郎は「はあ」と頷きながら、聞くしかなかった。


 四月三日は生活保護費の支給日だった。大半の者は銀行振り込みになっていたのだが、どうしても窓口支給をしなければならない人たちも多いという。それは生活上の指導をしたり、支給日にしかなかなか会えない人いたりするからだ。

 栄太郎は初めての支給日で圧倒されていた。それは押しかける人の山だった。

「はい、順番、順番。受給者証と印鑑をご用意ください!」

 戸沢という職員が大きな声で言った。

「城所さん、まだ仕事はみつからないの?」

 戸沢が城所という被保護者を睨み付けた。

「職安には行っているんですがねぇ。この不況じゃ、へへへ……」

 城所は笑って誤魔化す。だが、戸沢は「酒臭いね」と言うと、出しかけた保護費の袋を引っ込めた。

「そりゃあ、ないですよ」

「昼間から酒臭い息を振り回している奴がまともな仕事に就けると思うか? 今度、酒などやったら、生活保護を打ち切るぞ!」

 戸沢は城所を一喝した。それでも渋々、戸沢は保護費の入った袋を城所に渡す。城所は卑屈な笑いを浮かべて書面に印鑑をつく。そんな様を栄太郎は呆気に取られながら眺めていた。

「ほら新人、お前もボーッと突っ立ってないで、手伝ってくれ」

 戸沢にそう言われ、栄太郎もカウンターの椅子に座った。栄太郎の前に怒涛のように被保護者がなだれてきた。


 その日の晩は生活福祉課の歓送迎会だった。無論、栄太郎は主賓扱いであるのだが、どこか、馴染めずにビールを啜っていた。栄太郎の隣には高橋係長が座っている。

「ようどうだ、生活福祉課は?」

 したたか酒に酔った高橋係長が栄太郎にもたれかかって、ビールを注いだ。

「はあ、実はまだよくわからないんです」

「わからなくて当然だ。この道三十五年の俺にだって、まだ迷うことがあるんだ」

「高橋係長がですが?」

「だから、そこが面白いんじゃないか。生保の仕事はのめり込むか、嫌になるかのどちらかだ。俺はずっぽりとのめり込んだね。ケース(被保護者)の中には確かにあくどい奴もいる。嘘つきも多い。しかし、どんな人だってそれなりの理由があって、保護に転落しているんだ。まずは自分のケースを信じろ。それがケースワーカー(地区担当員)の出発点だ。そして何故、嘘をつかねばならないかを考えていくんだ」

 高橋係長は熱く語った。周囲の課員たちは「また始まった」と言いたげな顔をして苦笑していた。

「はあ、そんなもんですか……」

「何しろ、この仕事の面白さはケースに心から感謝されることもあるというところだ。そりゃ、不満や文句を言われることも多いよ。だが、時には心から感謝されることがある。そこに喜びを見出せれば、この仕事は決して辛いものではない」

「感謝に対する喜びですか……」

 栄太郎が頷いた。すると、赤い顔をした戸沢が「よう、新人、頑張れよ」とビールを注いでくれた。

「俺は先日、ダメ元で扶養照会を親族に出したんだがな、今まで父を探していたって泣いて喜ばれてなぁ。あの時は気持ちよかった。新人、お前にもきっとそういう時がくるぞ」

 戸沢は呂律の回っていない口調で、そう言った。

「みんな、それなりに苦労はしているが、この仕事に遣り甲斐を見出していることは確かだ」

 高橋係長は自信たっぷりに言った。

 栄太郎は金色の泡を見つめると、一気に流し込んだ。


「だから、あんたじゃ話にならないんだよー!」

 栄太郎が生活福祉課に配属されて一週間が過ぎようとしていた。幾度となくケースからそんな言葉を浴びせられただろう。だが、栄太郎は「お調べして、再度お返事します」と言って退けるまでになっていた。無論、高橋係長のサポートがあってこその話であるが……。まだまだ、栄太郎には理解不能な言葉や仕組みが生活保護の業務には存在していた。それでも、前に進まねばならない栄太郎であった。

 そんな栄太郎でも、この仕事はつくづく「孤独」だと感じたものである。確かに高橋係長は的確なアドバイスをしてくれる。他の課員も時としては事務処理などを教えてくれた。だが、矢面に立たされるのはいつも栄太郎一人なのだ。「自分のケースのことは自分で処理しろ。責任は上が取る」と高橋係長は常々言っていた。その言葉を噛み締めながら、今日も家庭訪問に出掛ける栄太郎であった。

 生活保護は最低生活を保障するとともに、自立の助長をその目的に掲げている。その目的のためにも定期的な家庭訪問を実施して個々の世帯の問題を把握することは必要不可欠なのだ。家庭訪問の頻度は問題が多ければ毎月となり、少なければ三ヶ月ないしは六ヶ月に一度となる。中には家庭訪問に拒否的な世帯もあったが、大多数が仕方なく受け入れてくれた。生活保護の地区担当員が財布の紐を握っていると思えば、家庭訪問を受け入れざるを得ないのが実情だ。


 その日、栄太郎は矢口シズと高山真治という高齢のケースを訪問する予定だった。高山真治はいつも市役所の窓口で保護費を受け取っているのだが、今月は支給日に来なかった。支給日以降、電話連絡を取っているのだが、一向に繋がらない。安否確認を兼ねての家庭訪問であった。

 栄太郎はまず、矢口シズのアパートへと公用車を走らせた。アパートの前に車を停めると、栄太郎は矢口シズの家の扉をノックした。呼び鈴はついていなかった。ノックをするが返事がなく、沈黙したままだ。栄太郎はもう一度ノックすると、「済みませーん。福祉事務所の北島です!」と大声で呼んだ。

 すると、扉が少し開き、中から仏頂面をした老婆が顔を出した。

「ちょっと、あんた……。家の前で『福祉事務所』なんて言うんじゃないよ。それに市のマークを付けた車を前に堂々と置いて。これじゃあ、私が生活保護を受けているってことが周囲にバレるじゃないか。私にだってプライドがあるんだよ」

「あ、どうも済みません……」

 栄太郎は心の中で「しまった!」と思った。高橋係長は「ケースは多かれ少なかれ、生活保護を受けていることにスティグマ(恥の意識)を感じている」と言っていた。そのスティグマを今、栄太郎は矢口シズに突きつけてしまったのだ。シズが怒るのも無理はないと思う栄太郎であった。

「どうも済みませんでした。お変わりはございませんか?」

「柳沢内科に定期的にかかっているよ。変わりはないね」

「あの、息子さんから連絡は……」

 だが、矢口シズはそれには答えず、バタンと扉を閉めてしまった。

(あーあ、失敗したなぁ……)

 栄太郎の心はしょげ返っていた。栄太郎は力なく、公用車のドアノブを引いた。一度の失敗でくよくよしていることは許されなかった。次には真治のところに行かねばならない。栄太郎は公用車のバックミラーで曲がったネクタイを直すと、勢い良くキーを回した。少し整備の悪い公用車はプスプス音を立てる。栄太郎はハンドルを切った。


 高山真治の家はシズの家からも程近い。車で三分くらいの距離だろうか。古ぼけた平屋の一戸建てに住んでいた。栄太郎は同じ失敗を繰り返すまいと、高山真治の家から少し離れた空き地に車を停めた。

 高山真治の家にも呼び鈴がない。玄関の扉をノックする。しかし、返答がなかった。幾度か扉をノックするが家の中は沈黙したままだ。

「居留守を見極めるには電気メーターを見ろ」

 先輩の田所から栄太郎はそう教わっていたので、電気メーターのある家の裏側に回った。

 電気メーターは勢い良く回っていた。ということは、今も高山真治の家の中でかなりの電気が使用されているということだ。栄太郎は慎重に、家の周囲を回った。すると、曇りガラスに大粒のハエがコツン、コツンと当たっている部屋があった。そして、魚が腐ったような腐敗臭が栄太郎の鼻先を掠めた。

「これは、もしかして……」

 栄太郎は携帯電話を弄った。高橋係長の前に置かれている電話は内線電話ではなく、直通電話だった。ケースにはその番号を知らせてはいないが、栄太郎のような地区担当員や県の本庁など、ごく一部の関係者には知らされていた。栄太郎は携帯電話からそのホットラインに電話を掛ける。

 高橋係長はすぐ電話に出た。栄太郎は電気メーターが勢い良く回っていること、曇りガラスに大粒のハエが当たっていること、そして、変な腐敗臭がすることを高橋係長に告げた。

「間違いないな。確実に死んでいる」

 高橋係長はサラッと言って退けた。

「ど、どうすればいいんですか?」

「まず、大家と駐在に連絡を取れ。間違っても第一発見者にはなるんじゃないぞ。踏み込むのは警察の役目だ。大家には鍵を持ってきてもらえ。今から大家と駐在の電話番号を教えるから、すぐに連絡を取れ」

 栄太郎はメモの用意をした。


 駐在はすぐに来てくれた。駐在は曇りガラスに当たるハエと腐敗臭を嗅いで、「間違いないですね。この臭いは死んでいますね」と言った。大家は少し離れたところに済んでいて、二十分後くらいに鍵を持って現れた。駐在が鍵をもらって中へ踏み込んだ。栄太郎と大家は外で待機していた。

「うわー、こりゃ酷いなー!」

 駐在の声が家の中から響いた。

 程なくして出てきた駐在は、顔をしかめながら、「大分、腐敗が進んでいますよ」と言った。

「すぐに帰帆警察署の方に連絡を取りますので、鑑識が到着して片付けるまで、中には入らないでください。ところで、通報したのはあなたですか?」

「はい」

 栄太郎は駐在の瞳を見て答えた。

「福祉事務所でしたね。名刺あったら、見せてもらえますか?」

 栄太郎は名刺入れから名刺を取り出すと、駐在に渡した。

「この職に就いてどのくらいになります?」

「この四月に異動したばかりなんですよ」

「高山真治さんと会ったことは?」

「ないです」

「後で仏さんの身元確認をしてもらいますので、親族にでも連絡を取ってください」

「それが、高山さんには身寄りがないんですよ。従兄弟とかも音信普通で……、協力は望めないかと思います」

「じゃあ、前の担当は?」

「所内にいます。田所という者が前任でした」

「じゃあ、その田所さんにも連絡を取ってください。高山さん本人かどうかの身元確認をしますので。あ、今じゃなくていいですよ。仏さんの傷み具合が酷いんでね、署の方で洗浄してから確認してもらうことになると思いますから」

 駐在はこのようなケースを幾つも見てきたのだろうか、サバサバとしていた。

「いやー、電気ストーブが付けっ放しでしたよ。だから、腐るのも早かったんですねぇ。まあ、まともに見られない遺体ですよ」

 栄太郎は電気メーターが勢い良く回っていたことを思い出した。


 程なくして帰帆警察署より生活安全課の刑事と鑑識が到着した。鑑識は家の中に入り、刑事は駐在から状況を聞いている。

 家の中から「ウエーッ」とか「グワーッ」とかいう絶叫が響いた。栄太郎は鑑識が嘔吐したのだと気付くのに時間はかからなかった。

 高橋係長から言われたのだろう、田所が応援に駆けつけてくれたのは、栄太郎にとって救いだった。

「あー、いつも保護費はイの一番に取りに来るじいさんだったのになぁ」

 田所はしかめ面をしながら呟いた。

 栄太郎の鼻には死臭がこびり付いていた。だが、不思議なことに、まだ高山真治が死んだという実感が湧かなかった。ブルーシートに被せられた遺体が運び出された時にも、まだ人の死が実感出来ずにいた。

「映画やドラマじゃ、人の死は綺麗に描かれることが多いが、これが現実だ」

 田所がやるせない顔で言った。

「おかしいな。確か身元確認があるはずだが……」

 田所が鑑識の車を覗き込んだ。

「それは警察署の方で行うと言っていましたよ。何しろ遺体の傷み具合が酷いらしく、洗浄するそうです。田所さんにもご足労願うことになるって……」

「ウエーッ、そんなのを見なきゃならんのかよ。だったら今、やって貰いたいな。まあ、警察がそう言うんじゃ仕方ないか……」

 田所が嫌悪感丸出しで、そう言った。栄太郎は鑑識の車に乗せられ、ブルーシートを被せられた遺体を見つめた。鑑識はさも嫌そうにバックドアを閉めた。

 刑事が栄太郎と田所のところに寄ってきた。

「今日の二十時くらいに警察署の方まで来てもらえますか? そこで身元確認をしてもらいますので……」

 栄太郎も田所も「はい」と頷くしかなかった。

「じゃあ、我々はこれで引き揚げます。家の中はウジムシとハエだらけですよ」

 警察はそう言って、引き揚げていった。

 田所は自分が乗ってきた公用車のバックドアを開けると、「これから一仕事だぞ」と言い、長靴とマスクを取り出した。長靴もマスクも二セットある。田所はその一組を栄太郎に渡した。

「これから、どうするんですか?」

「まずはムシを片付けなきゃならんだろう」

「そんなことまで福祉事務所がするんですか?」

「ほら、あっちで大家さんが恨めしそうな顔をしているぞ。俺たちがやらなきゃ誰がやるって言うんだ。まさか大家さんにそこまでやらせるわけにはいかないだろう」

 田所の手には箒と塵取りが握られていた。仕方なく、栄太郎も長靴を履き、マスクを着用する。田所から箒と塵取りを栄太郎は受け取った。田所は公用車に積み込んであった粉石けんと、洗濯用洗剤をブレンドしていた。

「どうするんですか、それ?」

「これを撒くとね、ムシが集めやすくなるんだ。ムシを箒と塵取りで集めて棄てるにはこれが一番なんだ。そのままじゃ、意外とムシはモゾモゾしていて集められないんだよ」

 そう言うと、田所はジョウロに何やら液体を入れる。

「それは何ですか?」

「消毒用アルコール。ムシを棄てた後に撒くんだよ。年に何件かはあるんだよ。こういうケースが……。こちらも慣れたもんさ」

 田所は洗剤とジョウロを抱えると、そそくさと家の中に入っていった。栄太郎も後に続く。

「うわっ、こりゃ酷いな……」

 鑑識が引き揚げた部屋の中を見て、田所が開口一番、そう呟いた。その部屋の中にはまだ腐敗臭が強く残っていた。そして、畳の上で無数に蠢くウジムシたち。敷かれていた布団は真治の体液だろうか、真っ黒に汚れており、それが畳まで流れ出し、乾いてガビガビになっていた。部屋の中には大きく育ったハエが無数に飛んでいた。

 田所はまず、窓を開けると、五月蝿いハエを追っ払っていた。だが、ハエは腐敗臭にしがみつくが如く、なかなか出て行かない。

「仕方ない。布団を上げるぞ」

 田所が布団を撥ね退ける。その下には更に無数のムシたちが蠢いていたのである。栄太郎の胃は腐敗臭と無数のウジムシで反芻を始めていた。

「これが、人の死……」

「そうだ。これが孤独死の現実だ」

 田所は手際よく洗剤を撒いていく。栄太郎がそれを箒と塵取りで集め、ビニール袋に棄てていった。確かに粉石けんと洗濯用洗剤をブレンドしたものを撒くと、ムシの動きは鈍った。箒で掻き集めると団子状になり、処理しやすかった。田所は大きめのビニール袋に布団を詰めていた。

「畳も取り替えないとダメだな。これじゃあ、敷金で賄いきれないぞ」

「そういう場合は、どうなるんですか?」

「大家さんに泣いてもらうしかない。生保は死んだ人には金は出せないんだ。まあ、家の片付けくらいはやってやるようだな。それがせめてもの誠意だ」

 ムシを片付け終わるのにそれほど時間はかからなかった。これも田所の気配りがあったからこそである。

 大家は家に足を踏み入れることなく、外で待っていた。

「取り敢えず、ムシは片付けました。後日、家の片付けには改めて来ます」

 大家は不安げな表情を隠せなかった。

「ああ、また高齢の独り身かい。うちではこれで三件目だよ」

「畳みは取り替えないと、ダメかもしれませんね。それは敷金で賄ってください」

 田所が大家に言った。

「この家のハウスクリーニングは敷金じゃ賄いきれないよ」

「うちもお金を出す根拠がないんです。家の片付けはしますので、それで勘弁してください」

「今後は生保のお客さんは断ろうかな……」

 大家のその言葉に栄太郎と田所は顔を曇らせた。

「そう言わないでくださいよ。家の片付けはできるところまでしますから……」

 田所が懇願した。しかし、大家は憮然とした顔を崩さず、「今後、保証人は必要だね」と言った。


 市役所に戻った栄太郎は自動販売機で缶コーヒーを買って、それを一気に煽った。

「ふう……、今日は何が何だか……」

 そんなため息が自然と出る栄太郎であった。

 栄太郎がデスクに戻ると、高橋係長が待ち構えていた。

「どうだった、初めての孤独死は?」

「凄惨でした。あんなことが年には何件かあるそうですね」

「そりゃ、この仕事をやっていれば、ぶち当たるさ。それはそうと、葬儀屋の辰巳屋から連絡があったぞ。葬祭扶助の範囲内でやってもらうよう依頼しておいたが、念のため、北島からも連絡しておいてくれ。見積もりと請求書は葬儀一式でまとめてもらんだ。間違っても焼香セットなど書き入れないように言っておいてくれ。ドライアイス代は実費で出せるから、明細の中に書き込んでもらっても構わない」

「えーと、ドライアイス代は実費と、他は葬儀一式でまとめてもらうんですね」

 栄太郎がメモ用紙にペンを走らせた。

「それから、民生委員の熊沢さんに葬祭の執行者になってもらえ」

「何故、民生委員が葬祭の執行者になるんですか?」

「本来は親族がなるべきところなんだが、高山真治の場合、従兄弟しかいないからな。それも隣の持立市に住んではいるが、絶縁状態だ。そんな従兄弟に葬祭の執行を頼めるわけがないだろう。親族が葬祭の執行者になる場合で葬祭扶助を適用する場合は、その親族を生保にかけるということだ。死んだ人間には保護費は出せないからな」

「じゃあ、親族の要否判定が必要ということですか?」

「その通りだよ。今回は従兄弟だし、葬儀はうちでやらざるを得ないだろうな。そうなった場合、生活保護法第18条2項2号の規定によるんだが、民生委員にお願いするのが妥当だ。まあ、名義だけ貸してもらうようなもんだ。熊沢さんの生年月日を確認しておけよ。葬儀屋に聞かれるからな。それと、遺骨だけは従兄弟に引き取ってもらえ」

 栄太郎は生活保護手帳を開いた。そして「ふーん」と頷いて、受話器を取った。


 その日の二十時過ぎ、栄太郎と田所は帰帆警察署にいた。高山真治の身元確認のためである。

「いやー、まともに見られたご遺体ではなかったですよ。一応、洗浄はしましたけどね」

 刑事は顔をしかめて言った。

「死因は何だったんですか?」

 田所が尋ねる。

「検案ではくも膜下出血とある。いわゆる脳卒中ですな」

「そういえば、血圧が高かったですからねぇ、この人……。まあ、行政解剖にならなくて、お互いよかったですね」

 田所が笑った。刑事もホッとしたような顔をしている。

「行政解剖って何ですか?」

 その意味がわからない栄太郎は、率直に尋ねた。

「孤独死の場合は不審死扱いとなるんですわ。検案で死因が特定できず、事件性がある場合は司法解剖に回され、事件性がないと判断された場合は行政解剖に回されるんです。司法解剖の場合、費用は警察持ちですが、行政解剖の場合は親族負担となるんです。そこでいつも福祉事務所と揉めるんですわ」

 刑事が照れくさそうに頭を掻いた。

刑事は遺体が安置してある部屋へ二人を案内すると、遺体に被せてあるブルーシートを剥ぎ取った。

「!」

 栄太郎は思わず息を呑んだ。

 高山真治の遺体に眼球はなく、身体の左半身が腐って溶け、腹にはぽっかりと穴が開いていた。そして、右半身はまるでミイラのようだ。栄太郎はまるで、ホラー映画の世界に自分が飛び込んだような錯覚を覚えた。

「間違いなく、高山真治です。この白髪と無精ひげが特徴です」

 田所が遺体を見て言った。

「いやー、ご足労ありがとうございました。時々あるんですよねぇ。こういう遺体が……。ウジムシって奴はまず目玉から食っていくんです。身体で一番柔らかいところですからね。そして、腐った内臓へと食い進んでいく。この人の場合、左を下に倒れていましたからね。布団と密着した部分は腐って、右半身はミイラのようになってしまったんでしょう。電気ストーブが付きっ放しっていうのも、腐敗を促進させ、半分ミイラ化させる大きな要因だったんでしょうね」

 その刑事の話を聞いて、栄太郎は嫌悪感を催し、身体が震えるのがわかった。

「おい、身体が震えているぞ。怖いのか?」

 栄太郎の様子を見て、田所が言った。だが、栄太郎は何も口に出来なかった。何を喋っていいのかわからなかったのである。

「俺なんか、死んだ人間より、生きている人間の方が怖いね。今にあんたにもわかるよ」

 田所はそう言うと、背中を向けた。栄太郎はただただ呆然と遺体を見つめていた。


「だから、葬儀は福祉でやりますから、遺骨だけでもお引取りをお願いしたいんです!」

 翌朝、栄太郎は電話口で声を荒げていた。電話の相手は高山真治の従兄弟だった。

「そんなこと言ってもね、今更他人だよ、あいつは……」

「遺骨だけは福祉事務所で処理できないんですよ」

「だったら、球磨川にでも散骨すればいいでしょう。あいつは身内を連帯保証人にして借金を重ねまくったんだ。こっちは被害者だよ。あんな奴、のたれ死んだってこっちは一向に構わないさ。これ以上は話の無駄だから、電話を切るぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 だが、受話器からはプープーという音が空しく流れるだけだった。栄太郎は「はあ」とため息をつくと、事務椅子の背もたれに寄りかかった。

「ダメだったか……」

 高橋係長が唸るように呟いた。

「どうだ、俺は灰皿のあるところで一服するぞ。お前も付き合わんか?」

 高橋係長にそう言われ、「いや、僕は煙草を吸いませんので」と言った栄太郎だったが、高橋係長は「ここでは話せないことがある」と言って、無理矢理栄太郎を誘った。

煙草を吸わない栄太郎を、高橋係長しつこくが煙草に誘ったのには理由がある。健康増進法が適用されてからというもの、庁舎内では煙草が吸えなくなった。灰皿は市役所の表玄関と裏口にある。職員が利用するのはもっぱら裏口だ。高橋係長はヘビースモーカーだった。一時間おきに煙草で席を立つくらいだ。もっとも、本人に言わせれば気分転換をして、効率よく仕事をしているのだとか。高橋係長が地区担当員を煙草に誘うことは、そう珍しいことではない。事務所の中ではどうしても肩書きに縛られ、教科書どおりの答えしか返せない時がある。しかし、こうして煙草を吸いながらの雑談ならば違う。本筋からは外れるが、仕事の裏技などを教えられるのである。


 市役所の裏口に灰皿は設置されている。その前で高橋係長はさも美味そうに煙草を吸った。紫の煙が立ち昇った。栄太郎は缶コーヒーを片手に、高橋係長を眺めている。

「やっぱり、無縁仏かなぁ……」

 高橋係長が煙を吐き出しながら呟いた。

「無縁仏……ですか?」

「ああ、遺骨の引き取りは親族にお願いするのが筋だが、高山真治の生活歴を見ると、とても従兄弟に遺骨の引取りを無理強いするのは酷かもしれんな。従兄弟は相当、恨んでいるぞ」

「そういう場合は無縁仏に埋葬するんですか?」

「ああ、成願寺っていう市にも所縁のあるお寺さんがあってな。こういうケースはそこの無縁仏に依頼している。だが、その成願寺にも良い顔されないんだよ。まあ、厭味一つ言われるのを覚悟の上で、成願寺にお願いするしかないか……」

 高橋係長がやるせなく煙を吐き出した。栄太郎は少し缶コーヒーを啜る。

「はあ……」

 二人から出るのはため息ばかりであった。

 翌日の午後、高山真治は荼毘に付された。火葬に立ち会ったのは葬儀屋の辰巳屋を除けば、栄太郎一人である。栄太郎は遺骨を抱えて、成願寺へと向かった。

 成願寺では住職が、さも嫌そうな顔をして待ち受けていた。

「本当は永代供養料が必要なんだけどね」

 住職にそんな厭味を言われながら、栄太郎は遺骨を住職に引き渡した。果たしてこれで高山真治の魂が救われたのかどうか、栄太郎にはわからなかった。だが、そこに人の死に対する尊厳が存在していないことだけは確かであった。


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