十一歳 レインディア姫と模擬戦
鍛練場では、騎士団の団員が剣やら槍やらを突き合わせていた。
鎧同士もぶつかり合い、激しく金属音の響く空の下で、土煙が舞い、雄たけびが上がる。あんなに叫んでばかりだと、舌を噛んだり、砂埃が口に入ってきたり、大変なんじゃ。
「これは姫殿下」
私たちに気がついた父は、団員には手を止めないようにと言い含め。
「なにか御用でしょうか」
私とレインディア姫へと一度づつ視線を向けてから、クリスティナ王女を見る。
「用事というほどでもないのだけれど、レインディア姫が騎士団の鍛練を見学したいということでしたので、お連れしてしまいました。かまわなかったでしょうか?」
基本的には、邪魔にしかならないだろうからね。
父も、おそらく、現状ではレインディア姫に騎士団の鍛練相手が務まるだろうなどとは考えてもいないだろうから。
それがたとえば、レインディア姫の護衛で来ていたノーヴィアの騎士だというのであれば、話は違うかもしれないけど、それはそれで、怪我したりさせたりで、別の問題が発生する可能性もある。
「それほど面白いものではないと思いますが……皆の士気を高めるには良いことかもしれません」
父が団員に言いつけ、騎士団の兵舎から椅子が持ってこられたので、私たちは並んで見学する。
「姫様が見に来てるって?」
「真ん中にいるのが、例の、ノーヴィアから来たっていう、レインディア姫か。ああいうのはなんていうんだっけ、姫騎士?」
「団長の娘さんも、まあ、これはなんというか、うちの息子の……痛え! 冗談、冗談です、団長」
たかだか王女が見学にきたくらいで、こんなに集中力を乱しているようで大丈夫なのかな。
父は、この間の反乱から、騎士団をより一層引き締めるとかって言っていたけど……。こんな様子だと、レインディア姫に幻滅されるんじゃない?
幸い、レインディア姫は、すぐに再開された鍛錬を食い入るように見つめていて、声が聞こえているのかどうかは怪しかったけど。
時折身体が揺れていたり、ああっ、もう、とか、楽しそうというか、真剣に見ているんだね。
それに、それだけじゃなくて、多分。
「ノーヴィアではこういう鍛練とか、試合、模擬戦の見学も普通に行われているのかしら」
反対に、クリスティナ王女はあまり興味はなさそうだ。
クリスティナ王女は、多分、魔法師だろうから、自分で甲冑を纏って、剣を腰に佩いて、なんて事態はないだろうし。
「ええ。王家だけではなくて、個人宅でも、身分が高かったりで余裕があると、自前の騎士団を持っていたりするところもあるわ」
自前の騎士団はすごいね。
それだけ騎士や戦士を志す人が多いということなんだろう。
その騎士団自体が反抗する気持ちを持たなければ、たとえば、クーデターみたいなことになっても、民の安全もある程度は無事が保証されるということだし。
「レインディア姫も、御自身の騎士団を持っていたりするのかしら。今回ついていらした方たちがそう?」
「ええ、そうなの……」
クリスティナ王女に応答する間も、レインディア姫の動きは騎士団から離れなくて。それに。
「レインディア姫。よろしければ、少し剣を握られますか?」
足や指先も、もどかしそうに動いていたからね。
「いいの?」
レインディア姫の声は明るい。期待に満ちていた。
「聞いてみないことにはわかりませんが、騎士団の鍛練に混ざるという形ではなく、また、模造刀であれば、借りることもできるかと思います」
剣じゃなくても、槍が良いとか、ナイフだとか、希望があるなら聞いてみることはできるけど。
ただ、何度も声をかけて鍛錬を中断させてしまうのは心苦しいので、休憩に入ったところで、父に尋ねてみた。
「模造刀を、かい?」
「はい。木剣など、お有りですよね。できれば、お借りしたいのですが」
木刀だろうと、危険なことには変わりはない。なんでもそうだけど、使い方を誤れば(あるいは、武器なんだから正しく使えばとも言えるけど)殺人にまで発展しかねないものだ。
「アリアがあの子と打ち合って、勝利したことは知っているけど」
「あの子ではなく、シャーロックです、お父様」
あのとき、シャーロックには躊躇があったし、近距離戦だったし、と私に有利な条件ではあったけどね。
「心配なさらずとも、他国からのお客様に怪我をさせるような真似は致しません」
それだと、国際問題まっしぐらだし、同盟も難しいだろう。
同盟に関しては、向こうからの申し出だから、引っ込められるかどうかは微妙だけど。
「騎士団長。私が傍で見ていて、危なそうなときには止められるよう、常に防御魔法を待機させておくから心配はいりません」
「それだと本末転倒じゃ……いえ、それであれば、かまいません」
父も結局、王女の意思を翻意させようとまでは思わなかったようだ。
目と鼻の先でのことだし、武器は模造刀で殺傷力は高くないし、王女の防御魔法による介護もある。
基本的に、魔法が使えるなら、王族はとくに、自身を守る魔法から修めるだろうからね。
目の届くところということで、今は休憩中の騎士団員がさっきまで鍛錬に打ち込んでいた場所を使わせてもらう。
「アリア、剣術ができるのね。御父上の影響かしら」
「父からはほとんど習ったことはありませんが」
貴族としての、軽い護身術程度ならって感じかな。
「ですが、遠慮は必要ありません。全力でいらしてくださってかまいません」
レインディア姫は少し驚いたような顔をして。
「アリアも全力でかかってきていいわよ。少なくとも、騎士団長であるお父様が認められるくらいには、実力があるということなんでしょう?」
どうだろう。
もしかしたら、父は、子供同士のお遊び、剣士ごっこくらいに考えているかもしれないけどね。
「それは、レインディア姫、御自身でお確かめください。私が、あなたの相手として不足なしかどうか」
「ええ。そうさせてもらうわ」
そうして模擬刀を構えるレインディア姫は、さすがに、堂に入っているというか、佇まいは完全に騎士そのものだね。
「じゃあ、私が審判をするわね」
クリスティナ王女が、仕方なしと、興味ありの、半々くらいの表情で、手を掲げ。
私とレインディア姫は、模擬刀を構えて、切っ先を向け合い、静かに開始の合図を待った。
「始め」
という、クリスティナ王女の掛け声がかけられると、レインディア姫が「はっ!」という気合とともに、剣を突き出してくる。
亜麻色の髪をなびかせ、空気を切り裂く音を響かせ、鋭く、速い突きが繰り出される。
とはいえ、レインディア姫の剣は、真っ直ぐで、遊びやフェイクの類はなく、それゆえに、軌道は読みやすい。
だからといって、あまり簡単には打ち込む隙もないから、私もとりあえずは受けに回る。
「やっ」
そう思っていたら、今度は突くと見せて、後ろへ下がる。
なるほど。ただ、速さを武器にして愚直に突っ込むというだけじゃなくて、こちらをコントロールしようという、したたかさも感じられる。
「引っかからなかったわね」
「反応できなかっただけですよ」
レインディア姫の口元が楽しそうに綻ぶ。
もちろん、私の言葉をそのまま受け取ってということではないだろうね。
「まだまだ……大丈夫よね?」
レインディア姫が心配そうに私を眺める。もちろん、失礼とか、そういうことじゃなくて。
実際、技量はともかく、体格差は歴然だからね。レインディア姫は私より、頭一つ以上は大きい。
「ご心配、痛み入ります。ですが、私のことでしたら、問題はありません」




