十一歳 全然、まったく、これっぽっちも気にしてない、というわけでもない、けど
「来るたびにベッドの上だよな、アリア」
一応、お見舞いに来たらしいシャーロックがそんな小言を言ってくる。
この前は、私が心配だから、精神的に回復してから、なんて可愛らしいことを言っていたのに。私が直接聞いたわけじゃないけど。
「健康なときにお見舞いになんて来ないんだから、当たり前でしょ。それに、乙女の寝室に無断で入ったりすることもないんだし、室内でシャーロックが私を見るときは必然的にそうなるに決まってるよ」
それとも、今度、食事でも一緒にしにくる?
「すくなくとも、口の怪我は治ってるみたいだな」
「素直にごめんって謝ったら――ちょっと、怪我人になにするの」
ふん、とシャーロックはつまんでいた私の鼻を離し。
「元気そうでなによりだよ」
それって、ベッドの上で、今まさに見舞いに来た相手に対して言うこと?
ロレーナも、仕方ありません、みたいに肩竦めてないで、シャーロックを止めてよ、と私はロレーナを睨んでおく。
「まったく。私だからいいけど、ほかの女の子にやったら、泣かれて、叩かれるからね。言っておくけど、私が嫉妬してとかって意味じゃないよ?」
デリカシーがないって意味だよ。
ついこの間まで、多くの男性に捕まって、なんなら、凌辱寸前まで追い詰められていたんだからね。大分ひどいトラウマものだよ。
「どういうことだよ」
「シャーロックはあのときお母様と一緒に来てたんじゃなかった?」
声を聞いたような気がするけど。もちろん、姿は見えてなかったから、気のせいかもしれないけど。
「いたけど、それがどうかしたのか?」
とぼけている雰囲気でもないね。
なるほど。まあ、十一歳じゃあ、そこまではわからないか。
ロレーナの様子を見るに、説明はしてないみたいだし……そりゃあ、他人の口からはできないか。
これは、なんでもないって言って誤魔化すのが良いのか、それとも、今後のシャーロックの紳士度の向上のために、説明しておいたほうがいいのか。
「アリア、入るわよ」
なんと言ったものかと考えていると、母が入ってきた。
今日も事件のこととかで魔塔に行っていたと思うんだけど、帰ってきてたのかな。
「どうかしたのかしら?」
母は、ひと目で私が、というより、部屋の微妙な雰囲気を察したらしく。
「はい。私はそこまで気にしているわけではないのでかまわないのですが、異性に監禁されて辱めを受ける寸前だった女性に対して、いきなり手を伸ばすという行為は、ともすれば、相手を怖がらせたり、トラウマを刺激する結果になってしまうこともあると、シャーロックに説明するべきかどうか悩んでいました」
普通こういうことは、被害者本人である女性からは言い出しにくいことだからね。
じゃあ、私はなんなのって話になるけど、私はべつに、異性からそういう暴力を受けるのは初めてじゃないから、諦めてるとか、そういうこととはべつにして、いまさら、生娘のように騒いだりはしないけど。
ところどころ、私の転生にかかわってくるところで、言えないところを省きながらそう説明したら、皆絶句したように静まり返ってしまった。
「いや、あの、私はそこまで気にしてないから……いえ、もちろん、お母様やお父様には、せっかくいただいた身体を穢してしまうところでしたから、お詫びのしようもなくなるのですが」
結局、未遂だったわけだし、私自身も拒絶反応を起こしたりはしないし。
「お嬢様!」
ロレーナに抱き着かれた。
「お嬢様は、どうしてそう……いえ、もっと、ご自愛ください」
「ちょっと、ロレーナ、苦しい……」
すみませんとかって謝られても、どうしようもないんだけど。
いまさら、取り繕ったりはしないんだけど、もっと、普通の少女っぽい反応とかして見せたら良かったのかな。
でも、あんまり気にした様子を見せても、ロレーナとか、イシスとか、もしかしたら、母や父もさらに自分を責めるかもしれないし。
一応、私も、全然、まったく、これっぽっちも気にしてない、というわけじゃないんだけど。
「イシスには言わないでくださいね。少なくとも、しばらく、あの子が大きくなるまでは」
どうなるのか、目に見えているからね。私だって、大事な弟を泣かせたくはない。
「……どうして、そんなに平然としていられるんだよ」
シャーロックが握りしめた拳を震わせる。顔は、驚くくらいに無表情だ。
「どうしてと言われてもね。実際、なにもなかったわけだし」
べつに、泣いて……涙を流したりすることができないわけじゃないけど、本当に、そんなに気にしてることじゃないから。
そりゃあ、『私』だって、無暗にアリアの身体を傷ものにしたいとかってわけじゃないけどさ。
結果論に聞こえるかもしれないけど、この場合は、結局、被害を受けたのか、受けてないのかってことだから。
「それに、シャーロックは私にそういうことをするつもりはないでしょ?」
だから大丈夫だよ、と私はシャーロックの手を取る。強がりで言ってるわけでもない。
私が言ったことだけど、同時に、よく知っている、心を許している相手に触れることで傷を癒すってこともあるわけだし。
「ないから心配するな」
シャーロックは、長い沈黙の後、私に手を重ねた。
「本当に、どうしてアリアはこういうことに巻き込まれるんだろうな」
「さあ。目立つからじゃない?」
それに、今回は私のほうから相手を釣り出しに行っていたって部分もあるし。
もちろん、あそこまでになるってことは、さすがに想定外だったけど。とくに、件のカイゼル・ベンジャミンに関しては。
「それから、お父様にも言わないでくださいね」
母に向けて念を押しておいた。
イシスと同じように、余計に心配させたくないということもあるし、なにをしでかすかわからない。
騎士団長として、今も、大きいか小さいかはともかく、混乱の最中にある情勢で、余計な心労とかをかけたくはない。
心労というより、怒りに我を忘れて、自分で成敗しに、なんてことになったら、ことだし。さすがに、そこまでのことにはならないと思うけど。というより、それよりも前に止めてくれると思ってるけど。
「私は無事だし、イシスは、無事とは言えないかもしれないけど、マーク殿下も、クリスティナ殿下も、ご無事だったんでしょう?」
私の怪我も、イシスの怪我も、無事に治ってるし、後遺症とかもないし。
イシスの精神状態はまだ確かめてないけど、母やロレーナの様子を見るに、ひどすぎるってわけでもなさそうだからね。
「ロレーナ。ちょっといいか?」
「はい、コード様」
シャーロックがロレーナを連れて部屋から出ていく。
「アリア。本当に、辛かったら泣いていいのよ」
「……すみません」
でも、本当に、涙を流せそうにはない。いや、涙を流すという行為だけなら、可能だけど。それは、乙女の涙とも違って、役者が三秒あれば涙を流せるっていうのと同じことだし。
でも。
ねえ、『アリア』。あなたなら、やっぱり泣いてたりしたのかな。『私』がいなければ、普通の女の子だったかもしれないもんね。それとも、心に傷を負ったりしてたかな。あなたのためなら、泣いてもいいんだけど。
もちろん、そう問いかけたところで、答えが返ってくるはずもないし、無意味な仮定なんだけど。すでに『アリア』は『私』で、『私』は『アリア』だから。
「謝らなくていいのよ。アリアが大丈夫なら。でも、強すぎても、私も心配になってしまう、いえ、寂しいのかしら。もっと、素直に甘えてほしいと思うところもあるのだけれど、アリアも、もう十一歳だものね」
母的には、まだ十一歳ってところなのかな、本音では。




