十一歳 拉致と最低なプロポーズ
気がついたのは、どこか薄暗い部屋だった。
幸い、服は着ているとはいえ、後ろ手ではないだけましだけど、両手は前で手錠をかけられていて、足も同じようにされている。前に、邪教に捕まったときと同じような格好だね。
もしかして、邪教徒も絡んでいるということかな?
部屋の中を見回してみても、ベッドが一つあるだけだ。当然、窓はなく、ドアには鍵がかけられていて、その扉にも鉄格子はない。
「別々の場所に監禁されたのかな」
イシスの姿は見えない。
あの状況で、イシスだけ見逃されるとは思わないから、おそらく、別の場所に似たような感じで監禁されているということなんだろう。ロレーナは、どうかわからないけど……とりあえず、これを解決してから考えようか。
「この枷はイシスには外せないだろうね」
魔法犯罪者に使用される、魔力を制限するための枷で、希少である魔封石が利用されている。とはいえ、魔法師を確実に捕らえておくには必要だから、どの国でも、できる限り、力を尽くして入手しようとしているんだろう。だから、単価も高い。とはいえ、私にはあまり効果はないけど。
もっとも、普通の魔法師のいる家にはいらない、どころか、むしろ、邪魔にすらなる物だから、需要のある相手は限られる物でもある。民間でも、手に入らないわけではないとはいえ。
魔封石の強度というか、制限力とでもいうべき作用は、純度とか、大きさなんかによるから、魔法師に対して相当有利に事が運べても、絶対確実百パーセント、という代物ではない。
とはいえ、今のイシスには対処不可能だろう。というより、対処できるのは、それこそ、母くらいの実力者にならないと不可能なはずだ。
そして、予想どおり、私は殺されていない。おそらく、イシスもだろう。
大切な相手を失った心の隙は大きいから、この処置を甘いと言うことはできるけど、ほとんど、生殺与奪の権を握られていることには変わりはない。人質ということだね。双方にとっての。
あの場で殺さず、誘拐という選択肢をとった、ということは、少なくともまだ、イシスの身は無事だということでもある。わざわざ、死体を運ぶリスクを冒す必要もないし。
ロレーナは、わからない。あの場に一緒にはいなかったし、同じ家にいて見逃されている可能性もないとは思うけど、同じように、時間がなく、私たちだけで済ませたということも考えられる。
魔封石が使われているということは、私たちに対して探知魔法を使うことができない、ということでもある。外部からの助けはほとんど期待できないだろう。
まあ、こんな枷、抜け出すのはわけないんだけど……ひとまず、していたほうが相手の油断を誘えるし、したままでいようかな。下手に刺激したくもないからね。
私の目が覚めてから、一時間くらい経ってから、外を歩く音が聞こえた。
寝たふり……はあまり意味があるとは思えない。寝ている相手にまで水をかけて起こそうとする相手なら別だけど、それなら、ほかに私を起こせる機会はあったはずだからね。
そして、生かしているということは、私に利用価値があるということで、わざわざ会いにくるということは、話したいことがあるということなんだろう。この状況で、その程度のことを無視しても、悪いことはあっても、良いことはなにもない。
「なんだ、目が覚めていたのか」
最初に扉を開いて姿を見せたのは、ユーイン邸に乗り込んで来た男だった。
黒装束ではなかったけど、声や体格は同じだった。魔法で誤魔化すなんてことはしていなかったんだろう。
「目が覚めるまで待っていてくださったのでしょう?」
私に、父や母を説得するように頼む……なんて、甘い話じゃないだろうけど。
「イシスはどこですか?」
私が生きていたんだから、イシスも別所に生きているはずだよね。同じような拘束はされているだろうけど。
「この状況で最初に心配することがそれなのか。大したお嬢さんだ」
私はその男をじっと見つめた。
「お嬢さんが抵抗しないでいる間は、弟くんの命と安全は保障する。もちろん、逆もまた然りだが」
ユーイン邸に乗り込んできたときよりも余裕がある態度なのは、ここが彼らの本拠、かどうかはともかく、ホームだという認識があるからなんだろうか。まあ、相手は拘束された女の子一人だし。
私が大人しくしているならイシスの安全は保障され、イシスには、同じように、私の安全を保障すると言っているんだろう。互いを人質にするのは、複数人を人質にしたときの常套手段だ。もちろん、相手に相応以上の関係があれば、という前提だけど。
犯罪者の言うことなんて、まったく信じるつもりはないけど。
「そうですか」
とりあえず、安心した表情は見せておく。実際、今生きているということがわかったのは上々だ。表情や口調からは、少なくとも、嘘とは思えない。
「それでは、しばらくここで大人しくしていてくれるかな。抵抗されると、私たちもただではいられない」
「子供を相手に随分と念入りに警戒するんですね」
父や母はまだしも、子供が多少抵抗したくらいでどうこうできるような実力なら、そもそも、ユーイン邸に襲撃を、あるいは、国家の転覆を目論んだりはしないと思うけど。
「そうだね、きみたちはある程度は重要な人質だ」
ある程度。つまり、絶対ではないと脅すつもりかな。いずれにしても殺すつもりまではないと思うけど、腕を折るくらいはするかもしれない。
死んでいなければ、イシスの怪我なら、治せると思うけど。
「まあ、弟くんはともかく、きみのことは我々にはどうしようもない。出資者からの要望でね。きみがほしいとのことだ。同情するよ」
同情するくらいなら、最初から、そんな話受けないでほしかったんだけど。
彼らが起こしたのが、あるいは、現状起こしているこれが、革命に近いものであるなら、資金はいくらあっても足りないというのはわかる話だけど。
「殺しはしない。きみたち姉弟は重要なカードだからね」
それだけ言って、男は部屋から出ていった。
それと入れ替わるように入ってきたのは。
「これは、お久しぶりですね、カイゼル・ベンジャミン様」
まだ、勘当とかはされてなかったよね。当主を襲名したという話も聞かないし。
「こんなときにもそのすまし顔か」
カイゼル・ベンジャミンは舌打ちでもしそうなほどに顔を歪めた。
「私はいつもこの顔ですよ。整形などもしたことはありませんから。そう言われても、困ります」
私にはどうしようもないことだからね。
まあ、そういう意味で言っているわけじゃないことはわかっているけど。
「それで、なにか御用ですか? あいにく、このようなところでは、おもてなしなどできませんが」
「そうかな」
カイゼル・ベンジャミンは下卑た笑みを浮かべて。
「あのときは随分と虚仮にしてくれたじゃないか」
「虚仮になどした覚えはありませんが。立会人もいた、中立な魔塔の施設における、公平な立ち合いだったはずですが」
そもそも、選んだのはあなたのほうだったよね。
しかも、勝負に勝ったのも。
「あのときの仕切り直しをお求めでしたら、ここでは不可能かと」
魔封石があるから、魔法を使うことはできない。魔封石の影響を打ち消すだけの魔法を使えるようにも見えないし。
「ああ、そんなことは気にしていないんだ」
どう考えても、いや、考えなくても嘘だとわかるけど、余計な茶々は入れなかった。面倒だから。
「あのときはまだほんのガキだと思っていたが、しばらく見ないうちに、随分といい女になったじゃないか」
また、光栄な話とか言い出すつもりかな?
いや、まさかとは思うけど。
「一応、最後通告くらいはしてあげよう。私の妻となるというのなら、解放してあげよう」
およそ最低な部類のプロポーズだった。




