プロローグ その8 魔王討伐パーティー アミュ・ファーライア
「なぜだ!」
フェリックスの問いかけに、問われた本人は答えない。
仲間を無視することなんて、今までなく、むしろ、リーダーとして気遣っていたくらいなのに。
それがなぜ、この、まさに魔王との決戦だという場面で。
「答えろ! 勇者シルヴァ!」
勇者。
それは、魔王を撃ち滅ぼすため、女神様から力を授かった者。
悪を払う聖剣に選ばれ、奇跡の力をその身に宿し、女神の剣とまで呼ばれる者。
それがなぜ、魔王に背中を向け、私たちに剣を向けるのだろう。
「わかっているだろう、フェリックス。僕たちではあの魔王に及ばないということくらい」
「――っ」
いっそ、優しさすら感じさせる台詞に、私たちより一歩前に出たフェリックスが言葉を詰まらせる。
ここまで、多くの魔物や魔族と戦い、魔王軍の幹部とも生死の狭間の殺し合いを繰り広げてきた。
何度殺しても蘇るもの、未来を見通し圧倒的な戦いを見せるもの、奇跡としか言いようのない、理解できない力を振るうもの。
しかし、私たちは力を合わせ、それらを葬り去ってきた。
だから、今回もなんとかできる――はずだった。
「では、どうすると言うんだ! 勝てないからと諦めるのか? そんなことを口にするような、軟弱なやつではなかったはずだ!」
少なくとも、今、シルヴァが腰から下げている聖剣は、勇無き者に授かることは決してない、と言われていた。
「勇ましいな、フェリックス。今の僕には眩しすぎるくらいに。いっそ、今のきみのほうが勇者という言葉にふさわしいだろうね」
魔王はまだなにもしてはいない。
ただ、玉座らしきところに座り、黙ってこちらの様子を窺っているだけだ。
配下はほとんど討たれているというのに、微塵も動揺していない。
しかし、それもわかる。あの、魔王から感じられる圧は、今まで私たちが倒してきた魔王軍の配下とは、まったく別のものだ。
「人の身であれに届くことは決してない。今までの戦いなど、戦いではなかった。戯れだ」
自嘲気味に、諦めともとれる台詞を吐くシルヴァの視線が、フェリックスから私とシアへ向く。
「アミュ、それから、シア。二人はどうするんだい」
「わ、私は……」
シアの視線が私へちらりと向けられる。
シアは聖女だ。全知全能と言われる天界の女神様にその身を捧げ、奇跡の力を授かっている、ということになっている。
けれど、こうして、魔王を目にして、仲間の、リーダーの裏切りを目にして揺らいでいるのがわかる。
「おかしなことを聞くのね、シルヴァ。私の答えは決まっているよ」
私はシアの肩を強く抱き寄せ、身体を支える。
「シア。怖ければ逃げてもいいよ」
シアにだけ聞こえるようにささやく。
生きていれば、まだ、未来に可能性は繋がる。
もちろん、私は今ここでだって負けるつもりでなんて立っていないけれど。
「ううん、大丈夫。アミュがいてくれれば」
握られたシアの手を握り返す。
シアは聖女、私は魔法師。前衛である戦士のフェリックスもいる。
「シルヴァの強さは知っているよ。私たちに、力を貸してくれないかな?」
魔王討伐の旅に誘われたときとは逆に、私のほうからシルヴァに声をかけるけれど。
「僕がほしいと言ってくれるなんて、こんなに嬉しいことはないよ、アミュ」
そう言いながら、シルヴァの顔には諦めしか浮かんでいない。心は全く動いていない。
「アミュ。あいつはだめだ。俺たちでやるしか――」
フェリックスがそう口を開いた瞬間、その身体が後ろに吹き飛ばされ、壁に激突した音が聞こえてきた。
見えなかった。聞こえなかった。感じなかった。
ただ、魔力の動きから、魔王がなにかをしたということを、結果から推測できるだけだ。
「フェリックス!」
シアの悲鳴に近い声が響く。
フェリックスの盾を構えていた左腕が消失している。衣服も防具も滅茶苦茶に亀裂が入り、もはや、意味をなしていない。
魔王城に乗り込むために整えた武器と防具だ。しかし、そんな魔法耐性など、紙きれ同然に貫通してみせた。
つまり、それは現状、私たちの誰にも防ぐことのできない攻撃だということ。対抗手段は、軌道上に入らず、避け続けるしかない。あの魔法を理解するには、時間が足りない。
他の魔族とは、格が違うなんてものじゃない。
フェリックスは思い切り地面に倒れ込んだ。あれは、シアにも治せるかどうか。時間があれば別だろうけど、今はまさに、魔王の眼前だからね。
というより、命は助かっても、すぐに戦闘は無理だろう。
「もう一度聞こうか、シア・リリトゥーナ、アミュ・ファーライア。僕もきみたちを殺したいわけじゃないんだ」
そう言いつつ、剣は向けるんだね、シルヴァ。
今まで、数年一緒に旅をしてきた私たちより、見て数秒、数分程度の魔王のほうに心を掴まれてしまっている。あるいは、粉砕されているのか。
それでも。
「私の心は変わらないよ、シルヴァ」
あくまで、私は仲間として、勇者パーティーの一員である、魔法師アミュ・ファーライアとして語り掛ける。
「たとえ、魔王がどれほど強大だろうとも、世界をこれ以上、滅茶苦茶にされるわけにはゆかないからね」
すでに、人類の生息圏という意味では、魔王軍の進軍以前の半分以下にまでなってしまっている。
このままでは、人類滅亡は間違いない。
ここで魔王を討たなければならない。世界のために。
「きみのそういう気高いところが好きだったよ」
「シアにも告白していたくせに」
こんな風に軽口を叩き合えるのは、まだ、仲間としての意識が残っているからなのかもしれない。
実際は、修復不可能なほど、分かたれた道に進んでしまったわけだけれど。
それから、私はべつに、気高いわけではないし、そんなつもりはまるでない。
「シア。大丈夫だよね?」
シアは聖女で、敵を倒すような魔法は、基本的には使えない。アンデッドなんかだと違うのだけれど、あいにくというのか、いや、幸いと言うべきだろう、フェリックスはまだ死んでいないからね。後でいくらでも治癒できる。
「はい。大丈夫です、アミュ」
できるできないじゃない、やるしかないんだ。
たとえ、どれほど絶望的な状況でも。
「それは、勇者シルヴァから教わったことだったんだよ」
「そうか……」
シルヴァが裏切り、フェリックスは、あれでは戦えないだろう。シアもフェリックスの治療をしている暇はない。
「仕方がない。きみの心を変えられないのなら、すべて壊して、僕のものにしてしまえばいい」
悪役みたいな台詞だね。勇者なのに。
「シア。防御は頼んだからね」
シアには攻撃手段がほとんどない。
まったくないわけではないけれど、シルヴァや魔王に通じるようなものじゃない。
つまり、私がやるしかない。
シアを、倒れてはいるけれど、まだ辛うじて息がありそうなフェリックスを守るためには。
魔王とシルヴァを相手にしながら、あれほどの相手と面と向かっておきながら、誰かを庇いながら戦う?
むしろ笑えてくるよね。
「そんな風に魔王に与しても、未来はないということくらい、わかっているよね」
人を、生物を殺すことに、なんの躊躇いもない相手なのだから。
味方をしようと、いつ気まぐれで殺されるか、わかったものではない。
「わからないさ」
「そう、未来なんてわからない。私たちだって、これまでどおり、これまで以上に協力して戦えば、魔王だって討てたかもしれないのに」
パーティーの力は、足し算ではなく、掛け算だ。
そう言ってくれたのも、シルヴァだったのにね。
「ああ、ごめんね、シア。なにも諦めてないからね」
「はい。シルヴァさんの心を正して、フェリックスを治して、魔王を討ちましょう」
絶望的な状況でも諦めない私たちに、シルヴァが目を細め。
しかし、もともと、全員で当たっても勝てるかどうかわからなかった相手だ。
魔王と、勇者シルヴァの前に、私たちはなすすべなく――。