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プロローグ その7 旅芸人一座花形スーザン

「――本日はお忙しい中、我が一座の興行へお越しいただき、誠にありがとうございました」


 座長がそう締めくくると、まばらな観客から拍手が沸く。

 そして、私たちの手にした帽子や空き缶の中に硬貨が投げ込まれる。

 見物客がいなくなり、今日の公演が終われば、私たちは幌馬車の周りで集まって、今日の興行の成功を祝って乾杯をする。


「今日は手品の受けが良かったな」


「明日は楽器も出してミュージカルっぽくしてみようぜ」


「なら、俺調律済ませとくわ」


 楽しそうに笑い、盛り上がり、酔っぱらう仲間もいる中で、私は酒を注いで回ったり、焚火の加減を調節したり、毛布の準備をしたりする。


「もう、スーザン。あんた、なにやってるの」


 呆れた調子で声をかけられるのもいつものことだ。


「なにって、見ればわかるでしょう。私が一番下っ端で、体力があるんだから」


 だから、雑用を率先してするのは当たり前のことだ。


「一番下っ端って、月日だけでいえば、古株じゃない」


 今でこそ、二十三人の大所帯となっているけれど、最初に私が誘われたときは、まだ、四人しかいなくて、一座なんて呼べるような集まりじゃあなかった。

 それから、行く先々で見つけた、身寄りのない子や、逃げ出したい人、世界を夢に見ている人たちを勧誘していって、いつの間にやら、こんなことになってしまっていた。

 実際、人数が多いほうができることの幅も増えるし。

 

「それに、あんたが花形なんだから、倒れたりしたら困るのよ」


 この世界でも、銀の髪に青い瞳というのは珍しいようだ。

 私も、この旅芸人一座の一員として各地を転々としているけれど、黒髪や金髪とは違い、銀髪というのは、滅多に見られる相手ではなかった。


「体力には自信あるから大丈夫」


 実際、芸で身を立てているのだ。

 跳んだり跳ねたり、歌って、踊っての大立ち回り。

 身体が資本なこの世界で、体力もなければやってはいけない。むしろそれが一番……いや、やっぱり一番は顔かな。

 そう言って笑うと、女性座員から抱き締められた、というより、圧し潰された。


「もう、まったく、スーザンったら」


「どうしたらこんなにいい子が育つのかしら」


「スーザンは私の嫁だあ」


 苦しい。

 でも、まあ、皆良い人たちで、悪い気分ではないけれども。

 そんな風にふざけている私たちから離れたところでは、座長たちが次回――次の国に入ってからの最初の公演について話し合っている。

 

「次は劇だったよな、たしか」


「ああ。くじ引きは絶対だからな」


「やっぱり、カタルシスが重要で――」


 出し物の内容に関しては、座長たちに一任している。放り投げていると言ってもいい。

 私の仕事は、劇だろうが、音楽だろうが、手品だろうが、サーカスだろうが、決まったもので、一番の顔になることだ。

 だから、どの練習にも気は抜けない。

 つまらないと言われてお客さんが帰ってしまっては、私たちは食べてもゆけなくなるのだから。

 とはいえ、芸の修行は楽しく、仲間たち――あるいは、家族と言っても良いかもしれない――とも一緒に頑張るのは好きだった。

 なにより、見てくれるお客さん、子供たちの笑顔が、一番の報酬だ。だから、お代はお気持ちだけでとしている。そりゃあ、口上ではそうなっているけれど、さすがに見てのお帰りじゃあ、生きてゆけないから。人の不幸を糧にしている悪魔とかじゃないのだし。

 


「さあ、さあ、お客さん。お代は見てのお帰りだ」


 髪は月光、瞳はサファイア、星の明かりを衣に纏い――。

 歌い手が歌う歌のとおりに、私はステージを舞い踊る。

 これじゃあ、劇っていうより、歌劇だよね。まあ、私はなんでも好きだし、好きに決めてくれてかまわないけどさ。 

 

「――一時の夢。お客さん、夢とはいえ、お手は触れないよう、お願いいたしますよ。行く先々の地で、高貴なる方々に声をかけられても踊り続けるうちの踊り子に触れようものなら、それなりのお題を支払っていただけるのですよね?」


 座長の語りに笑いが沸く。

 通常、高貴なる言われれば、王侯貴族を指す。

 たしかに、ちょっとした街頭での興行のつもりが、どうしてか、その町や国のお偉方に届くこともあり、寵姫や側妃にと誘われたこともある。

 まあ、全部断っているんだけど。今はこっちのほうが楽しいし。

 


 と、大抵は座長のその一言で熱も収まるものなのだけれど。

 その地の領主は簡単な相手ではなかった。 

 毎度のことなので、その領主からの求婚というか、申し出を断った翌日、朝、その日の興行の準備をしているところに、武装した、騎士団風の人たちが押しかけてきた。


「困りますよ、お客さん。うちは、芸を売り物にしているんであって」


 そんな風に出ていった座長の首が一刀両断された。

 血を噴水のように吹き出し、その場に倒れる団長を目にしても、私たちの脳の処理が追い付かなかった。

 なにが起こっているのだろう、いったい。


「きゃああああああっ」


 数拍遅れて、他の団員の狂気に近い悲鳴が上がる。

 普通の劇で殺陣を演じることはあっても、実際に人が死ぬところなんて、お目にかかったことがあるはずがない。私たちは旅芸人一座であって、そもそも、戦いなどとは縁遠いところにいるのだから。

 

「貴様らの劇は、我が領地にとって、反体制的なものだと判断された」


「不穏分子は潰しておく必要がある。疑わしきは罰する」


「大人しくするのであれば、苦痛なき沙汰を与えよう」


 いくらなんでも、横暴が過ぎる。

 この町の人たちは、いったい、どんな暮らしを?

 

「反社会的とは、いったい、どの部分ですか」


 正気を保っていた私が、他の団員に変わって問いかける。

 

「上位の者が下位の者に脅かされる様など、あってはならぬ」


 わかっている。 

 所詮ここに来るのは、上の者の命令を聞いたからで、その雇われに意思は関係ないということくらいは。

 命令されたにしろ、近しい相手が人質に取られているからにしろ、それなら、その相手も誰かにとっての大事な相手だということにくらい、頭を回してほしい。

 もちろん、一番大事なのは自分の相手なのだろうから、私たちにまで気を遣って、明日のご飯が食べられなくなるという事態を避けたいというのはわかるけれど。


「なんのために座長がこの劇を考案して、私たちが演じてきていると思っているんですか?」


 もちろん、生きてゆくためというのはそのとおりで、見てもらった人たちに楽しんでもらいたいのも本当だ。それが一番なのは変わらない。

 それでも、ほんの少し、腐敗した権力構造がどうなるのかということをわかってもらえたら。

 それを咎めて、こうして摘発してくるようでは、腐敗どころじゃないと思うけれども。自分たちの政治が腐敗していると認めたようなものだ。

 そんな私たちの訴えを聞くつもりはないようで、さらに。


「だが、貴様が領主様のものとなるのなら、見逃そう」


 そんなことを私に持ちかけて来た。

 そうやって、内部から変えてゆく、あるいは、次代への教育をどうにかするのも――と一瞬、思わないでもなかったけれど、そんなことを口にした次の瞬間には、伝達者の顔面に拳がめり込んでいた。


「一昨日きやがれ」


「いいぞ、ファッジ!」


「よくやった!」


 まあ、一ヶ所に囚われるようじゃあ、旅芸人は務まらないからね。

 しかし、それで帰ったかと思ったのが甘かった。



 夜。

 私が目を覚ましたときには、すでに遅く、火の手が私たちを取り囲んでいた。むしろ、よくもまあ、ここまで起きなかったものだ。

 これはもう逃げられないだろうな。まさか、ここまで短絡的とはね。

 

「逃げろ、スーザン。おまえだけでも」


 一座の皆が良い笑顔を浮かべているけど。

 そんなこと、できるはずもない。

 私は炎に呑まれ――。

 


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