八歳 恥なんて考えてない
これだけの衆人環視の中で、逆上して襲いかかってくるということもないだろう。
そもそも、潔白なら、協力しない理由もないと思うんだよね。だって、普通、純粋に武術に打ち込んでいるってことなら、国内最高峰である父との試合を望まないはずがないんだから。
望んでもできないような体験を、自分からふいにする理由はないはず。
それをする理由は、立場の簒奪か、恥をかかせてやろうと思ったか、あるいは、個人的な恨みつらみか。
「ここで拒否することは、自ら犯人だと名乗り出るようなものだと思うのですが、どうでしょうか?」
あくまでも、相手を刺激しないよう、冷静に語り掛ける。
ここで問い詰めたり、追い詰めたりするのは、逆効果だからね。それは、あとから、それこそ、騎士団とかに任せればいい。
「おわかりいただけていることと思いますが、これは、侮辱しているわけでも、ましてや、馬鹿にしていたり、呆れていたりしているわけでもありません。先に告げましたとおり、ただの事実の確認です」
それ以上でも、それ以下でもない。
まあ、そんな態度に出られた以上、疑ってはいるけどね。
「それとも、身の潔白を証明できない理由でもおありですか?」
ただ、ポケットを裏返して、調べさせてくれるだけでいいんだけどな。
もちろん、できることなら、全身調べたいところだけど、まさか、変なところに隠し持つこともないだろうし。貴重な薬だろうから、管理はきちんとしたいはずだ。
今、ポケットを庇った風に見せかけたところまで含めて、こちらを欺こうとする演技だという可能性はあるけども。
一度疑いが晴れたら、再び疑われるというのは、なかなかないだろうからね。
もっとも、今回はこの会場内に犯人がいることはわかりきっているから、犯人が見つかるまで、たとえ、潔白が証明されようとも、帰宅することはできないけど。
まあ、今回はそんな理由でもなさそうだけど。
「ふん。調べたければ調べればいいだろう」
もっとごねるかと思ったけど、案外早く観念したね。なんの権利があって、とか。
そもそも、証拠になるようなものはさっさと処分していたとかってことかな。それなら、最初から反対する理由がわからないけど。
「では、失礼いたします――」
そうして近付いた私の手首が掴まれ。
「きゃあ!」
観客の誰かが悲鳴を上げた。
「アリア!」
シャーロックも叫んでいるね。
調べようとした私の手首を掴んで引き寄せ、そのまま首を絞めるような格好で人質に取られたんだから、仕方ない反応かもしれないけど。
まさか、ここまで短絡的な行動に出るとは思っていなかったから、油断だね。
ここは、国で一番の武人を決める武闘大会の会場で、集まったのは、誰もかれも、腕に自信のある強者ばかりだろう。実際、試合を観戦していても、そう思ったし。
その中で、子供の――誰であっても、人質にとっての逃走だとかを選択しようとするなんて、思えるはずがない。だって、うまくいくはずがないんだから。
だからこそ、反応が遅れたとも言えるけど。
「動くな。動けば、こいつの首をへし折る」
私の首を絞める力が強められる。
私の力は、自分を助けるとか、守るためには使うことができない。副産物的に、自分が助かるということなら、できなくもないけど、その場合でも気絶はすることだろう。
そして、力を振るう制約を解除するには、今の状況では足りていない。
べつに、私個人としてはどうでもいいんだけど、ここで殺されるようなことになると、父や母、イシス、それに、シャーロックとか殿下は心配するだろうね。いや、その場合は心配じゃなくて、悲しませてしまうかな。
そもそも、アリア・ユーインの人生を、ある意味では、乗っ取ってしまった身としては、簡単には諦められないんだけどね。そんな、敬意を払えない行動はとれない。
とはいえ、首は完全に極められて、足も地面についていないこの状況、どうしようかな。
手がないわけじゃないけど、うまくいくかどうかわからないからなあ。それに、うまくいったとしても、とても痛い。別の方法を考えよう。
一応、シャーロックには、私に構わずに魔法で応戦しろと、目線を送っている。まず、通じるかどうかわからないけど。
シャーロックの瞳が大きく見開かれたのち、咎めるようなものへと変わる。
どうやら、気づいてはもらえたけど、実行するつもりはないみたいだね。
だけど、このままだと、私の意識が落ちるのも時間の問題なんだよね。どうにかしないといけないんだけど、純粋な腕力では、アリアに勝ち目はないからね。
「おまえ、武術大会に出ておきながら、アリア――子供を人質に取るなんて、恥はないのか」
その質問は、いまさら無意味だと思うけど。
だって、恥なんてものを考えるような人なら、そもそも、一服盛って勝利を得ようなんて、考えないはずだからね。
大会に参加している以上、普通は、自分の実力だけで結果をえようとするもので、薬をもって勝ちました、なんて、どう考えても誇れるようなものじゃない。
そんなことで優勝して、たとえ、騎士団に任命されようと、すぐにぼろが出ると思うし。
さて。
「ぎゃっ」
力士は小指を鍛えるらしいけど、普通の人は思い切り小指を掴まれたりしたら、反抗できない。そして、この世界に、相撲という競技は――すくなくとも、このファルバニアには存在していない。
たとえ八歳の力でも、両手で思い切り握り込んでしまえば、こっちのほうがかけられる力は強い。
それを、関節とは真逆の方向へ押し倒してやれば、必然、私にかけられていた拘束も緩む。
腕を伸ばして目潰しでも、かかとを振りかぶっての急所への一撃でも、髪の毛を思い切り引っ張ってやるのでも、脱出方法はいくらでもあったけどね。
これは、武術大会ではないから、非紳士的な行為と咎められることもないし。それを言ったら、私はそもそも紳士じゃないし、子供を人質に取って首を絞める、あるいは、対戦相手に一服盛って勝利を得ようとするって行為自体、紳士的とはかけ離れているからね。
「武術大会の最中だというのに、怪我をさせてしまっていたら申し訳りません」
折れてはいないはずだけど。そこまで、力はかけてないし。あくまで、私が脱出するのに十分だろうと思う程度だ。
「ですが、人は武器として認められていませんから、先に規定を違反したのはそちらということで、仕方のないことだと諦めてください」
「そうじゃないだろ……」
シャーロックは呆れているみたいだけど、なんでもいいでしょ。
「とにかく、シャーロック、私を連れて、この場を離脱して」
人質になる可能性のある子供が近くからいなくなれば、大人たちが、少なくとも、母が拘束してくれるはずだからね。
「連れてって、自分で走ればいいだろ」
「走るだけなら、身体能力的に大人のほうが早いでしょ。あの人は魔法師じゃないんだから、空に飛びあがればそれで解決じゃない」
私はシャーロックに抱き着いて。
「ちょ、おまえ、なにしてんだ」
「早く、飛んで」
シャーロックはなにか言いたげだったけど、最終的には私を抱えて――いや、抱き締めてかな、飛び上がった。
「アリア!」
声をかけてきたのは母だよね。
「シャーロック、あっち」
「わかってるよ」
人質さえいなければ、あとは、どうとでもしてくれるだろう。
大会の以後の運営なんかは、係の人たちに任せておけばいいし、私にできることは、ほかにはなにもない。言ってしまえば、このまま中止、あるいは、延期でも、なにも困らない。
「アリア、大丈夫?」
母に抱きしめられて、私は大丈夫ですと頷いた。




