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プロローグ その6 伯爵令嬢リンネ・フロスト

 些細な違和感の積み重ねだった。

 勧められる商品や事業、紹介される人、回される情報や噂。あるいは、日常的にも、出される料理や掃除の質など。

 幼いころ、馬車の事故で両親を失って以降、メイドたちや騎士団の力を借りて、ここまでなんとか伯爵家を切り盛りしてきた。

 フロスト伯爵家は、たしかに首都からは離れた地方貴族ではあるけれど、だからといって、社交界にすこしも縁がないわけでもないし、事業を行っている都合上、首都との関りや、情報を全く得られないということもない。

 決して、大きいわけではないけれど、伯爵家を賜るのに恥ずかしくはない程度ではあると思っている。

 もちろん、問題もあった。

 私が幼く、なにもわかっていないと思ったらしく、メイドたち使用人の中にも、全員が全員というわけではないけれど、伯爵家の物を盗んでいって売り払うとか、自分のものとして勝手に使うとか、両親のことを信じていないわけではないし、尊敬していないわけでもないけれど、正直、質には疑問を覚えたりもした。

 完全にすべてを奪われる前には、首を言い渡したりして、対処はしてもいたけれど。

 それでも、両親の前では猫を何重にも被っていた、叔父がすでに私の後見人になっていたというのは、止めようもなかった。

 そもそも、私は叔父とはほとんど会ったこともなかったのだから。

 まあ、その叔父も。


「叔父様。お話があるのですが、よろしいですか?」


「どうしたんだね、リンネ」


 私は、後ろに着いていてくれるメイドたちに頷いて見せてから、書類――調査報告書を叔父に突きつけた。

 一応、まだ、少しは信じる気持ちも残っている。叔父も騙された被害者なのかもしれないから。


「こちらは、叔父様が使用されている書斎から見つかったものです」


「なっ。勝手に――」


 勝手に他人の部屋に入るなと言いたいのだろうが、そもそも、両親が天に召されてから、この屋敷を含め、フロスト伯爵家のすべてを受け継いだのは私だ。

 叔父も一応、血縁ではあるから、継承権はあったと思うが、私よりは高くないし、いろいろと手続きをしなければ、正当な継承権は譲渡されないはずだ。

 もちろん、私が死んだりして、継承が不可能になった場合は除くけれど。

 

「誤解があったようだね、リンネ」


 咳ばらいをした叔父は、人の良さそうな顔を浮かべ、私の肩を強く掴む。

 

「そうとも。私がリンネのことを考えていないわけがないだろう。リンネの幸せを考えているさ」


 それは、リンネ――を利用した叔父様――の幸せなのではなくて?

 

「そうですか。では、先日、叔父様が雇われた使用人が、両親の形見である指輪を盗んで――私に無断で持ち出そうとしたことがありましたが、それも叔父様とは全く関係がないということですね?」


 叔父の顔が引きつる。

 この程度で詰まるようなら、最初から企まなければいいのに。


「そ、そうとも。なんて悪いメイドなんだ。私のほうからもきつく言っておかなくてはな」


「叔父様。私は、叔父様が雇われた使用人、と言っただけで、メイドが盗もうとした、とは言っていませんよ」


 両親の死後、叔父様が、私に無断で雇い入れた使用人は、メイドだけではなく、執事もいる。

 そもそも、我が家は両親がいなくなり、人が減ってしまったのだから、むしろ、人は少なくて回るはずなのに。余計な給金による支出もなくなるし。

 もちろん、職にあぶれた人をそれだけの理由で解雇する、というようなことはしないけれど。

 私が寂しくならないように、などと理由をつけていたけれど、そもそも、私は寂しいなどと言った覚えはないし、むしろ、私のためを思うのであれば、静かに、そっとしておいてほしい。

 

「それと、そのメイドはもういません。その場で解雇しましたから」


「なっ」


 なにを驚く必要があるのだろう。

 仮にも、伯爵家の、いや、伯爵家でなくても同じだけれど、他人のものを盗もうとしたのだから、その場で騎士団なりに突き出さず、解雇で済ませただけでも温情だろう。

 もちろん、伯爵家で盗みを働こうとして解雇されたということは、即座に伝わるだろうし、その後まともな職にありつけなくなることは確実だろうけれど、そんなところまで私は面倒を見切れない。

 彼女自身の選択した結果なのだから、その後のことも、自分の責任で過ごしてほしい。

 

「私になんの説明もなく解雇したというのか!」


「だって、叔父様はお仕事で遠くへ行かれていたではありませんか」


 そもそも、この家に帰ってきたのも、その使用人を解雇してしばらく経ってからだ。

 その事実を今私が指摘するまで気にもかけていなかったという時点で、察するに余りあるけれど。

 まあ、事実、現状ではここは叔父様の屋敷ではないので、帰ってきた、という表現自体がおかしなものではあるのだけれども。


「それとも、叔父様がお戻りになるまでの間、ずっと盗人を雇い続けなければならなかったとでもおっしゃるおつもりですか?」


 それとも、知らなかったとしらを切るだろうか。

 それならそれで、人を見る目がなかったとして、伯爵家として失格だけれど。まあ、叔父様は縁戚というだけであり、直接的な継承権はないわけだから、我が家とは関係ないといえばそのとおりなのだけれど。

 ならば、人事などにも口を出さないでほしいものだ。

 

「そ、それは」


「私には叔父様がどこに憤られるのかわかりません」


 盗人にも慈悲をかける清い心の持ち主だと尊敬でもしてほしいのだろうか。

 しかし、盗人に慈悲をかけるのは、清い心なのではなく、危機感も、先見もなく、事態の重要性を理解できない間抜けだということを晒しているだけのように思えるけれど。

 まさか、馬鹿だと思ってほしいのだろうか。それならば、ある意味では成功しているとも言えるけれど。


「そういうことでしたから、叔父様の裁量で進めていらした婚約の話も全てお断りいたしましたので」


 叔父様はまたも絶句した様子だった。

 どうせ、その様子なら、斡旋というか、押し付けるようにして送られてくる見合いの話、あるいは、見合い相手と言ってしまってもいいのだけれど、彼らにもなんらかの賄賂を渡すとか、取引をしている可能性は高い。

 基本的には、女系より、男系が優先されるため、結婚して縁戚に入ってさえしまえば、家督を乗っ取って継ぐことも容易になるから。

 貴族の義務として結婚を断るつもりはないけれど、みすみす、騙されるのは勘弁したいところだし。

 まあ、貴族の義務での結婚ということであれば、そんな風に押し付けられている時点で『私』には義務を果たすことなど不可能なのだけれど、それを説明することはできない。叔父様のような相手に説明する気もないし。


「叔父様は、フロスト家を潰すおつもりですか?」


 乗っ取るつもりなのでは、と考えもしたけれど、ここまで単純で、露見しやすいことであるのなら、むしろ、そっちのほうが説明がつけやすい。

 それとも、私がただの十二歳であると思っているのであれば、仕方がないのかもしれないけれど。

 あいにくと、私は伯爵家としてそれなりに教育も受けてきているし、ただの十二歳の貴族のお嬢さんなどではない。


「――なにも気がつかなければ良かったものを」


 息を吐き出した叔父様の雰囲気が一変する。

 誤解だった場合を考えて、他の使用人は呼んでいない。疑わしい言動をしていたことには変わりないから、問い詰められること自体は仕方がないだろうけれど、一応、情はなくもなかったから。

 そして。


「え」


 私の首元に深々とナイフが突き立てられた。

 

「ああ、これは今裏で取引され始めた麻薬でね。幻覚を見たり、錯乱したりといった副作用が起こりうるものだ。私の薬に興味をもったおまえが勝手に服用し、狂った挙句、自殺したと、他の使用人にはそう伝えておこう。なに、伯爵家の今後は心配するな」


 馬鹿な。ここまで短慮だとは、さすがに予想外だった。

 こんな人に任せていたら、一瞬で破滅する未来しか見えない。

 しかし、私は声を上げることもできず、そのまま目の前が暗くなって、その場に倒れた。



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