七歳 問題しかない来訪
マーク殿下が来た翌日にはシャーロックもやってきた。
「べつに。ただ、ちょっと近くに来る用事があったからついでに寄っただけだ」
むすっとした顔で横を見ながら言っても、説得力はないけどね。
その辺はまだ、マーク王子のほうが可愛げがあるよ。
ていうか、マーク王子は父と一緒だったからまだいいけど、シャーロックは先触れをもらってないよ?
まあ、友達の家に来るとかってことなら、先触れなんていらないかもしれないけど、一応、それがマナーだからね。
本人曰く、べつの用事のついでに寄っただけ、らしいし、ロレーナも、母も歓迎したってことなら、私がそれ以上言えることはないんだけど。
「……なんで笑ってるんだよ」
「べつに」
他意はないよ?
「おまえ……はあ。それで、なんで断ったんだよ」
もうさあ、最初から隠す気ないよね?
普通、それだけ言われても会話は繋がらないからね?
「シャーロックは受けたほうがいいと思うんだ」
「それは……いや、相手も同じ公爵家のやつだったんだろ?」
爵位が同じってだけで結婚が成立するわけじゃないよ。
もちろん、年齢的なことだけでもない。
「シャーロックには、私が爵位につられて結婚だとか婚約だとかを決めるような人間に見えてるってこと?」
前に、お見舞いに来てくれたときに、マーク殿下と鉢合わせたことがあったよね。
「いや。全然、興味なさそうに見える」
実際、興味ないからね。
爵位そのものは、所詮、ただの記号でしかない。本人がなにを成してきたのかってことが重要なんだよ。
爵位だって、結局、その積み重ねだからね。
「まったく。皆心配しすぎなんだよね。私のことを、どれだけ考えなしだと思っているのかな」
少なくとも、そんなに簡単に婚約の話につられたりしないよ。
たとえ、銀の根と金の茎と白い珠の実をつけた枝を持ってこられても、竜の首にあるらしい五色の光の珠を持ってこられても、火山の決して燃え尽きない木の中に棲むというネズミの皮を持ってこられても。
「皆……もしかして、王子も来たのか?」
「うん。昨日ね。よくわかったね」
私の知り合いで、この家にいなくて、シャーロックとも顔見知りなんて相手は限られるか。
「……あいつからはなにか言われりしなかったのか?」
「それは、なにかは言われるでしょ。王子がなんの用事もなく遊びになんて来られないし」
来たら問題だよ。
「それとも、全部会話の内容を聞かせてほしい?」
「そんなことできるのか……? いや、聞かせてくれなくていい」
会話の再現くらいどうってことはないし、秘密にするべき内容ってことでもないんだけどな。
「とにかく、婚約だとかはしてないってことでいいんだよな?」
「うん。今のところはね。今後するつもりがあるってことじゃないよ?」
私がひと息ついて紅茶を一口含んだところで、ロレーナがやってきて。
「お嬢様。お客様がいらっしゃっていますが」
「今、来客中なんだけどな」
もともと予定があったんなら、空けておくべきだっただろうけど、今日は誰かと会う予定もなかったし。もちろん、シャーロックもそれは同じだけど。
「どなたがいらっしゃったの?」
「カイゼル・ベンジャミン様です」
まあ、聞いたときのロレーナの表情で察せられたけど。
本来、使用人が自身の感情を簡単に表に出すべきではないんだけど、私の前だからそれでいい。むしろ、わざとやったんだろうし。
「今ほどシャーロックがいてくれて助かったと思ったことはないよ」
そう伝えると、シャーロックは、そうか、と複雑そうな顔をした。
「今日は来客があるから、申し訳ないけれど、お会いできないと伝えてきてくれる?」
「承知いたしました」
さすがに私も、同時に二人は存在できないからね。
まあ、できたとしても、彼の相手をするかどうかは、また別の問題だけど。
「来客って、もしかして俺のことか?」
「ほかに誰のことだと思うの?」
事実でしょ。
「それとも、もう帰るつもりだった? 用事があるなら引き止めて利用したりはしないけど」
「一応、利用してるってつもりはあったんだな」
一応って。
「だから、用事があるならべつに帰っていいってば。それでもどうにかなるし」
「いや、面白そうだからここにいる」
他人のトラブルを肴にするなんて、趣味悪いんじゃない?
トラブルってほどでもないけどさ。
父は抗議の手紙をしたためるとは言っていたけど、さすがに、今日出すはずの手紙が今すでに届いているはずはないし。
だからって、手紙も先触れもなしに来る? とは、常識を疑うけど。
「おい、用事とはなんだ」
カイゼル・ベンジャミンはすぐに姿を見せた。
やっぱり、ロレーナには悪いことをしたな。あとで謝っておかなくちゃね。
「ごきげんよう、ベンジャミン様」
余計なことは口にせず、ただ、とりあえずの礼儀として、挨拶だけはしておく。
下手に、言葉尻を捕らえられても厄介だからね。
「私のメイドからはなにも聞いていないのですか?」
普通、女性のいる部屋に、無断で立ち入ってきたりしないよね?
シャーロックが来ているって前提があったからなのかはわからないけど、もし、着替え中とかだったらどうするつもりだったのかな。
むしろ、それなら訴えて勝てるから好都合……とは、ならないからね。
「将来的には妻になるのだから、大した問題ではないだろう」
あー、なるほど。
今のを、なんの疑問もなく言い切ってしまうあたり、本当に、自分中心にしか物事を見ていないんだね。
考え方が、ひと昔以上前とか、それ以前の問題だよ。
こういう相手には、なにを言ってもあんまり意味がないんだよね。都合よく解釈されたり、都合の悪いことは聞かなかったりするから。
「そのようなつもりはありませんし、そういう問題でもありません」
人として常識があるかって話だからね。
「本当に問題がないと思っていらっしゃるのでしたら、父を呼んでも問題はありませんよね? どうやら、そういったお話のようですし」
アリア・ユーインの父であるリシウス・ユーインが王城の騎士団長をしていることは、大抵は大人から子供まで誰でも知っている。
いや、私の父がって意味じゃなくて、リシウス・ユーイン騎士団長のことをって意味だけど。
「親の権力をかさに着るものではないぞ、はしたなく思われる」
べつに、権力の話はしてないんだけど。
普通、よく知らない相手の来訪を一人で受ける七歳の子供の心理っていったら、恐怖だからね?
本当に、父親同士はそこまで険悪な仲ということもなく、むしろ、友好的な様子だということだったから、まともな人間かと思っていたけど。
まあ、なんでもんかんでも、親の教育のせいにするのは良くない。カイゼル・ベンジャミンももう子供ではないんだから、自分で判断ができても良いはずだ。
それとも、一から十まで、いちいち全部説明してあげなくちゃいけないのかな。面倒だから嫌だな。
とはいえ、イシスの相手がある母には頼れないし。今はお昼寝中だと思うから、騒がしくしたくはないんだよね。
「では、ベンジャミン様がこちらまでいらしたのはどういった理由からでしょうか。たしか、ロレーナには私のほうから、来客中だから他の来客は断るようにと頼んでいたはずなのですが。まさか、ベンジャミン公爵家の人間だからと、我儘を通してここまでいらしたわけではないのですよね?」
公爵家令息として、爵位を振り回して、ロレーナに脅しをかけて、半ば強引に入り込んできた、というわけではないんだよね?
「ロレーナ。音声石はある?」
「はい。こちらに」
ロレーナがポケットを探り、石を取り出す。




