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プロローグ その5 メイド リア・レストレア

「リア、ここは私に任せて先に行きなさい。必ず姫様を御守りするのよ」


 ほかの皆ともすでに別れ、残ったのは、敬愛する姫様と、先輩と私の三人だけ。

 そして、その中の一人がまた、戦禍に飲み込まれようとしている。


「そんな、それなら私が」


「あなたの役目はなに? 姫様――シェフィーナ様の専属メイドでしょう、リア・レストレア!」


 後ろ髪を引かれているのは、シェフィーナ様も同じだ。

 私はシェフィーナ様の手を強く握り、先輩に背を向けて走り出した。



 孤児であった私を拾ってくれたのは、十年前、当時、まだ五歳だったシェフィーナ・エメライン王女殿下だった。

 隣国と行われていた戦争は、私たち、一般の家庭にまで被害が及び、相手側は知らないが、すくなくとここちら側は国土の約三割が焦土と化した。

 その中にたまたま私の暮らす家があり、父は私と母を逃がすために、母は運悪く飛んできた瓦礫の下敷きとなり、命を落とした。

 のちに知った話によると、どうやら、なんとか、戦争には勝利したらしいが、そんなことはどうでもいい。私にとっては、家族を失っただけのものだ。

 幼い私にできたことは、せいぜい、その日の飢えをしのぐために木の根を齧り、花の蜜を吸い……幸いとは言えないけれど、同じような人たちを見つけてしばらく一緒に暮らしていたので、水に困りはしなかった。

 とはいえ、焼け野原で育つ作物など、たかが知れている。一年持ちこたえたのは、私のほかには、数人しかおらず、私以外の最後の一人も、それより半年は生きていられなかった。

 魂の記憶の年数だけでいえば、大分生きている私だけれど、肉体年齢的には、所詮、七歳。

 親も、仲間もいない、そもそも、復興もままならず、いまだ焼け野原と化している場所で生き抜くには、なかなかに厳しい環境だ。下手に移動しようものなら、今は手に入れられている食べられる野草すら手に入らなくなる可能性は高く、下手に動くこともできない。

 ただでさえ、やれることが少ないというのに、子供にまともな働き口があるはずもない。

 そんな私に声をかけられたのが、町の視察に出てきていた、シェフィーナ・エメライン王女殿下だった。

 正直、最初は彼女の名前すら知らなかったのだけれど。


「あなた、どうしたの?」


 それが、子供にありがちな、無知による好奇心だったのか、それとも、べつのなにかだったのかはわからない。

 

「先の戦争で、両親と住む家を失いましたので」


 よくも面倒なことに巻き込んでくれたなと、とはいえ、この子に言っても仕方がないことだろうなと、半ば諦めの気持ちで淡々と告げた。


「……そう。それなら、私の側仕えをなさい」


「姫様!」


 傍に控えていた、護衛らしき騎士が驚愕の声を上げる。

 

「お父様とお母様には私から話をするわ」


 シェフィーナ王女は、それだけで護衛への説明を終え、私を連れて行くようにと命じられた。

 護衛の騎士の人たちには、あまり歓迎されていないことはわかっていた。ただし、彼らも姫様の決定の直接口を出すつもりはないようで、私はぶっきらぼうに馬車まで連れて行かれ、そのまま国王陛下と王妃殿下に謁見させられた。

 もっとも、私はほとんど口を開くことなく、シェフィーナ王女が説明をされたのだけれど。

 身元も不確かな、身なりの汚い私を迎える同僚、というか、先輩のメイドの視線は冷たいものだった。

 王家に使える人たちだけあり、どこそこの貴族家の人とかも混ざっているようで、平民どころか、孤児である私に向けられるのは、歓迎はもちろん、嫉妬ですらなく、侮蔑と排斥だった。

 しかし、一応は、王女殿下御自ら連れてきたということで、とりあえずは、様子見をしようとはしてくれた相手もいた。

 孤児は孤児でも、戦災孤児。もともとの家名や名前がないわけでもない。

 まあ、貴族家などではなく、学院に行ける年齢でもなかった平民なので、貴族家の、拍をつけるために城に従事しているメイドや騎士、それから、魔法師の人たちからは良く思われていなかったけれど。

 だからこそ、私は人一倍、いや、三倍は努力した。



 

「ねえ、リアってもともと貴族とかの出だったりする?」


 掃除や料理、洗濯など、たしかに、王家として、格はかなり高かったけれど、決して、人間にできないことをやっているわけではない。実際、同じように働いているメイドは数十人はいたわけで。

 中には、戦闘など、本当にメイドの仕事か? と思えるような訓練もあった。姫様を守るという意味では、必要なのかもしれないけれど。それは、メイドではなく、騎士とかの仕事だろうに。

 数年もこなしているうちに、私は、シェフィーナ王女の筆頭側仕えにまで昇進していた。

 

「私を拾ってくださったのは、シェフィーナ様ですが?」


 拾われた当初こそ、シェフィーナ様御自らの命とはいえ、反感も多く、それこそ、嫌がらせなんかも頻繁にあった。

 同僚のメイドたちからだけでなく、騎士や魔法師からも。

 しかし、所詮は城に仕えている、言ってしまえば、温室育ちの家系の人間のすることだ。大した障害ではなかった。そもそも、そんな幼稚なことをするような人たちは、すぐに露見して、解雇されていたし。

 そうして、先輩たちの数も減ってくると、今度は後輩のほうが多くなるわけで、どうやら、その後輩たちには、私が孤児の出であるということは信じられないらしかった。

 王城にメイドとして仕えるのは、格式高い家の子か、あるいは、学院で使用人について専門に学んできた子ばかり。孤児であり、もともとは学院に通ってもいない私が、たかだか、数年程度の修練でここまでできるようになるというのは、ある意味、学院の存在意義が問われるところだろうし、気になるのはわかる。 

 とはいえ、本当のところを言っても、信じてはもらえないだろう。それを参考に、などということも、まあ、不可能だろうし。もちろん、この世界に生まれてからのレベルで、という意味でなら、不可能でもないのかもしれないけれど。


「主のことを思い、必死にやってきた結果です」


 だから私はそう答えるようにしていた。

 実際、城での生活は穏やかで、大変なことは言うまでもないけれど、少なくとも、風雨を凌ぎ、三食不足なく、給金までもらえるという、素晴らしい環境だった。

 もっとも、給金など、もらっても使い道はなかったのだけれど。どうせ死んだら使えなくなるのだし。

 城勤めの、城暮らし。必要な買い物などは、すべて城の公費から出される。 

 自分のものなどなにも必要はなかったし、城から支給される物だけで十分過ぎるほどに足りていた。

 だから、今の私などより、もっとずっと豊かな暮らしをしているはずの貴族が反乱を起こすなど、とても信じられないことだった。

 彼らの題目は決まっている。

 やれ、王族は税ばかり高くして、自分たちは豪奢な生活をしているだの、民衆を顧みないだの、ようするに、一方向的な羨望だ。

 実際、私も戦争で多くのものを失ったし、運が良かっただけとも言える。

 それでも、彼らの実情をなにも知らずに、即座に武力蜂起など、正気ではない。なんのために、言語を使えるというのだろうか。

 話し合い、理解を求めなければ、結局同じことの繰り返しになるだけで、意味などないというのに。

 それとも、誰かに扇動された?

 わからない。しかし、今、私にできることは決まっている。


「そこをどきな」


 武装蜂起した複数の男たちが、姫様を捕まえるためだろう、私の前に姿を見せる。

 

「そう言われてどくはずがないでしょう」


 捕まった姫様がどうなるのかなど、想像するも容易い。

 

「あんたのことも調べはついてるぜ、リア・レストレア。あんたはどっちかっつうと、俺たち側だと思ってたんだけどな」


 そんなことを言う男たちを、鼻で笑い飛ばし。


「気に入らないからと、すぐに暴力に訴えるあなた方と一緒にしないでください。これでも、私はしっかり、学院も卒業させていただきましたので」


 もちろん、メイド業を行う傍らであり、姫様にお金を出してもらって、などということはなく、自分の給料からだ。

 一国の姫に仕えようというのだから、それなりのものは身につけていなければならない。知性も、体力も、それから、姫様は気にされないかもしれないけれど、弱みになってもいけないし。

 この国の学院は、誰でも通えるようになっていた。金銭はかかるが、奨学生なども整えられていたし。

 そして、学院に通えば、職も開ける。誰にでも、努力に応じて、道はできていたはずだ。


「あなた方は、自分のわがままを強引に通そうとして、周囲への影響を全く考えられない、ただの愚か者です」


 こうして会話を引っ張っているうちは、姫様に追手がかけられることもない。

 主のために、全身全霊を賭す。それが、メイドというものだ。


「私たちの大切な方に手をかけようというのだ。相応の覚悟はできているのだろうな」


 姫様はどこまで行かれただろうか。多勢に無勢とはいえ、できる限りの時間は稼いでみせる。

 そんなことを頭の片隅に思い浮かべつつ、私は太腿にベルトで止めてあるナイフを二本引き抜いて構えた。

 

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