六歳 お茶会と考え過ぎ
思惑はあるんだろうけど、ようするに、マーク王子に対人関係に慣れさせようということなんだろうね。
このままだと、いずれこの国を背負う人物として、片腕となる優秀な人材を――なんてことまで考えているんだろうか?
マーク王子は御年九歳のはずだし、いずれ、学院にも通うのだろうから、純粋に気のおけない相手を、と考えているのかもしれないけど……なかなか、難しいだろうね。
王族の主催するお茶会で、どうやら主役は婚約者もいない第一王子。見定めるつもりなのだ、と考えられてもおかしくはない。婚約者か、あるいは、側近、従者を。
それにしても、抽選だって……?
いや、多分、二回目以降に関してってことなんだろうな。そうやって記しておかないと、親同士、あるいは、子供同士の間であっても、不毛な争いが起きかねない。
ただでさえ、貴族なんていう、身分制度が存在しているのに。もちろん、本来は貴族とか、身分制度というのは、悪い意味じゃないはずなんだけどな。というより、悪い意味であっていいものではない、というところか。
ようするに、弱きを助け、というやつだ。
上から目線の傲慢な言い様、なんて、わかったように言われるかもしれないけど、偽善だろうが、見栄だろうが、なんであっても、今日のお腹を満たすパンと水のほうが重要だからね。
優雅ということは、余裕があるということ。それを、私腹を肥やしたり、他人に対して奢り、鼻にかけるためじゃなく、国や人の発展のための力に変えられるのなら。結果的にそのほうが自分たちの暮らしもより良くなるというのに、なかなか長期的な視点を持つのは難しいみたいだからね。どんなに頑張っても、人の寿命は、普通、せいぜい百年足らずだから。それに誰しもがそんな自己犠牲とまで言わないけど、献身さばかりを持ち合わせているわけでもない。
私も孤児だったときには苦労したから。というより、私の場合、本当に明日は我が身、という可能性もあるんだから。
孤児院を開いたり、悪徳な金持ちの家から金品を拝借して配ったり、自分の従者に育てたりってこともした。
それに、ある国では、そういった施しととれる行為は美徳とされていたりもしたし。
この国の王家が、そこまで考慮しているのかどうかはわからないけど。
「アリアちゃんはどうしたいかしら?」
母と弟の状態は心配とはいえ、王家からの招待である。
断ったら断ったで、角が立つどころではない。父は騎士団長だから、目立ってなにかされるとかってことにはならないだろうけど、それを鼻にかけて、なんて思われるのも良くないだろうね。
心配のし過ぎ……ということではないということは、よくわかっている。この国でどうなのかはまだわからないけど、貴族同士で足の引っ張り合いなんて、茶飯事だったし。
「……もちろん、参加したいのですが」
実際、そういったしがらみを考えないのであれば、参加したいということは変わりない。
王子とか、王妃だとか、そういった、貴族的なコネとか、関係を作ることが目的なんじゃなくて、単純に同世代(見かけ上は、だけど)の子供たちと触れ合えるのは嬉しいし。もちろん、同世代でなくても同じことだ。
「そうすると、お母様もご一緒にということになりますよね。おそらくは、親同士での交流もあるでしょうから。その間中、イシスをずっと抱いているというのは、大変ではありませんか?」
具体的な時間が書かれているわけじゃないけど、一時間とか、二時間とかで終わるってわけでもなさそうだし。そもそも、一時間や二時間であっても、赤子をずっと抱いているというのは大変なはずだ。
そもそも、私一人で王城まで向かうなんてこともできないだろうし。それとも、どうせその日も仕事だろう、父について行けばなんとかなる? いや、さすがに時間が早すぎるか。
母は微笑んで、私の頭を撫で。
「アリアちゃんは優しいのね。でも、私の心配はいらないのよ。前から、友達がほしいと言っていたじゃない」
友人がほしい、とは言っていない。
子供たちの様子が見たい、とは言ったけど。
むしろ、親しすぎるとか、近すぎる相手っていうのは、積極的に作りたいわけじゃないんだよね。ほどほどが良いというか。
いくら何度も繰り返していて、人生なんて出会いと別れの繰り返しとはいえ、やはり、親しい相手との別れは辛いものだ。
私の場合、大往生で誰とも円満な別れができるって可能性は、今までのことを振り返れば、かなり低いからね。
それに、そういった別れの記憶も、私はずっと引き継いでいるわけだから。
もちろん、父や母がずっと私の意思を尊重しようとしていてくれたことは知っている。まあ、父は、私が男の子と仲良くなることに眉を寄せていたみたいだけど。まったく、なにを心配しているのやらって感じだけど。
ここで、友人ではなく、保護者的な視線で関わりたいんです、なんて言ったところで、なにを言っているのかと思われるだけだろう。
「そうね。それじゃあ、将来のイシスの関係性のために、今から仲良しを作っておくというのではどうかしら」
イシスは、なにも問題が起こらなければ、将来的にはこのユーイン公爵家を継ぐことになるだろう。
そのとき、傘下ということではなくとも、信頼できる相手がいるというのは、それも、友人のような感覚で付き合える相手というのは、とても貴重なはずだ。
もちろん、学院で育んだりする友情もあるだろうけど。お茶会も、これだけで終わることでもないと書かれているし。
なんて、打算的な考えだけでもなくて、現実問題、私が子供たちと触れ合える機会というのは、そうそう作れるものでもない。
「わかりました。ありがとうございます、お母様」
「……本当にアリアちゃんが参加したくないというのであれば、お断りしてもいいのよ?」
風邪とか、体調を崩したとか、実際、私の見舞いに来てくれたこともある王子相手にその断り文句は有効だろう。
とはいえ、私はべつに断る口実を探しているわけじゃないし、両親に心配をかけたいわけでもない。
「いえ。本当に参加したいとは思っています」
イシスのためということだけでもなくて。もちろん、ユーイン家のためということだけでもない。
「お友達ができると良いわね」
「そうですね」
部屋に戻ってから聞いてみた。
「ロレーナは私の友達、ってことではないんだよね?」
「そうですね。お嬢様の側仕えとして雇っていただいていますので」
身分制度を否定したいわけじゃないけど、なかなか難しいものだね。
「マニエール男爵家にも同じように招待が届いていたら、会場では友人として付き合えていた?」
「それは……今はこうしてお嬢様の本心を聞かせていただいていますから、そのように付き合えたかとも思いますが、初対面であれば、難しかったのではないかと」
まあ、ロレーナの性格じゃあ、難しそうだよね。
マーク王子に友人を作りたいと王妃殿下が思っているなら、それは多分、ほかの子供たち同士も同様に親しくなることを願ってはいるのだろう。
そんなところで、従者のようにロレーナを連れて行ったりしたら、普通はより遠巻きにされるか、お高くとまりやがって、みたいに思われるのがおちだろうから。
「ロレーナも参加したいと思う?」
「光栄なこととは思いますが……もちろん、興味はありますよ」
私が言うのも変だろうけど、女の子なんてみんな、王子とのお茶会なんて気合を入れるものなんじゃないかと思っていたけど。
まあ、参加することは決まっているわけだし、あとは、当日を待つしかないか。




