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プロローグ その4 料理人アルシア・コットン

 こんなことはありえない。

 並べられた皿を見て、私は愕然とした。

 

「これは、いったい、どういうことだね? アルシア・コットン、ならびに、マイン・スー」


 品評会での審査役を務める料理人の視線が私と、隣の男とを往復する。

 それを聞きたいのは、私のほうなのだけれど。



 この国、クシーヌは有史以来、食に誇りと自信と愛情を持つ国として、周辺諸国の間でも有名だった。

 ほかに目立った特色はないけれど、こと食に関しては、周辺諸国の一歩、二歩どころではなく、二世代、あるいは三世代は先を進んでいるとも言われている。

 国民は皆、食事をするのも作るのも大好きで、料理の幅も、ライスからパン、パスタ、ピザ、さまざまな店が、それぞれのこだわりを持って、互いに切磋琢磨するように、競って出店する。

 私も、小さいころから両親と一緒にレストランから、出店から、あらゆる料理と技術を学んできた。もちろん、十数年程度の修行で、全てを理解できるなどという、簡単な世界ではないので、一生涯、勉強と研鑽の連続だなと思ってはいた。

 しかし、勉強をするのにもお金は必要であり、そのために、手っ取り早く、とはいえ、どうお金を稼ぐにしても、料理に関係することで稼ぎたいと、ある種、本末転倒である想いを抱きながら、それでも、一年間、この品評会で優秀な成績を修めることを目標にやってきた。実家の手伝いをこなしながら。

 もちろん、料理の話だ。

 若干の違いはあれども、ミートソーススパゲッティがどこへ行ってもミートソーススパゲッティであること、オムライスがオムライスであり、ハンバーグがハンバーグであることに、大きな差異はないだろう。

 ミートソースといえば、大抵は、パスタの上に、トマトと肉を絡めて炒めたソースの乗せられた皿が提供される。

 それは、世界各地で提供されているもので、それをメニューに載せたからといって、著作権の侵害だなどと声を大きくする人はいないだろう。そもそも、最初の考案者がすでにこの世にはいないとか、著作権として登録されてもいないなどという話は、ひとまずおいておく。

 しかし、今回の品評会において私が提出したものは、あらゆる文献や、過去の品評会やコンテストなどの結果、それから、自分の足で見て回って得た知見をもとに、一から考え出したものだ。

 当然、まだ、うちの実家の食堂でもメニューには載せていない。

 知っているのは、せいぜい、味見に付き合ってくれた両親と、数人のスタッフくらいのものだろう。まあ、著作権の登録などもしていないのだけれど。そもそも、基本的に料理に著作権は登録しないし。自分のレシピが他人にも採用されるというのは、基本的には名誉なことだ。そこまでの影響を他人に与えたのだとして。

 ただし、それも通常時であれば、という話であり、こんな品評会のまさにその場でということではない。

 両親はもちろん、私が小さいころからずっと働いてくれている、一番若くても、私より十歳以上は年上である彼らが、他人のレシピを盗む、ましてや、品評会があるとわかっていて、直前に他人に話すなどという、この国の法では死刑に匹敵する大罪を犯すはずがない。

 レシピを盗むといっても、実際に自分でその店を訪れ、食べたものを再現するということであれば、罪に問われることはない。むしろ、食べただけで再現できるというその腕を称賛されたりもするだろう。

 しかし、まだ正規に店で提供していないレシピを盗用されたとなれば、話は違う。

 いったい、どこから漏れたのだろうか。

 私は、というより、普通、レシピの考案者がそのレシピを外で簡単に話すはずもないし、メモだって持ち歩かない。試作のための買い物のときにだって、頭の中にあったレシピの材料を買いに行くのであって、形として残るものはないはずだ。もちろん、レシートだって持ち帰っている。

 私はこのマイン・スーという男と話したこともない。だが、名前くらいは知っている。というより、この国に住む人であれば、誰でも知っているだろう。王宮のお抱え料理人だ。

 もちろん、品評会に出場するのに、どこそこの所属だから出場できない、などという決まりはない。

 一流レストランだろうが、田舎の個人店だろうが、あるいは、学生だろうとも。

 それは、王宮の専属、つまりは、この国一番の腕の人物だからといって変わりはなく、出場資格がないわけではない。むしろ、この品評会での結果次第によっては、王宮にも採用されるということでもある。

 他人のレシピを盗むような人物だ。性格や根性などは決して良いとは言えない、どころか、捻くれていることは間違いないだろう。

 ただし、腕は良いようだ。

 性格の良し悪しと、料理の腕には、関係性はないから。

 まあ、他人のレシピを盗用している時点で、創造性という部分に疑問は残りはするのだけれど、他人の考えたレシピをここまで忠実に再現するというのは、たしかな腕がなければ成り立たない。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 どんなに腕が良かろうと、私のレシピを盗用されて、怒りが沸かないはずがない。

 私も、この国に暮らす一料理人として、王宮所属の料理人には、それなり以上の尊敬と憧憬を抱いていたのに。

 

「言いがかりです。むしろ、レシピを盗まれたのは私のほうです」


 私はそう訴えた。

 もちろん、証拠はない。そもそも、こんなことになっていると私が知ったのは、今、この瞬間なのだから。

 私にできるのは、誠心誠意、主張することだけだった。


「私にだって、料理人としてのプライドはあります。他人のレシピを盗むなどという、恥知らずな真似は致しません」


 それも、こんな舞台で。もっとも、舞台は関係なく、この国ではレシピを盗んだ時点で、投獄、あるいは、死刑は確定しているのだが。

 この品評会では、優勝すれば賞金が出るとか、そういったものではない。

 だからこそ、出場する料理人は、プライドと、腕と、年月をかけ、全力で挑む。

 このクシーヌの品評会は、毎年一度、この時期に開催されている。出場できる年齢には、上も下も、制限はなく、性別も、男でも女でも関係ない。

 だから、死刑や投獄などといったことは関係なく、純粋に腕試しと、それから挑戦心、もちろん、お金を稼がなければ生きていけない以上、売名行為ではまったくないとは言い切れないのだけれど。

 だからこそ、こんなに堂々と盗用する男の、いや、盗用するような人間がこの国にいたなど、信じられないことだった。

 

「やれやれ。あなたもひどいお嬢さんだな」

 

 もちろん、誠心誠意などというものが、裁きの場で通用するかといえば、公ではなく、私的な場ではそうだろうが、こんな大舞台では考慮されない。

 普段から一緒に過ごしている相手でもないわけで、私たちの為人を知っているわけでもないのだから。 

 仮に知っていたとして、裁判に私情を挟むなどありえないことだが、証拠などないこの場において、どちらを信じられるのかということは、重要な意味を持つ。

 というより、それしか意味がないとも言えるだろう。

 なにせ、具体的な証拠はない。

 だから、今までの社会的な信用などがものをいうわけだけれど。

 まさか、天下の品評会審査員が、賄賂などを受けるはずもないだろう。

 もちろん、たまたま、ということもありえないとは言えない。

 ただし、無数にある食材、調理法、制限なく振るわれるそれらにおいて、偶然この品評会で重なるという可能性は、いったい、どれほどのものだろう。

 そしてなにより、この男が私に向ける表情が明らかに語っていた。もちろん、そんなこと、なんの証拠にもならないとはわかっているけれど。

 結局、私の主張は通らず、投獄され、出ることなく、その生涯を終えた。


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