四歳 家に突っ込んできました
空から落ちてきたヒロイン(もしくは、ヒーロー)とぶつかるとかって漫画やらアニメが、過去にいた世界ではあったけれど、現実として起きることはなかった。
そもそも、そういった場合の理由というのが、異世界からやってきたりなど、現実には起こりえない、フィクションだったからね。飛行機の墜落とか……まあ、ほとんどありえないだろう。
ただし、この世界では違う。なにせ、魔法があり、飛行魔法だってある。つまり、実際に空から人が降ってくるということ自体が起こり得るのだ。
魔法の練習のため、倒れてしまった私は、過保護ともいえる扱いを受け、しばらく外出ができなくなってしまった。
そのことに不満はない。家の中でぬくぬくと過ごしていられるし。
ただ、今日は天気が良く、風も穏やかで、日向ぼっこをしながら微睡むのもありかなと思っていたところで。
「うわああああああ!」
けたたましい叫び声により、その静寂が破られた。
いや、そのスピードで突っ込んできながら寝転がっている相手にどけっていうのは無理があるんじゃ。
私は衝突を覚悟したけど、その声の主は直前で急角度に方向を変え、ユーイン家の庭に不時着した。どこぞの推理小説よろしく、頭だけ突き刺さって、みたいな状態ではないけれど、多分、かなり擦り剝いているんじゃないかな。
さすがに、無視して日向ぼっこと昼寝を続けられたりはせず、地面に突っ伏したままの(おそらく)少年に近づき。
「大丈夫?」
もう、なんか、いろんな意味で。
なんで空からとか、あの暴走はなにとか、どうしてうちにとか、聞きたいことはありすぎるけど、まずは負傷しているかどうかの確認だろう。
「……俺は泣いてないぞ」
「私はなにも言っていませんよ」
起き上がった少年の第一声がそれだった。
土で汚れてくすんでいるけれど、黒っぽい髪に、あえて指摘しないでおくけれど、一粒涙の浮かんだ金の瞳。
あーあー、服も破けてるじゃない。
「邪魔したな」
「ちょっと待ちなさい」
さすがに、このまま放っておくなんてできないよね。
「脱いで」
「は?」
私が手を差し出すと男の子はかなり訝しげな表情を浮かべた。
かなり心外な反応だけれど、私も言葉が足りなかった。
「縫ってあげるから、貸しなさい」
「あなた名前は?」
代わりに父のローブを被せた男の子から借りた上着に針と糸を通す。さすがに、上半身裸の男の子がいたら、不意に父や母が帰ってきたとき、仰天させてしまう。庭の様子は外からも見えるし。
事故だろうとはいえ、不法侵入で騎士団とか組合とかに通達しなかっただけ、温情だよね。
「なんで教えなくちゃならないんだ」
「そう。それならそれでかまわないけど。父が騎士団所属だから、非常事態だといって、来てもらおうかしら」
たしかに、破れた服まで縫っているのは、私のお節介だけれど、私の癒しのひとときを邪魔したのはそっちなんだからね?
しかも、びりびりに破れた服を身に纏い、本来、正面からじゃないと入ることのできない、公爵家の庭に空から突っ込んできた。いくら子供でも、かなり大変なことになると思うけど。
「それとも、なんで教えなくちゃならないんだ、というのがあなたの名前だったの? それなら悪いことをしたから謝るけれど」
まあ、長すぎるし、二度と呼ばないけどね。不法侵入者のほうが短くていい。
「……シャールだ。シャーロック・コード」
「コード伯爵家の?」
貴族家の娘として、一応、貴族界隈の情報も頭に入れている。
たしか、コード伯爵家には、二人、男児が生まれていたはずだけれど……この子は私に身長が近いし、次男のほうだろうか。
「……そうだよ」
シャーロック・コード伯爵家令息は、不機嫌そうな顔を隠そうともせず。
貴族なら、感情は隠す、あるいは、最低でも取り繕うように習わないのかな。
「私はアリア・ユーイン。それで、私のせっかくのお昼寝タイムを邪魔したからには、それなりの理由があるんでしょうね」
悪戯だったら許さないからね? と、すこしだけ、脅すように見つめれば。
「……おまえには関係ないだろ。邪魔して悪かったな」
なんて、ぶっきらぼうに言うので。
「そんなことを言うのはこの口かしら」
頬っぺたを左右に引っ張った。あまり伸びなかった。残念。
「なにすんだ、おまえ」
「関係大ありだから言っているんでしょう。あなたがここに突っ込んできた理由如何によっては、今後も私の大切なお昼寝時間が邪魔されるということになるんだから」
頬っぺたを引っ張られるくらいで済んで……いや、引っ張った側の私が言えることじゃないか。
「昼寝くらい――なんでもない」
すぐ引っ込めるくらいなら、最初から黙っていればいいのに。
「……飛行魔法の練習をしてたんだよ」
やや間を開けてから、呟くようにそう言ったシャーロックは、難しい顔をして空を見上げていた。
「へー。そうなの」
それで、制御に失敗して、この辺まで飛んできて、ここに落ちてきてしまったと。
なんだ、そんなことか。
「魔物に襲われて必死に逃げて来たとか、重大な理由があるんじゃないかと思ったよ」
「いや、魔物に襲われたなら、こんな民家に来ないで、学院とか、魔塔とか、ギルドとかのほうに逃げるだろ」
被害が広がるだけだし。
「それもそうね」
まあ、今日の話なら、父は仕事でいないけれど、母が家にいるから、この場所でもそこまで大変なことにはならないんじゃないかと思うけど。
「……おまえはなにも言わないのか」
「なにか言ってほしいの? たとえば、その歳になって飛行魔法一つまともに使えないとか、誰かに言われたりした?」
飛行魔法一つというけど、飛行魔法は結構難しいんだよね。
重力とか、加速とか、慣性とか、いろいろ制御できないと使えないし、安定しない。
「私だって、まともに魔法は使えないもの」
私が、一応、広義では、魔法師と呼ばれる分類に属することは、同じ魔法師であるこの子――シャーロックにはわかるはず。
「おまえも?」
「私の名前は、おまえ、じゃないわよ」
ここの貴族の子たちはいつから、相手をおまえ呼ばわりするようになったのかな?
「アリアも魔法が不得手なのか?」
「まあ、そうね」
そういうことにしておいたほうが、説明は早いから、そうしておこう。
「それから、私はまだ、あなたとそこまで親しいつもりはないんだけど」
そう言ったら、鼻で笑われた。
つまみだしてやろうかな。
「じゃあ、こうやって呼べばいいか? ユーイン公爵家御令嬢アリア様」
「……アリアでいいわよ」
ただし、周りに他に人がいないときだけにして、と念を押してはおく。やはり、下手に誤解されるから。まあ、マーク王子と誤解されるよりはましだけれど。
いや、やっぱり、五十歩百歩かな。
「俺のこともシャーロック、シャールでいいぞ」
「よろしくね、シャーロック」
シャーロックはわかっていたように、ああ、と頷いた。
「アリアは魔法の練習をしようとは思わないのか?」
「……していないということはないわよ」
つい最近、始めたばかり、正確には、始めようとしたばかりだけれど。
「なら、一緒に練習しないか? 一人でやるより、二人でやるほうが、気づいたりすることも増えるかもしれないし」
「一緒に? まさか、うちでやるなんて言わないわよね?」
あんな暴走をしていたら、母が整えている花壇が悲惨なことになる未来しか見えない。
「じゃあ、どこか……あそこの木の下のところにしよう」
シャーロックが、ユーイン家から見える一番大きな木を指差す。
断るのも変に思われるし、まあ、そのくらいの距離なら。
「ところで――いえ、やっぱりまた今度でいいわ」
「そうか。じゃあ、明日の昼に」
父と母を説得しないといけないか。




