四歳 お説教ではありませんから
「こ、これは、賊に襲われたときに素早く身を隠すための訓練だ」
つっかえながらも、反応は早かったってことは、最初からそう言い訳をしようと考えていた、あるいは、自分に言い訳をしていたってことだよね。
でも、本当は迷惑をかけているということもわかっている。
かまってほしい年頃ってことかな。
「では、殿下は賊に襲われた際には、すぐにお隠れになるということですね?」
「なっ」
マーク第一王子は顔を真っ赤にして。
「おまえ、私が敵に背を向けて逃げ出す臆病者だとでも言いたいのか?」
そこまでは言ってない。
そもそも、なにを大切に思うのかは人それぞれだろうし、どんな道に進むのもその人個人の選択だ。
「殿下がおっしゃったのではありませんか。それに、御身の安全こそ、仕える者の守るべきことですから、間違った選択とは言えないのでは?」
上に立つ者の責任がどうこうとか、そもそも、顔を合わせたばかりの殿下に対して説教じみたことを言えば、私だけでなく、ユーイン家もろとも、不敬罪として投獄、もしくは、処刑すら考えられる。そこまで過激でなくとも処罰か処分か、なんらかの罰は免れないだろう。
今は、連れ去られた側という大義名分が、一応、通用しないこともないだろうから、こんなことも言えるわけだけど、本来なら、思想を誘導したとして、反逆罪にとられても仕方ないことだし。
「そ、そうだよ――」
「ただ、このまま殿下が見つかることなく隠れおおせられたとすると、私も少し困ったことになりますが」
それも、私が。
「おまえが?」
「殿下。どのように教育を受けていらっしゃるのかは存じませんが、親しくもない女性を、おまえ、などと呼ぶものではありませんよ」
べつに、女性に限った話ではないけれど。
「す、すまない。だが、私はきみの名前を知らないから」
焦ったようなマーク王子に微笑み、私は足を引き、スカートの裾を摘まんで。
「ユーイン公爵家長女、アリアと申します」
「ユーイン……? もしや、騎士団長の?」
マーク王子の顔が廊下のほうへと向けられる。
そうだよ。多分、今、あなたを探している捜索隊の一員、もしかしたら、責任者かもしれないね。
「ええ。ですが、お気になさらず。護衛対象者を見失うようでは、護衛とは言えませんから」
もし、最初に出会ったのが私じゃなくて、他国の暗殺者とか、自国でもテロリストとか、反逆者とかだったら、いまごろ、命はないからね。
「……私をアリアの父君のところへ連れて行ったりはしないのか?」
「初対面の女性に対して、そう気安く接するものではありません。私に対してでしたら、あなたとか、きみとか、アリア嬢など、周囲に余計な腹を探られぬよう、振舞ってください」
父が騎士団長、つまり、国王陛下の腹心の一人であったとしても。
より正確に言うのであれば、私を面倒事に巻き込まないでほしい。もし、そんな些細なことから、子息息女同士も親しくしているなどと噂でもされたらどうしてくれる。
王太子の許嫁候補、なんて、どう考えても厄介ごとに巻き込まれる気配しかないよ。
それで、なんで連れて行かないのか、だったっけ?
「なぜ、私がそのようなことを?」
わざわざ出て行かずとも、そのうちまた探しにくるでしょ。
そんな面倒なことより、本でも読んでいたほうが余程有意義だ。
「私のほうから連れて行って、もし、私が連れ去ったなんて言われたらどうしてくださるのですか?」
そもそも、マーク王子のほうが力は強いんだから、私が強引に連れて行くことなんてできないし。
私は結婚だとかには全く興味はないから、社交界での噂やらなにやらはどうでもいいんだけど、私はどうでも良くても、王子の醜聞にはなるかもしれないでしょう。
いや、多分、父や母は心配するから、できれば、それも止めてほしいかな。
「それは、私からきちんと説明して、アリア、嬢の迷惑にはならぬよう気を付ける」
「それで済むはずがないでしょう」
騎士団にだって、面子はあるんだから。
自分たちが護衛対象を見失ったというより、誰かに連れ去られたから必死に捜索し、救出したって言ったほうが、聞こえはいいからね。
私が子供だっていうのは、免罪符にはならない。子供を暗殺役に仕立てて送り出すようなところもあるし。
まあ、そもそも、見失っている時点でダメダメだけれど。
「では、どうしろと言うんだ」
そんなの自分で考えろ――というのは、思い浮かべるだけにして。
「殿下はどうなされたいのですか? 道は二つしかないと思いますが」
捜索隊の前に出ていって、素直に頭を下げる。
このまましれっと城まで戻って、なにもなかったかのように振舞う。
どちらにしても、その後の対応を誤れば、騎士団全員、処罰は受けるだろうね。それがどのようなものになるのかは、殿下の対応次第だろうけれど。
「そもそも、なぜ殿下は護衛から離れるような真似を?」
まさか、ここにいたって、さっきの誤魔化しを繰り返したりはしないよね?
内容次第では、弁護してもいい。
「……たまには、煩わされず、のびのびしたいと思ってな」
わかる、ってつい言いそうになったよ。
王宮だと、常に人の目を気にするからね。臣下からの、見定める視線とか。とくに、殿下が今何歳なのか、たしか、七歳だったと思うけど、責任感とかはあっても遊びたい年頃だもんね。
とまあ、個人的には賛同したいところだけれど、第一王子の発言という部分だけを切り取ると、簡単に頷くことはできないよね。
まあ、でも、私がなにか言うまでもなく、多分、この王子様は本音のところではきちんとわかっているみたいだから。
「殿下はよく頑張っていらっしゃいますね。ご立派ですよ」
「えっ」
そんな風にあやすように頭を撫でてしまった。
とくに、王子ともなると、できて当たり前だと周囲から期待されていると思い込みがちで、実際、それも完全に間違っているわけでもないからね。上がしっかりしていないと、臣下もどこまで信じてついて行けばいいのか、判断ができないから。それを正すのが、あるいは、導くのが務めとも言うけれど。
それに、この年頃だと、変に意地張って、両親に甘えられなくなるものだし。あるいは、両親に甘えるべきではないと考えているとかね。
「なんの真似だ」
しばらくされるがままになっていたマーク王子は、はっとした様子で私から離れる。いまさらだよ。
「もしかして、抱き締めてほしかったんですか?」
さすがに、そこまではちょっと。誰に見られるともわからない場所だし。
まあ、冗談だけど。
「な、なにを言っているんだ、おまえは。仮にも、未婚の淑女だろう?」
四歳児に向かって、未婚の淑女はないんじゃない?
中身は千歳児だけども。いや、子供は無理があるか。
というより、こんなに簡単にからかわれるようじゃあ、だめだと思う。やっぱり、もうすこし、しっかり勉強はしたほうがいいんじゃないかな。
勉強って言っても、数学とか、歴史みたいな、学科ばかりやっていればいいわけじゃないから。国の顔として、導いていかなくちゃならない立場なんだからさ。
一番優れている必要はないけれど、ある程度は、どんなことでも対応できるようじゃないと。まだ子供なんて、そうそう通じることじゃない。理不尽かもしれないけれど、王族というのはそういうものだ。
「元気は出たようでなによりです。お戻りになるのでしたら、私も付き添いますよ」
父が捜索隊を率いているのなら、私がいたほうが話も早いだろう。
というより、探していることがわかっている殿下と一緒にいたにもかかわらず、それを一人にさせて、関係なかったです、みたいな顔をするほうが、のちのち、大変になる気がする。




