十二歳 音声石の用途
学院の要所へは緊急時に即座の連絡を取ることができるよう、音声石が用いられた、いわゆる、放送機関が設けられている。音声石は消耗品ではないけど、貴重品ではあるから、普段使いとかはされないけど。生徒を信用していないわけじゃないだろうけど、万が一、盗まれたり、壊されたりすると、困るから。
音声石には音声を記録することができるわけだけど、それを、まあ、魔法とかを用いて、遠くまで届けようっていう、実験だね。すでに、実験じゃなく、成功しているものだけど。
とはいえ、もちろん、限度はある。
音声石でも、増幅できる魔法にも限界はあるわけで、せいぜい、学院敷地内に設置させた放送機関に連動させる程度で、たとえば、城でこの仕組みを用いて、以前の反乱のときなんかに全土の国民に向けて放送する、みたいなことはできない。
音声石の能力的な限界という意味でも、そもそもの採掘量という意味でも。
もちろん、生徒たちの授業、実験なんかによっては、危険が伴うものもあるし、映像球だって準備はある。詳細な過程の記録にも使えるし。
逃げ出した魔物が、戻ってきて、生徒を襲わないとも限らない。本来なら、まず、それで全校に向けて注意喚起をするべきなんだけど、それをすると、教師にも知られるところになるからね。生徒にだけ音が届くように、なんて真似はできない。それができるなら、そもそも、こんな手間はかけずに、さっさと教師に任せている。
だから、非常時とはいえ、今はそういう風に、直接的には話すことはできない。
むしろ、できるだけ、教師に知られたり、生徒に被害が出たりする前に、何事もなかったように収めておきたいからね。
起こらないことが最善なのはもちろん、起こった場合にも対処できるということも、一応、実績にはなる。
もちろん、事態が収まってからのお説教は必須だろうけど、それは、フィリージアに任せておけばいい。
では、どうするべきなのか。
とりあえず、学院内で異常事態が起こっていないかの確認が先だろう。
「生徒会から、まだ残っている生徒へ、困っていることがあれば、即座に生徒会室まで報告に来てください。落とし物から、怪我の治療まで、できる限り、相談に乗ります」
そんな、ふんわりとした放送で、お茶を濁す。内容的には、本来、放送するまでもないことだけど。
ただし、現状で少しでも、事態に対して感づいている、あるいは、実際のその場を見たりした生徒は、なにを言いたいのか察してくれることだろう。
「それから、下校の際には、寄り道をしたり、不審なものを見かけても寄り着いたりしないよう、速やかな帰宅をお願いします」
普段、こんな放送はしないから、不思議に思う人が多いだろうことはわかる。
普段しないことをしているということは、しなければならない理由があるということで、それは異常が発生しているということになるわけだから。
ただし、これだけの説明で、正確なところがわかるはずもない。むしろ正確にはわからないようにしたわけだからね。
では、本来、緊急用でもある放送を使い、わざわざ、言うまででもないこんな内容を発信した理由はなんだろう、そう考えてくれるだろうか。
しかも、おそらくは、声でわかると思うけど、主は私――アリア・ユーインだ。
そもそも、生徒会からの報告という時点で、それを行うことを決めた、あるいは、責任を取る立場であるのは、生徒会長でもあるフィリージアということになる。
言うまでもなく、フィリージアは――それから私もだけど――この国の、公爵家の人間だ。それを知らない生徒は、まあ、いないと言っていい。実際、私はこの前、あんなことをしたばかりだからね。良い意味でも、悪い意味でも、名前は知られているはず。
そんな私が、こんな曖昧な放送をする理由はなんだろう、そう考えるだろう。
生徒会室まで事情を尋ねに来る生徒、なにか、詳しくは話せないけど事情があるのだということを察してくれる人、本当に、問題が発生していて――魔物の影響に関係なく――頼って来てくれる人。まあ、そんなところだろう。
あるいは、すでに外に出て遭遇してしまったとか。
でも、その場合、先に動いているだろう、フィリージアやロレーナたちと会わなかったこともないはずだから、ある程度以上の事情は把握していることになる。
その場合、どこまで話をするべきなのかってことと、口裏合わせをしていないから、多分、生徒会室で聞いて、みたいには言われてはいないと思うけど。
未知の危険と遭遇したのに、生徒会の助けがすぐに来るなんて状況、あまりにも、できすぎというか、運が良すぎるというか、まあ、自然、偶然とは考えられないだろうし。
「うーん。やっぱり、講堂とかにしたほうが良かったかな」
やってくる生徒の数によっては、生徒会室に入りきらない、どころか、廊下まで溢れることになる。いや、もしかしたら、外にまで。
最悪、講堂であれば、全校生徒が集まっても問題はないわけだし。
とはいえ、ここから様子を見るに、街中のほうで煙が上がっていたり、大きな音がこっちまで響いてきているとか、そういうことにはなっていないから、今はまだ、そこまで深刻にはなっていないとも思う。
本当に深刻化していたら、フィリージアたちは戻ってきているはずだし、父や母もここまで訪ねてきているはずだから。もちろん、私の両親としてじゃなくて、王城の騎士団団長として、それから、魔塔の魔法師として、ってことだけど……いや、まあ、それを理由に娘に会いに来てってことが、まったくないとは言わないけど。
それはともかく。
そして、私の両親のことがあるからこそ、人造の魔物のことを話さなくても、ある程度の信頼は得られる。
もしかしたら、王城の騎士団からとか、魔塔からとか、直接注意をされているのかもしれない、みたいに思考誘導されてくれるかもしれないからね。
とにかく――。
「失礼します!」
そんな風に考え込んでいたら、生徒が血相を変えて飛び込んできた。
「い、今、グラウンドのほうに魔物らしきやつが入り込んできまして」
「――わかりました、すぐに向かいます」
本当に、私が放送した直後だから、多分、そのときにはすでに入り込んできていて、誰かが、生徒会か、教師か、報告に行こうとしていたんだろう。
それで、たまたま私の放送が聞こえたから、こっちに来たと。
「一匹だけですか?」
一応、私たちの考えている相手とは違うかもしれないからね。
学院のセキュリティを甘く考えているわけでもないけど、完全だと思っているわけでもないから。そもそも、完璧なセキュリティなんて、不可能だろうし。
「はい。ですが、その、犬か、狼か、それに類する魔物だとは思うのですが、今まで、見たことのない新種かもしれず」
まあ、それなら、討伐は躊躇うよね。
もともと、生徒が作り出したものだし、やっぱり、生徒で束になれば、倒す、拘束する、消滅させる、ということも、不可能ではないだろうけど。
新種ということなら、研究したいだろうからね。
実際、それで魔塔にでも報告すれば、褒賞が出るはず。そうでなくても、個人的な名誉には違いない。私は名誉なんて興味ないけど。
「あるいは、誰かの持ち物かもしれませんから、不用意に怪我をさせたり、などということもできず、現状、拘束――といっても、結界で囲う程度のことしかできていません」
そもそも、頻繁に、激しく動き回る相手を結界に閉じ込め続けるというのが、かなり至難だからね。
もちろん、複数人で事に当たっているんだろうけど、それでも、緊張の中で捕らえ続けるのは、それも学生にとっては、かなり厳しいか。
「先生には?」
「べつの者が報告に行っています」
だったら、その教師より先に私が確保しておくしかないか。




