十二歳 ハリエルの悔悟
部屋の隅には、綺麗に包装された箱が山積みになっていた。
「あれは、生徒会の皆様と、学院の学生方々からのお見舞いの品です。皆様、とても心配なさっておいででした。それから、王子殿下と王女殿下もいらっしゃられましたよ」
まあ、メレディア学院はそれなりに大きな教育機関で、城もある程度関わっているみたいだからね……そういう理由じゃなくて、単純に、マーク王子とクリスティナ王女が私の心配をしてくれたってことなんだろうけど。
この前は挨拶できたけど、今回はできなかったから、またお礼はしないと。もちろん、シャーロックにも。
「お二人はそのままお帰りになられた?」
「はい」
とくになにもなく、か。
クリスティナ王女も、なにか、気がついたりはしなかったってことだよね。まあ、気にしてもいなかったからって理由もあるだろうけど。
とするとやっぱり、フェリックスは……いや、フェリックスのほうだって、まだ、確定はしていないんだけど。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
とりあえず、今のところ、クリスティナ王女は問題ないと思っていていいだろう。
転生しているってことは、『私』と共通のところがあるかもしれないけど、藪をつつくこともない。多分、杞憂だろうし、その自覚だけなら、大したことじゃないからね。
もちろん、全然関係ない可能性だってないとは言えないわけだから。
「ハリエルはここに顔を見せたりした?」
「……いえ」
ロレーナが険しい顔をするから、私はすぐに。
「ああ、違う違う。べつに、なにか、謝罪してほしいとか、そういうことは全然ないから。ただ、どんな様子なのかってことが気になっただけ」
真面目に学生生活を送っているなら、それに越したことはない。
ただ、まあ、孤立しがちだろうところは気になるけど……辞めないで残るという選択をしたのは、立派だと思う。
「ちょっと空回りしちゃってただけだからさ。ロレーナもそんなに目くじら立てないで、気にかけてあげてくれる?」
「……お嬢様がおっしゃるのでしたら」
どのくらいの学生が、今回の火事のことを、どの程度知っているんだろうね。
全員、ロレーナと同じくらいに知っているとなると、ちょっとあれだけど……まあ、あの時間まで残っていた生徒も多いわけじゃないし、もちろん、登校してみたら建物一つ消失していた(すぐに建て直されたとはいえ)んだから、気にはなっただろうけど。
「ロレーナは授業には出てないってことだけど、学院ではどのくらい噂になっているかってことはわかる?」
そのくらい、フィリージアとかが見舞いに来てくれたなら、聞いていそうだけど。
「現状、生徒、教師、その他、直接の関係者を含め、火事について知らない方はいらっしゃらないでしょう。ただ、原因まで完璧に把握している方がどのくらいいるのかということは、はっきりとは申し上げられません。学院でも噂、憶測レベルで、山ほど飛び交っているようですから」
それらは、どうやら、シャーロックとか、フィリージアとかから仕入れた情報みたいだけど。
「あれが、放火じゃなくて事故だってことはどのくらい?」
「……半々といったところでしょうか」
ロレーナは少し言い渋った。
まあ、噂話だし、そりゃあ、面白おかしく話したいよね。本人にとったら、迷惑甚だしいけど。
ハリエルだって、火事まで起こしてやろうなんてことは考えていなかったはずだから。
「お嬢様はもうお休みになっていらしてください。絶対安静なんですから」
「……うん。そうするよ」
怪我なんかは、無理矢理治療してあるんだろうけど。
ずっとこうして休んでいると、ハリエルが余計に責任を感じそうだったから、さっさと回復させたほうが良いんだろうけど、無理矢理動こうとして、ほかの人に心配はかけられない。
ハリエルのことさえないんなら、休んでいられるのは僥倖でもある。
まあ、本当は、ハリエルとは仲が良さそうにしているところを、周囲にも見せつけるようにして、溜まりがちな感情を霧散させたほうがいいかもしれないけど……動けないなら、祈るしかない。
「ねえ、ロレーナ。一つ頼みがあるんだけど」
私の愛すべきメイドさんは、しっかり願いを聞き届けてくれた。お願いっていうより、依頼だけど。
「どうぞ」
ノックに応え、入室の許可をする。ロレーナは今、外にいてくれているから、まず間違いないだろう。
「……失礼いたします」
そうして待ち人――ハリエルが入ってくる。もちろん、ロレーナも後からついてきて。
本当は、二人きりで話がしたかったけど、ロレーナをうまいこと説得できなかったからね。私の今の状態のこともあるし、こうなった状況のこともある。
それでも。
「来てくれてありがとう、ハリエル公爵令嬢。話がしたかったんだよね」
もっと正確にいえば、話がしたいだろうなと思ったってところかな。
でも、自分からはそういう風には言い出しにくいだろうとも思っていた。なにしろ、巻き込んで、入院(ベッドの上って意味でだけど)までさせてしまった相手だ。
だからなんだ、本気で申し訳ないと思っているなら誠意を見せろ、なんて言う人もいるかもしれないけど。
ロレーナがどういう風に説得してくれたのかはわからない。できる限り穏便に、とは言ったけど。
それでも、勇気を出してこうして会いに来てくれた。
「アリア様」
ハリエルにそんな風に呼ばれたのは初めてだから、面食らったよ。
そのうえ、土下座までしようとするから。
「いや、違う違う。謝ってほしくて呼んだわけじゃないから」
本当に。ロレーナはそこまでは伝えなかったのかな。
「ただ、そんな風に思い詰めているんじゃないかって思ったから、話をしようと思っただけだよ。こんなところからで失礼になるけど」
とはいえ、絶対安静を言い渡されているから仕方ない。
でも、それを言ってハリエルを余計に恐縮させたくはなかったし、わざわざ、あらためてそんなことをさせるために呼んだわけじゃない。
「あのときは慌ただしかったからね。あなたも、この場で全部吐き出しちゃったほうが気が楽でしょ。ここには、ロレーナと私しかいないから」
しばらくの沈黙の後、ハリエルはようやく口を開いて。
「……あの日から、助けてくださった理由について、ずっと考えていましたが、まだ、答えが出ていません」
そんなことを考えていたからここにも来られなかったの?
気にするほどのことじゃないのに。
「べつに、理由なんてないでしょ。というより、あなたは目の前で火事に巻き込まれている人がいたら助けようとは思わないの?」
誰でも思うことじゃない?
特別な理由なんてないよ。ただ、助けられる命を拾っただけ。
まあ、ついでというか、私も拾われることになっちゃったのは、誤算といえば誤算だけど。悪い意味でもない。
「誰だって失敗はするけど、失敗すること自体は、学生のうちは、責められることじゃないよ」
たとえば、どこかのお店で働いていて、とんでもない損害を与えてしまったとか、そういうのは十分気にしなくちゃいけないけど。
「ですが、危うく命を奪うところでした」
「でも、そのつもりでやったわけじゃないでしょ? そりゃあ、悪意がなければ、害意がなければ、なにをしてもいいってことじゃないけど、運良くでもなんでも、今回は、致命的な事態にはならなかった。それが結果だから」
結果論って言われたらそのとおりだけど、でも、終わったことに関しては、それでしか語れないわけだからね。
本人が反省しているんなら、それ以上責めることもない。
「学院、辞めるなんて言わないでね」
ハリエルが驚いたような顔になり、肩を震わせる。
そんなことだろうと思ったから、早くに接触しようとして正解だったよ。
「どうしてもいたたまれない、針のむしろに耐えられないってことなら、強要はしないけど」




