四歳 王子との出会い
魔塔。
魔王の討伐後、また来るかもしれない脅威に備えようと、国家という枠組みを超越して、大陸、世界規模で構成されている超国家機関。
人の世を守り、より良いものへと発展させようという理念のもと、大魔導士であるアメリア・ローズが創始したものだ。
このファルバニアには、その本部がある。
入り口には、その魔法師アメリアを含む魔王討伐パーティー、勇者サリナス・ルトス、戦士ベルマール・オーディス、そして、聖女クロエ・スカーレットの銅像が飾られている。
あれから、この世界では二百年くらい経っているみたいだ。やはり、世界が異なると、時間なんかの流れも異なるからね。
その銅像には、花輪が飾られていたり、訪れた人たちは皆、手を合わせたり、胸に手を当てて黙祷を捧げていたりする。
もちろん、父と母も同じようにして。
「アリアちゃんも本で読んだことがあるでしょう。勇者様たちの冒険の」
ユーイン家にも当然、勇者サリナス一行の物語を綴った本や絵本がある。絵本は、私が生まれてから買ってこられたものだけれど。
母に読んでもらったことも、自分で読んだことだってもちろんある。
「はい」
もっとも、本で読まなくてもはっきり、むしろ、本に書かれていないことまで詳しいどころではなく、知っている。
だって、そのクロエ・スカーレットは私だから。
当時は、裏切りにより魔王軍の配下となっていた元勇者、当時魔王軍将軍シルヴァに人々はなかなか剣を向けられず、向けることのできた相手も、純粋に力量差で返り討ちにあっていたからね。
シルヴァは心こそ折られてしまったけれど、力量としては、初めて魔王のひざ元にまでたどり着けるほど、優れた勇者だったから。
だけど、負けは負けだ。
勇者サリナスたちのことは人々の記憶に残っていても、フェリックス・ガインやシア・リリトゥーナ、それから、アミュ・ファーライアのことは、その他大勢の魔王に挑んだ者たちと同じように、今のほとんどの人たちの記憶には残っていないだろう。
もちろん、サリナスたちとの冒険も心に残っているけれど、アミュたちとの冒険が色褪せたりすることは決してない。
「アリアちゃん。お母様とお父様は少しお仕事で顔を見せなくちゃいけないところがあるの。その間、大人しく待っていてくれるかしら?」
母は結婚以前は――今も籍は残っているみたいだけれど――魔塔の魔法師に所属していたらしい。子供、つまり私が生まれてからはずっとかかりきりになってしまっていたけれど、本来は、仕事なんかもあるはずだ。
超国家機関とはなっているけれど、その土地ではその土地の人たちが常駐しやすくなるのは当然だからね。
「はい。ですが、見学などもしていたいのですけれど」
魔塔は研究機関という扱いであり、当然、託児所などという場所はない。
訓練所や模擬戦会場、図書館や研究室、実験室なんかはたくさんあるけれど。
一応、職員であれば、寝食できるような部屋は整えられていたはずではあるけれど、今は実質隠居しているような身である母のものが残っているかどうかは微妙だろう。というより、おそらく、残っていない。そんな余裕はないはずだ。
復帰すればわからないけれど、今は休職扱いらしいからね。
「そうねえ。訓練所や実験室は危ないし、研究室はお邪魔になってしまうでしょうし、食堂よりは、図書館のほうが面白いわよね?」
「そうですね」
忙しいだろう、母や父の手は煩わせられない。
図書館で大人しくしているのが安心だということなら、そうしよう。
基本的な内部構造は変わっていないようで、迷ったりすることはないんだけど、私は母に手を引かれて図書館までやってきた。
王家の対外秘の文章などを除けば、国内最大規模の蔵書を誇る。
「じゃあ、大人しくしていてね。すぐに戻ってくるから」
母は私にキスをしてから、違うところへ向かった。
今もこの図書館には少なくない利用者がいて、扉には警備の騎士も立っているし、心配はないだろう。
家にあった、一般教養的な本は読んでしまった。
といっても、新解釈や新説なんかが生まれていたりして、ずれができていたりするところの修正という感じでだけれど。
まあ、学問なんかは日々進歩し続けているし、知ってる用語の意味が変わったり、新しい知識は多く生まれているはずだ。
知っている内容でも、新しい内容が付け足されていれば、それなりに楽しめはするだろう。
「えっと」
興味があるのは……やっぱり、歴史かな。
私がいなかった間にどんなことが起こっていたのか、多少は興味がある。もっとも、こうして国家として存在している以上、ファルバニアも、それから魔塔にも、大きな変化というか、それこそ、国土の何割かが消滅してしまう、みたいな事件は起こっていないみたいだけど。
それで、歴史書とかの棚を見つけたのはいいんだけど。
「……届かない」
アリア・ユーインの肉体年齢は四歳だ。
当然、身長や体重も、その年相応の女の子だ。本棚の上のほうに手が届くことはない。
たまたま通りかかった司書の人とかがいればいいんだけど、まあ、自分でもなんとかできないことはない。
いや、やっぱり、なんとかできなかった。
腕力も落ちてるからね。四歳の女の子の力じゃあ、本棚の上のほうにまで届く脚立を運ぶことができない。運べるのは、それほど高くない脚立だけ。
それも試して、一番上の段に立ってつま先を伸ばしてみたけれど、やっぱり届かなかった。
あんまりやりすぎると危ないし、一応、バランスくらいは取れる自信はあるけれど――。
「危ない!」
「はっ?」
突然、梯子が揺れた。
正確には、急に声をかけられたかと思ったら、ぐらついたって感じだけど。
とっさに、本棚の端を掴んだ私はともかく、抱えていた本は落ちてしまった。
降り注ぐ本が、梯子を掴む男の子にぶつかる。
さすがに、これを放置して本を探し続けることができるほど、豪胆じゃない。落としてしまった本も拾わないといけないし。
「えっと、大丈夫、ですか?」
厚めの本がぶつかったから、結構、痛かったんじゃないかと思う。それでも、掴んだ脚立を離さなかったのは立派だけれど。
短めの金の髪をしたその子は、緑の瞳を尖らせて。
「おまえ、なにをやっているんだ。危ないだろうが」
危なかったのは、私がバランスを崩したからじゃなくて、あなたがいきなり梯子を掴んだせいで揺れたからだけどね。
「本を探しているところでしたよ。丁度梯子がありましたし、他人の手を煩わせるほどのことでもないかと」
あなたに揺らされるまでは安全でした、なんてことはわざわざ付け加えたりしない。
「だが……いや、おまえ、ちょっと来い」
そんな風に私の手を掴んで、その子は奥のほうへ進んで行き。
「マーク様。どちらにいらっしゃいますか」
「いたか?」
「いや、いらっしゃらない」
そんな声が聞こえてくる間、私はその子に口を塞がれて、図書室の資料室の扉の向こうに潜んでいた。
やがて、その足音が遠ざかってから。
「行ったか」
その男の子は、安堵したようなため息をつき、同時に、後悔もにじませる表情を浮かべた。
「すまなかったな。では、私はこれで」
「すまなかったな、ではないでしょう」
面倒事に関わるのなんてうんざりだけれど、この国に生まれてしまったからには仕方がないし、ならば、その国の指導者には、少なくとも、まともではあってほしい。
「なにをなさっているのですか、マーク・ファルヴァニア様」
この国に王子がいることは知っている。
一応、下にも二人の妹と、一人生まれたばかりの弟がいたはずだけれど、現在のこのファルヴァニアの継承権第一位はこのマーク第一王子だったはずだ。




