十二歳 考えたりする時間も必要だろうから
「それで、こんな噂が流れているんだけど」
フィリージアが言うには、どうやら、数日前、ハリエル一年生をアリアっていう生徒が大勢の前で説教して辱めてぼこぼこにしたらしい。
「それは不思議なこともあったものですね」
私はその日の書類をチェックしながら聞き流す。
もうすこし静かにいられないものかな、その子も。無駄に波風を立てるなんて、面倒事が増えるだけなのにね。
フィリージアは私に笑顔を向けたまま。
「ちなみに、私は生徒会長だから、全校生徒のプロフィールくらいは頭に入っているんだけど」
「それは以前にも聞きました。尊敬に値することだと思いますよ、フィリージア会長」
そうして、生徒一人一人に寄り添おうという姿勢は大したものだ。
「今年の一年生に、アリアという生徒も、ハリエルという生徒も、一人づつしか該当しないんだけど」
「そうですか。ですが、名乗るだけなら誰でもできますから」
公爵家を勝手に騙ったってことだと、ちょっと問題になるかもしれないけど。
「そう。それじゃあ、その日アリアはなにをしていたの?」
「フィリージア先輩にも前もってお伝えしていたと思いますが。ハリエル・ロマーロ公爵令嬢に招待されて、お茶会に出席していました」
全校生徒の顔と名前は覚えていられるのに、私からの報告くらい、覚えてないわけもないよね。
「ですが、私はそんなことを起こした方の顔を見てはいませんよ」
「そうでしょうね……」
フィリージアが深いため息をつく。
疲れたのなら、ハーブティーでも淹れてもらえばいいんじゃない?
「それで、噂になっている以上の問題は起こっているんですか? 生徒会として対処しなければならないほどの」
今のところ、そういう話は来てなかったと思うけど。
直接言いに来た子も、アンケートに投書しに来た子も。
「ハリエルはその日以来、目に見えて機嫌が悪そうにしていて、周りの子たちにも噛みつくことが多くなっているそうよ。お陰で、ハリエルの出ている授業とか、周りにいる子たちの雰囲気も、悪かったり、ぎくしゃくしていたりで、落ち着かなくなっているみたいね」
当然、そんな態度でいるハリエル自身の評判も、良くないものになってきているらしい。
「そうですか。ですが、ハリエル自身の投書はないんですよね?」
「わかってて言ってるわよね? アリア」
まあ、問題の相手も所属している組織に、素直に助けを求めに来られるような子じゃないか。
「会長もご存知のようですが、私はハリエル公爵令嬢に対して、なにか、しがらみを持っているとか、そういうことはまったくありませんよ。話しかけられたなら、挨拶も返すつもりです」
ただ、向こうが私とは話もしたくないっていうような表情で睨んできていたり、たとえ、授業が同じになっても、顔も合わせないように、やってきて、出ていってしまうものだから、話をする機会がないんだよね。
嫌がっている相手に強制したくはないし。
「こういう、生徒間の対立も調停に入ったりするのが、生徒会の役目なんだけど」
「どうしてもと会長が頼まれるのであれば、私からハリエル公爵令嬢との関係を改善しようとしてもかまいませんが、こういう問題は彼女自身の意識が問題なので、外から無理やりに平定しようとしても、意味はないのではありませんか?」
他人に強制された意識なんて、身にならないに決まっている。
授業体系とかにも現れているけど、メレディア学院の理念って、自分で選択して行動できるようにってことが含まれているんじゃないの?
だから、ハリエルが私との関係を持とうと思うのかどうかってことも、彼女自身の選択なわけで、こっちからこれ以上働きかけるのは、彼女の将来的にも良くないと思うんだよね。
間違いを認めて正そうとする自身の気の持ちようが、なんて、偉そうに言うつもりはないけど、それでも、そういう風にも考えられるようになることが大切なんじゃないかな。
「とにかく、もうしばらくは時間をおいてあげたほうが良いかと思います」
人の噂だって、時間が空けば、消えてなくなるでしょ。
シャーロックのことだって、まあ、私は学科が違うから耳に入って来ないだけかもしれないけど、もう、噂している人もいないみたいだし。
「拗らせなきゃいいんだけど……」
フィリージアがどこか遠くを気にするように呟く。
ここは学院だし、本当に見るに見かねなくなったら、教師が介入するでしょ。
生徒を導くことが教師の仕事なんだし。
とはいえ、今回、ハリエルはそこまで大きなことをしでかしたわけでもない。これ以上、余計なことをしなければ、周囲もそれとなく関係を修復しようとはするだろう。
「拗らせるのも、年頃の特権では?」
大人になってからだと、人としてどうかと疑われることにもなるけど、子供ならまだ可愛いほうだ。思春期とかって、誰でも通る道だし。
あのときの私、痛くなかった? みたいに、後で思い出して羞恥心で倒れそうになるかもしれないけど、それはそれ。
「フィリージア会長、そうお気になさることもないと思います」
「ロレーナ」
フィリージアが真意を問うようにロレーナを見れば。
「お嬢様は、口ではなんと言おうと、困っている相手を放っておくことはなさらないので、近いうち、解決されると思います。もちろん、反省する期間が必要だと思っていらっしゃるということも、事実ではあるでしょうが」
「そうなの?」
フィリージアの視線が、再び私へ向けられる。
私は小さくため息をついて。
「考える時間が必要だと思っているのは本当です。今、私になにか言われたり、なにかをされたところで、聞く耳を持ってもらえるとは思っていませんから。ただ、さっきも言ったように、私も彼女を貶めようだとか、そういったことは考えていません。いずれ、相手からでも、行動を起こしてくれれば、とは思っています。それがあまりにもないようでしたら、こちらからのアプローチも考えますが」
あの場で、言いたいことは言った。
あとは、ハリエル自身がどう考えて、どういう選択をするのかってことだ。今はそれを待っている。
「なにも、私の考えを押し付けたいわけでもありませんし。ハリエル公爵令嬢が、今後、どう考えるのかも、彼女自身の選択ですから」
それが間違いかどうかなんていうことは、ハリエル自身が決めることだ。
「もちろん、会長が、彼女にはそんな機会は与える必要もないからさっさと関係を修復して、学院の雰囲気を宥めてくれとおっしゃるのでしたら、多少、強引な手段を取ることもできますが」
それも、彼女にとって、それほど悪いことにはならないと思う。そもそも、なにが最善なのかなんて、誰にもわからないことだし。
あるいは、そうして強引に解決してしまう、もしくは、解決したように見せかけてしまうことが、最良の方法だということも、ないわけじゃない。
なにがその人のためになるのかなんてことは、まあ、結局はどれも結果論になるんだけどね。
具合的には、生徒会に誘ってしまうとか。
そうすれば、必然的に顔を合わせたり、会話することにもなるわけで。生徒会としても、現状でもとくに問題はないとはいえ、人手が増えて困ることはないだろう。
「……いえ。アリアが当事者だから、アリアがそう考えているのなら、今回はそうしてみましょうか」
フィリージアが確認するようにフェリックスを見れば、フェリックスはいつもどおりの笑顔で頷いていた。
ロレーナには、確認するまでもないことだろう。そもそも、ロレーナもあの場にいたわけだからね。




