十二歳 それぞれの役割と関係
個人的には、学院には、未来の選択肢を広げるつもりで来てほしいと思ってるけど、そんなの人それぞれだからね。
だからって、私には、学院に来るな、なんて言えないし。
子供のうちからこんな風に相手を尊重できないように教育するのは、その子にとっては良くないことだろう。
貴族でも、商人でも、騎士でも、なんでもそうだけど、他人との円滑なコミュニケーションが、仕事をスムーズにこなすためには必要になってくる。そのほうが、結果的には自身の利益も大きいはずだ。
利己的、排他的でばかりいるのは、見ていても寂しくなってくるからね。
大抵、そういった政策をとった国の末路は決まっている。もちろん、今は個人の話で、スケールは違うけど。
そうならないためには、やっぱり、多くの人と関わり合っていくことが大切だと思うんだよね。
決して、私のほうに来そうな面倒な挨拶だとか、絡みだとかを、他人にぶん投げようってつもりで、その任せる先を今から調教――じゃなかった、教育しようってことじゃない。
「お嬢様」
ロレーナが、やりすぎですって目を向けてくるけど、こんなの全然、大したことじゃないでしょ……いや、カップを投げつけたのは悪かったけどさ。言葉によるコミュニケーションを放棄した、乱暴なやり方だったことは認めるけど。
「そうだね。ごめんね。カップを作ってくれている人とか、茶葉の栽培をしている人たちには悪いことをしたとは思ってるよ。私だって、こんなことをしたいと思ってるわけじゃないし。でも」
「ひっ」
私が次の皿を手に取ると、令嬢たちから悲鳴が上がる。
「手が滑っちゃったんだから仕方ないよね」
「い、いい加減にしてくださいまし!」
ハリエルが両手でスカートの裾を握りながら睨んでくる。
「いったい、どういうつもりですの?」
「どういうつもりって、それはこっちが聞きたいんだけど。ハリエル公爵令嬢、今日はどういうつもりで私をこのお茶会に招待してくれたの?」
まさか、いまさら、この状況を作っておきながら友好が目的なんて言わないよね?
「そ、それは、同期生として、家同士としても友好的な関係を」
「そのわりには、私に話しかけてくる様子も見せなかったけど?」
貴族家の令嬢だっていうなら、こんな程度でしどろもどろになってちゃだめでしょ。
それこそ、社交界になんて出たら、学生なんて目でもない大人たちとやり合うことになるんだよ?
「それとも、ウィシュハウゼンでは、これがスタンダードなやり方ってことかな?」
少なくとも、私の知っているウィシュハウゼンの様式とは違うみたいだけど、人伝に聞いたりするのと、実際に見るのとでは違うことはよくあるし。それに、時が経てば、様式も次第と変化していくものだからね。
それでも、たとえ侮られないようにするためでも、ウィシュハウゼン側からファルバニアに対して、関係を拗らせるような態度には出ないと思っていたんだけど。
それとも、戦争の火種を作ろうと、裏で誰かが糸を引いているとか?
「ねえ。文化、芸術を貴ぶウィシュハウゼンでは、招待客に対して今みたいな態度をとるのが普通のことなのかって聞いてるんだけど?」
一個人としてではなく、国対国の構図にまで持っていく。というより、公爵家を賜る家同士が争うんだから、自然そうなる。こんな態度をとれば、そうするためのカードを相手に渡してしまう。
そんなことも理解していないとは考えたくないんだけど。そのくらい、イシスだって、教育されてるよ。
でも、自分の一挙一動が、周りに対してどういう影響を及ぼすのかってことは、理解しておいたほうが良い。
国や民を導くための立場にいるのなら、なおさら。
幸い、ここは学院で、失敗することは全然問題ないんだから。
こんな、一学院の、単なるお茶会での出来事なんて、気にするような人はいないし。
「ど、どうして、国のことにまでなるんですの……」
ハリエルの唇が震える。
顔色も悪くなっているね。
本当は、なんでもかんでも教えすぎるのは良くなくて、自分で気づく、学ぶことも大切なんだけど。
「どうしてって、あなたは貴族家よね? それも、ウィシュハウゼンでは公爵家なんでしょう? たしかに、学院では身分の隔てなく、切磋琢磨して、みたいなことが言われるけど、それは、自分が何者であるのかの自覚をしなくていいってことにはならないよね」
公爵家といえば、その国において、王家(あるいは、それに類する統治者の家柄)に次ぐ高位貴族の称号だ。
つまり、国民が皆、それに倣うということで、自身の行動が、国民の代弁ととられる可能性も十分に考慮しなくちゃいけない。
それは、ハリエルが横柄、傲慢な態度をとったりすると、それがお国柄なんだと見られるってことにもなる。
まあ、極論かもしれないけど、そういう風に見られているってことは、自覚しなくちゃいけない。
「そこのところ、あなたはどう考えているの? ハリエル・ロマーロ公爵令嬢」
ハリエルは唇でも噛みそうな顔をしてるし、取り巻きみたいな令嬢たちもおろおろとしているばかりだ。
「とにかく、学院でも、社交界でも、主役は譲ってあげるから、こんなくだらないことだったら、二度と巻き込まないでね。普通に話がしたいとか、レポートの件で相談があるとか、そういう話ならいくらでも聞いてあげるから」
もちろん、恋バナでも、お昼寝の誘いでも、ゲームをしましょうというのでも、歓迎はするから。
「それから、あなたたち」
自分たちにもくるとは思っていなかったのか、ハリエルの周りに取り巻いている子たちにも、同じように怯えた声を上げられてしまった。
まったく。私がなにをしたって……まあ、多少、乱暴な手段に出たりはしたけど。
「あなたたちは、今、私が言ったようなことについて、どう思っているの?」
「も、もちろん、アリア様と同じように思っております」
即座に返答がある。
ハリエルのことを思っての、自分の意思ではっきり決めたことならいいんだけど、ただ、この場ではとりあえず私に同意しておいたほうが良い、と思っているようじゃ困る。
「そう。もし、あなたたちがハリエルに友情を感じているっていうんなら、ときには、爵位なんて気にせず、忠言できる勇気も必要だよ」
もちろん、爵位を無視して無礼を働けと言っているわけじゃない。そのあたりの線引きも、簡単じゃないとは思う。
でも、なんでもかんでも、お上の顔色を窺っているだけじゃ、組織として――国という意味でも――まともだとは言えない。
「それで、ハリエル。あなたは、立場という意味ではその子たちや、ほかの大抵の子たちよりは強くなるんだから、従えて守ってもらうだけじゃなくて、自分でも周囲の子たちを守る義務があるんだよ」
立場の弱い子たちが自身の意思を伝える、表現できるように、後ろ盾になることが。
そういうのが本来、上に立つ者の役割ってことなんじゃないのかな。
「ロレーナ。お金持ってる?」
「こちらでよろしいですか?」
当然のように、準備していたように差し出された金貨を机に乗せて。
「最後に言っておくけど、私はあなたたちとも、誰とも、喧嘩をするつもりはないから」
もちろん、ほかの誰かとであれば喧嘩をしてほしいとか、間に入らないってことじゃないけど、そういうのもある意味、経験だから。
「行くよ、ロレーナ」
私は背を向けて部屋を後にする。
「……よろしかったのですか、お嬢様」
「いいんじゃない? とりあえずは。あとは、ハリエル次第でしょ」
言うべきことは言った。まあ、言いたいことを言ったってほうが正しいかもしれないけど。




