十二歳 遅れたりしたつもりじゃない、すくなくとも、私たち側としては
「お嬢様。そろそろ支度をなさらないと遅れますよ」
ベッドで転がる私をロレーナが揺する。
「……あと一時間」
「そんなに寝ていたら完全に遅刻です」
前にずっと起きなかったことがあるからね。
あのときは、誰かと約束があったとかってことでもなかったから、ロレーナが個人で怒るだけで終わったけど、今日は招待されているわけだし、しかも、他国の高位貴族からの招待ともなれば、軽んじることはしないほうが良いだろうけど。
「出席なさるとおっしゃいましたよね?」
「言ったような気もするけど、どうだったかな……」
なかなかに、ベッドに身体が馴染んできたところだからね。
ロレーナは怒るでもなく、予想どおりというように、溜息をひとつだけついて。
「……そうおっしゃられると思って、先日の会話はしっかり記録してあります」
「え? ロレーナ、いつの間に音声石なんて手に入れてたの?」
私とずっと一緒にいるのに、そんな暇なかったと思うけど。
食材の買い出しのときとか?
「嘘です。ですが、起きられたのなら、このまま着替えてしまいましょう」
微笑むロレーナに手を掴まれて逃げられない。
仕方ないか。
「わかったよ。着替えくらいは一人でできるから」
さっき脱いだ制服に再び袖を通す。もちろん、その間に脱いだ部屋着はロレーナがしっかり畳んでくれた。
「せっかくですから、ドレスをお召しになればいいのに」
ロレーナはまだ不満を漏らしている。
面倒がなくていいよね、制服。学生の万能服。
「たかだか、学生のお茶会でしょ。これで十分だよ」
あまり派手なものを着ていって、注目されたくもないし。
もちろん、相手を見下して言っているわけでもない。ただ、『アリア』のことを正当に評価した結果だ。外見的にも、立場的にも。
まあ、ほかの参加者が全員ちゃんとした格好――ドレスなんかだった場合、逆に目立つことになるかもしれないけど、一応、学生服だって、正当な格好に違いはない。
そもそも、学生が学生服で公式な場に出たことを問題にする、笑うような相手なら、こっちから願い下げだし。むしろ、教育がきちんとされていないと、教師とか、その子の両親とかに怒るところだよ。子供の教育くらいきちんとしてあげてって。
「それは、お嬢様には言えないのでは?」
「なんで? ロレーナも知ってるかもしれないけど、私、マナーとかの先生は一日とか、長くても、数日で合格をもらえたことで、有名だよ?」
父と母しか知らないことだけど。いや、シャーロックにも少し話したりしたかな?
「それは存じておりますが」
ロレーナは仕方ないというように、少しだけ肩を竦めてみせ。
「それで、会場の場所って知ってるの?」
「招待状くらい、しっかりとお読みになってください」
ロレーナに招待状を突きつけられる。話しだけ聞いて、返事もなにも、ロレーナに任せっ放しだったからね。ロレーナ、ありがとう。きみがいないと生きていけない、っていうのは、愛の告白にも似てるよね。もちろん、そんなことは言わないけど。いてくれたほうが嬉しいことは事実だ。
それで。
へえ。談話室を借り切ったんだね。名目は、学生同士での交流により、マナーや所作を学ぶためってところかな。
それなら、なおさら、制服――学生服で正解だよね。
ついでに、学院の施設だから、費用も掛からない。まあ、少しは、準備とかは大変かもしれないけど、それは主催側の負担であって、私たちの懐は痛まないし、労力も必要ない。
金銭に対する執着はないけど、無駄に使うような趣味もない。
「一応、確認しておくけど、時間はあってるんだよね?」
もちろん、事前に自分でも確認したけど、会場に入る直前、ロレーナにも確認をとる。
「はい。この一通目以降、変更などの連絡も受けてはおりません」
ロレーナが確認していないなら、間違いはない。それでも届けたというのなら、届け方が悪い。
しっかり、その一通目も持ってきているし。
「じゃあ、行こうか」
とくにエスコートなんかが必要とは書いてないけど、ロレーナに手を取ってもらって、会場に足を踏み入れる。
来たことがなかったから知らなかったけど――もちろん、私たちが初めて建てたときには、こんな場所自体がなかったわけで――入り口は二階、あるいは、ここが一階とも言えるのかもしれないけど、その扉を入ってすぐに、わずかにカーブを描く広い階段があって、下へと続いている構造だった。
予想どおりというか、すでに、パーティー自体は始まっているみたいで、すでに来ていた参加者が、ぽかんとした様子で私を見上げてきている。
「ねえ、ロレーナ。私、寝ぐせかなにかついてる?」
ロレーナが梳かしてくれたから、問題ないと思うんだけど。
「いえ。本日もとてもお美しいです」
普段からずっとそうしていてればいいのに、っていう、副音声が聞こえた気がするけど、もちろん、私の頭の中だけの話で、こんな場所でロレーナがそんな迂闊なことを口にするはずがない。いつもどおり、対外的な場での、完璧な笑顔だ。
いや、私は笑顔じゃないけど。
「じゃあ、なんでこんなに見られるの?」
遅刻ってことじゃないんだよね?
アリアの容姿は認めているけど、十二歳で、ノーメイクだよ? いや、ほかの子たちもそうなんだけど。それとも、薄っすら、化粧くらいはしているのかな。
「それは仕方がありません。うちのお嬢様ですから」
ロレーナは少し、ほんの少しだけ、誇らしげな調子を言葉に乗せた。もちろん、言霊とかってことじゃなくて。
なんというか、注目を受けてるいたいだけど、まあ、来た以上、最低限のことはしないとね。
静かな会場を歩いて、人の輪の中心にいる、青と黒のドレスで着飾った女生徒の前まで進み出て。勝手に人が避けてくれるから歩きやすかったよ。
「本日は、お招きいただき感謝いたします、ハリエル嬢」
文句などつけさせない、時間を取らせるつもりのない、完璧な仕草で礼をとる。ほかの人にそのつもりがあったかどうかはわからないし、私もべつに社交の場で主導権を取りたいわけじゃないけど、むしろ、そんなものいらないから放っておいてほしいけど、無駄につけ入れさせるつもりはない。
「え、ええ、招待に応じてくださって感謝いたしますわ、アリア様」
様? はて、と思って顔を上げれば、ハリエル・ロマーロもなぜそんな風に口にしてしまったのかと、驚いている感じだった。
よくわからないことは、突っ込まないに限る。
さて、一応は出席もしたし、挨拶も済ませた。最低限の体裁は整えたし、と思って、同じように挨拶を済ませたところのロレーナを見れば、まさか帰ったりはしませんよね、と顔に書いてある気がして。
わかったよ。もうしばらくここにいるよ。
「お嬢様、なにか」
「いや、なにもいらないよ」
テーブルに並んだ食事や飲み物をロレーナが見て提案してくるけど、私はいらない。
もちろん、ロレーナが楽しむことを邪魔したり、止めたりはしないけど。
それにしても。
「友好的な感じじゃないね……」
明らかに、皆、私たち二人から遠ざかっている。
ハリエルの周りに人が集まっているのは、まあ、主催だからわからなくもないけど。
「ロレーナ」
「わかっています。とくに、抗議などをするつもりはありません」
抗議も、文句も、不平も、不満も。
実際、まあ、私も子供たちと少しは交流できたらなあと期待していた部分が少しはあったにせよ、こうして見られるだけでも、ある程度は満足だし。
まあ、できれば、もうすこし自然に振舞ってほしいなあとは思うけど、それはそれ。




