四歳 私のしたいこと
生まれ変わるにあたって、諦めていることはたくさんあるけれど、一番は相応の子供らしく振舞うことだ。
最初はなにもわからなかったから、自然に振舞えばよかったんだけど、何度も転生していると、面倒になってくる。
個人的な感覚なら――もちろん、世界が違えば年月の数え方も異なることもあるんだけど――千歳になるわけで、さすがに、そんなお祖母ちゃんみたいな考え方はしていないけれど、それでも、ゼロ歳ならともかく、一般に自我が形成され始めると言われる、三歳とか、四歳くらいになれば、無邪気に振舞い続けるというのも難しい。というか、千歳はお祖母ちゃんなんてレベルじゃないし。
なんというか、ずっと演技し続けてる感じになるからね。演技すること自体は、それほど苦ではないけれど、ふとした瞬間に露見してしまって、そこで誤魔化す必要が出てくるくらいなら、いっそ、最初から自然に振舞っていたほうがいい。
それで最初に確認するべきことなんだけど、今回は必要ない。
だって、この世界、というより、この国がファルバニアだってことはわかっているからね。
ただ、久しぶりにこの世界に転生したということもあるし、どうなっているのかという確認くらいはしたい。いや、干渉することは望んでないから、見物くらいかな。
とはいえ、私が生まれたのはユーイン公爵家。つまり、貴族だ。父も母も、それは過保護で、しかも、私が第一子ということもあって、なかなか外出させてくれそうにない。
もちろん、温かい部屋の中で、のんびりくつろいでいられるのは最高なんだけど、少しは気になるのも事実なんだよね。
食べて寝てるだけの生活最高。
片付ければ片付けるほど増える書類にサインする必要もないし、鍛練だとかって、甲冑を着て長距離を走り込んだり、剣の素振りや模擬戦をしたりしなくてもいいし、温かい家の中で眠れるから、魔物に襲われるとかって心配もない。
一応、公爵家の長女として、礼儀作法やダンス、歌、楽器、勉学、もっと言えば、料理や刺繍なんかもこなしてはいるけれど。
「申し訳ありません、公爵様。私ではこれ以上、お嬢様のお役に立つことができません」
「いや、あなたには感謝している。今日までの給金はしっかり支払うから、心配はしないでほしい」
大抵は一週間で、長くても半月、短ければ三日なんてこともあったけれど、せっかく父が用意してくれた家庭教師は、皆、辞めていってしまう。
でも、私が悪いわけじゃないんだよ。だって、できることをできないように振舞うのって、なかなかコツがいるから。相手にも失礼だし。
私は演技もそれこそ、何生も嗜んできたけれど、貴族の、それも、公爵家に家庭教師として雇われるくらいの人になると、かなり優秀といっていい人たちが来る。
そうなると、こっちが下手に振舞っても、見抜かれてしまうことはわかっているから、そうすると、最初から真面目にやるしかない。徐々に、指導のお陰でうまくできるようになりました、なんておためごかしは効かなくなる。
家庭教師も、爵位を持っている女性が多いんだけど、それでも、所詮、長くても二十年くらいの結晶でしかないわけで。もちろん、優秀なことは優秀で、十分、誇れることなんだけど。
私だって、毎度貴族に生まれ変わるなんてことはないんだけど、技術自体の蓄積は、数十年なんてものでは決してないからね。別の身体になっても、忘れることはないし。
「アリアちゃんはなにかしたいことはないのかしら?」
しいて言えば、食っちゃ寝――おっと、のんびり、安寧に過ごしたい。
だけど、それは、あまりに子供らしくなさ過ぎる。子供っぽく振舞うことは諦めているけれど、というより、すでに普通の子供として振舞うのは無理っぽいけれど。
それ以外だと――。
「子供たちの様子が見たいです」
今は私も子供だけどね。
孤児院を建てて、子供たちと一緒に過ごしていたことがあった。あのときは、なかなかに穏やかな時間が過ごせていたな。数少ない、忘れなくてもいいと思える記憶だ。
無邪気な――良い意味で――子供たちは癒しだ。
「アリアちゃんは庭からお外に行ったことがないものね。正式なデビュタントは十六歳で、まだまだ先なのだけれど……お父様に相談してみましょうか」
まあ、普通の貴族家子女が子供たちの様子が見たいなんて言ったら、同年代の友人関係のようなものだと思われるよね。
実際には、お茶会一つとってみても、情報戦だったり、良家との縁を強く結びたいという、家や、その子個人の想いであったり、即物的な望みが関わってくるものだけれど。
「お茶会のお誘い自体はいくつか来ているよ。アリアがそうしたいというのであれば、そろそろ参加するのもいいんじゃないかな。マナーの先生からも合格とお墨付きをもらっていることだしね」
母が話を持ち掛けると、父は快諾してくれた。
「でも、問題もある」
父が真剣な顔をして、机に肘をついて、組んだ手で口元を隠すように、顎を乗せた。
母は少しだけ心配そうな表情を浮かべて。
「もしかして、なにかお城のほうで問題でもあるのですか?」
父であるリシウス・ユーイン公爵は、城で騎士団長を務めているらしい。それなりに、偉い立場の人間だ。
それだけに城の内情にもある程度以上には詳しく、もしかしたら、反乱のような企てを掴んでいるのかもしれない――。
「ああ」
父の視線が私を鋭く捉え。
「私の娘が可愛すぎることだ」
すごく真面目な口調で言われた。多分、聞き間違いとかじゃあないと思う。
いや、まあね。すでに私も四歳だ。だけど、父は多忙であり、家には毎日帰ってきているみたいだけれど、精神はどうあれ、身体は子供の私はその時間には眠ってしまっているからね。しかも、父は朝も早い。休日もほとんどなく、生まれてから会っている時間を合計しても、多分、一年に満たない。
それで、たまに帰ってきたときに話をしたりすれば、娘の成長に驚くし、評価が甘くもなるよね。
ナルシストじゃないけれど、たしかに、この身体は可愛いし。
真っ直ぐに背中まで伸びた銀の髪。煌めく青い瞳。雪のように白い肌。華奢な手首に足首、それから首筋。
なまじ、精神的にはべつの人間が入っているみたいな感じだから、客観的に判断できてしまうからこそ、アリア・ユーインの美貌――四歳児に使う言葉じゃないとは思うけれど――が際立って見えるんだよね。
それだけじゃなくて、もちろん、父は――母も――私の家庭教師からの評価を知っているわけだし。
能力があるから愛されているということではないというのは、わかるけれども。
「大丈夫ですよ、あなた。アリアちゃんはしっかりしていますから」
母が微笑み、父は黙り込んでしまう。
これはやっぱり、親バカというやつだろうね。
まあ、いいか。べつに、どうしても参加したいというわけでもないし。
子供たちの様子は見たいけれど、友人とか、ましてや、恋人、つまりは未来の結婚相手がほしいなんてことは、まったく思ってもいないから。
そもそも、千年年下の子ども相手に、そういう意味でどうこう思うようなことにはなるはずもないし。
だから、ここはもう一押しさせてもらおう。
「それ以外なら、私、妹か弟がほしいです」
きらきらとした顔を作って、お父様、という感じに見つめれば、非常に、それはもう、困ったような顔をされた。
私としては、とくに、弟が生まれてくれるととても嬉しい。
あまり強くは望めないんだけど。
「どうしたら、もらえるのでしょうか?」
父は、天井を見上げて小さく唸った後。
「……わかった。お茶会のことはなんとかしよう」
そう約束してくれた。




