十二歳 騎士科と魔法科の小競り合い
今すぐにどうこうって問題じゃないだろうってことは、わかっている。毎日、ここへ来ているんだから。
このままここで下手なことをされても困るけど、もし、まったく関係なかった場合、私の勘違いだった場合、藪蛇だし。
よし。放っておこう。だいたい、誰かが開こうとしたところで、それ自体は私の責任じゃないし。向こう側でなにか問題さえ起こさないのなら。
さすがに、そこまでされてるのに見捨てるのは、夢見が悪いし。
それに、そんなに簡単だとか、容易いことじゃないわけだから。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「急にどうしたの、ロレーナ」
ロレーナはわずかに眉を寄せ。
「いえ。なんとなくですが」
「なんとなくって……そう言われても、私に覚えはないんだけど」
すこしだけ、気にしようかなあ、なんて思っていただけで。
でも、それを簡単に、雰囲気だけで察知するなんて。さすがだね、ロレーナ。
まあ、その程度なら、なにも問題はない。ロレーナは魔法師でもないし、四六時中私と一緒にいるわけだから、なにかしようとしているわけじゃないってことはわかっているし。
「体調が悪いわけではありませんよね?」
「悪そうに見える? でも、全然平気だよ」
下手なことはしないでよね、とは思っているから、気は重いけど。
「失礼します!」
と、いきなりドアが開かれた。
「失礼します、というのは、礼を失しますが許容してください、という意味ではないのよ? 騎士科一年生のヘイズ・マルドゥークくん」
フィリージアに嗜められて、ヘイズ・マルドゥークは慌てた様子で姿勢を正し、申し訳ありませんと礼をとる。
「戦い方にまでどうこう口出しできるほど私は騎士に詳しくはないけど、騎士を目指すのなら、それにふさわしい態度があるんじゃないかしら。どう思う、アリア」
私に振らないで、フィリージアが判断して問題ないのに、便利に使わないでほしいよ。まあ、私もフィリージアを利用することはあるけど。
「申し訳ありません!」
だけど、私がなにか言う前に、ヘイズ・マルドゥークのほうが再度、頭を下げ。
「ですが、問題が起こって……いえ、起こりそうで。魔法学科の連中と、いつも以上に、今日は激しく――」
言いかけたヘイズ・マルドゥークの言葉は、外から聞こえてきた激しい音と光にかき消されたけど、全部聞かなくても理解はできた。
フィリージアは、小さくため息をついて。
「ロレーナ。今日、どこか、誰かが演習場をこの時間に使うっていう報告は?」
演習場は学院にある施設で、もっぱら、模擬戦や、実技演習に使われる。
それが授業中なら生徒会で問題にすることはない。授業中ということは、教師がついているってことで、その教師がどうにかするべきことだから。
ただし、放課後になると話は違って。
ようするに、自習ということになるわけで、どこの科であっても、申請さえすれば、利用して問題ないことになっている。とくに、教師とかの立ち合いが必要だということもない。
「クラブ活動でいくつか」
ロレーナは淡々と報告する。
もちろん、普通のクラブ活動で、あんなに大きな音や光が発生するはずがないし、そこまで激しいことをするのなら、万が一ということもあるし、報告はされているべきだろう。
つまり、異常事態ということだ。
「会長。私が様子を見て来ましょうか?」
「いいの? なら、お願い――いえ、やっぱり私も行くわ。ロレーナとフィリックス先輩は、ほかの依頼か問題が持ち込まれたときのために残っていてもらえますか?」
ロレーナも席を立ちあがり。
「お嬢様。それなら、私が」
「心配ないよ、ロレーナ。いざとなれば、フィリージア先輩も一緒だし、ただの生徒同士の揉め事でそこまでの危険はないから」
お気をつけください、とロレーナに念を押され、私はフィリージアと一緒に、駆け込んできた男子生徒について現場へと向かう。
「アリア、飛べる?」
外に出た途端、フィリージアに尋ねられた。
「いえ」
今の、この状況では無理だ。
「そう。じゃあ、ちょっとごめんね」
そ言われたかと思うと、私の身体が持ち上がった。
フィリージアが私と一緒に飛行魔法で飛び上がったからだ。飛行魔法は、個人で使用することがほとんどだけど、仲間というか、味方というか、とにかく、他人とも一緒に飛ぶことができないわけじゃない。
もちろん、そのほうが魔力の消費とか、コントロールは難しくなるわけだけど。
当然、騎士科であるヘイズ・マルドゥークも自力で飛ぶことはできないから、フィリージアは自身を含めて三人分飛ばしているわけだけど、大変そうな様子はない。さすがは、生徒会長といったところかな。
「あれね」
そうして飛び上がれば、問題が起きている場所はすぐに見えて、向かうのも一直線で楽になるわけで。
演習場は、その特性上、普通の校舎とかからはそれなりに離れた場所にあるからね。もちろん、道だって一直線ってわけじゃないし。
でも、上空から向かうのであれば、障害物はほとんど考慮する必要もなくて、一直線で向かえる分、早く着く。もちろん、複数人での飛行魔法を問題なくコントロールできる実力あってのことだけど。
演習場では激しく光や音が発生していた。
学生の小競り合い程度だから、という見方もできるけど、おそらく、毎年のことなんだろうね。たまたま、始まる前に止めに入ることができることもあれば、始まっているところに乱入する必要がある場合もある。
誤魔化そうとして、幻術の類は使用していないみたいだ。
「双方、止まりなさい」
フィリージアの声が響く。
もちろん、魔法で声を拡大、拡散しているからだ。
まさに一触即発というか、むしろ、すでに小競り合いが始まっていたんだけど、フィリージアの声にその場の全員が動きを止める。
私たちを伴って演習場に降り立ったフィリージアは。
「今日、この演習場の使用許可は出ていないわよね? あなたたち全員で、新しい部を作ったって話も来てないし。アリアは確認してる?」
「いえ、フィリージア会長。そのような報告は受けていません」
ちらりとだけ振り返っていたフィリージアは、向き直り。
「ありがとう、アリア。それを踏まえて聞くけど、あなたたち、今ここでなにをしていたの? ここが学院の施設だってことはわかっているのよね?」
そもそも、入るための鍵自体、生徒会や教師で管理しているものだ。勝手に開けて入るのは問題だよね。
鍵開けの魔法を練習していました、なんて言い訳が通じるものでもない。
「べつに、魔法学科と騎士科での交流を否定しているわけじゃないのよ。どちらもいい訓練相手であることは間違いないわけだからね。それでも、施設の利用申請は必要でしょうと、去年、いえ、それ以前から、何度も言われているけど、どうして、悪しき伝統だけ引き継ぐのかしら」
フィリージアはあからさまな溜息をついて見せ。
「それで? だいたいの理由はわかっているけど、一応、話だけでも聞いておかなくちゃいけないんだけど。余計な仕事を増やさないでほしいわね」
「だったら放っておいてくれれば……」
フィリージアに対して、愚かにもというか、突っ込んだ強者がいた。
強者というか、馬……まあ、空気を読めていないだけとも言えるけど。
「私も、放っておきたいのはやまやまなんだけど、それが生徒会の仕事なの。それに、私は決闘というか、演習自体を否定しているわけじゃないのよ。ただ、事前に申請してとお願いしているだけなの。国民なら、法律を守るでしょう? 学生なら、校則を守りなさい」




