プロローグ その15 公爵令嬢(継承権放棄済み)リュドミラ・フォン・レネイア
「リュドミラ様。あなた様しかいらっしゃらないのです」
一応、籍だけは残っているけれど、こういうことが起きないように、煩わしい争いの元になりそうな立場はさっさと返上していたのに。
「知っているかもしれないけれど、私の王位継承権はすでに放棄済みなのよ?」
どうしたらこの人たちは早く帰ってくれるのだろうかと、私は頭を悩ませる。
たしかに私はレネイア王家の息女として生まれた。
しかし、そのころにはすでに兄や姉がたくさんいて、今後、継承問題で諍いが起きることは明白だった。
だから、私はさっさと王籍を破棄して、公爵家へと降下している。
それは、こういった問題が起きること、そして、それに巻き込まれることを防ぐためだったのに。
「しかし、今の王家の方々では――」
「それは、私に言っても仕方がないでしょう」
そもそも、私はこの国家の体制に不満はない。
特別に夢とかがあるわけでもないし、自分と、降下するときについてきたメイドのセラがいてくれれば十分だ。
もちろん、セラが他に誰かいてほしいというのなら、うるさくならない程度なら、許容範囲だ。
政治だって、とりとめて、悪いところがあるわけではない。
犯罪が横行しているとか、孤児が蔓延しているとか、戦争ばかりしているなんてこともないし。
「あなたたちが言っているのは、私に親兄弟姉妹と殺し合えと言っているようなものよ」
まあ、私は末子で、それ以降、両親から子供は生まれていないはずだから、弟と妹はいないけれど。
「旗頭が必要というのなら、あなたがやればいい。まともな方法なら、人はついてくるはずよ」
あなたには、社会的地位も、財産も、賛同者も、すでにそれなりにいるでしょう。
そりゃあ、カリスマが引っ張る革命は、参加する分には気持ちが良いだろうね。でも、結局、誰が革命を起こしたいのかという話だ。
「もう一度言っておくけれど、私は革命を起こす気はない。今の暮らしも嫌いなわけじゃない。そもそも、人にゆだねての革命なんて成功するはずないから、もっと自分たちで方法を考えなさい。あなたたちは、本当に自分にできるベストを尽くしていると言えるのかしら?」
各媒体への根回し。
メディアへの提言。
訴えたい具体的な内容。
武力の用意。
より多くの賛同者。
革命に必要なものっていうのは、数限りないものなんだよ。
「この訴え、どれほど熟考して、精査して、検討して、行動してきたのかしら?」
自分たちの革命についてだけのことじゃない。
仮に、成功した場合、その後の国家をどうやって運営していくつもりなのか。外交は? 王家や城で働く人のその後は?
そういったことを、まったく考えることなく、ただ、現状に不満があり、貴族たちに嫉妬してとか、そんな感情だけだというのなら、止めておいたほうがいい。
「……なんだよ。やっぱり、王女様は俺たち平民のために立ち上がってはくれねえのかよ」
一緒に来ていた、おそらくは彼の仲間のうち、後ろのほうにいた男の子が吐き捨てるように言うけれど、そんな風に煽ろうとしても無駄。
「本当に革命を起こしたいのなら、自分たちでどういったことができるのか、しっかり知ってからにしなさい。歴史的な資料の閲覧まで禁止されているわけではないのだから」
歴史の書かれた本や教科書なら、学院に行けば(通えば、ではない)誰でも――就学年齢以上であれば――閲覧はできる。
継承権の破棄は済んでいるのに、その私がいる街で王家への反乱なんて起きたら、王宮内の雰囲気によっては、勘違いされかねない。
相手には城所属の騎士団がいる。武力では勝ち目はない。
物資の流通や情報などでも勝てない。相手は王家だ。そういったことには、最も鋭敏であるはず。
ただ、それは、まともな方法ならば、だけれどね。
「あなたたちの強みはなに? どこでもって、王家と争うつもりなの?」
「それは……」
こんな程度の質問に詰まっているようじゃあ、全然、お話にもならない。
革命なんて、それこそ、越えなければならないハードルがいくつもあるのに。こんなの、ハードルとすら言えないような話だ。
そもそも、まともな革命とは? というところはおいておくとして。
「そんな様子じゃあ、無駄死にするだけよ。たしか、この国は学院は一般に開かれていて、講義も受けられたはずよね? そこでしっかり勉強してきてから、考えなさい」
たしか、奨学金みたいに、資産に余裕のない人でも学ぶことができる制度があったよね。
「あなたたちに無駄死にはしてほしくない。あなたたち自身にも、大切に思う人はいるでしょう? もし、革命なんか本当に起こして、あなたたちが危険な目に遭った場合、その人たちはどう思うかしら」
それとも、その人たちも全員、革命に賛成しているわけ?
人質として利用される可能性だってある。
「もちろん、あなたたちの人生よ。自分の命の使い方は、自分で決めればいい。でも、そこに付随している責任は理解しているのよね?」
全員が全員、独り身ということもないんでしょう?
仮に、独り身であったとして、学院とか、仕事場とか、関係している人は確実にいるはず。
その人たちに累が及んでしまうかもしれないということを、本当に理解して言っているの?
「考えられているのならばいいのよ。でも、あなたは今の私の質問程度にも答えることができなかった。本当に革命を起こすとなれば、生じる問題は、この百倍じゃあきかないわよ」
というより、そのくらいの覚悟は持って臨んだほうが良い。
そうでなければ、おそらく、失敗するだろうから。
「具体的には、どういう方法で起こすつもりなの?」
またしても、全員、黙りこくってしまう。
「言っておくけれど、ただ不平や不満を陳情するだけというのは、まったく意味がないわよ」
根回しとかって考えもなさそうね。
「では、どうしろと」
「それを考えなさいと言っているのよ。世界には、革命を成し得たところはゼロではないわ」
私じゃないんだから、無駄に散らしていい命なんてないんだからね。
ほかにもいろいろ、彼らを説得しようと試みたけれど、ほとんど意味はなかった。
どころか。
「残念でなりません。なぜですか、リュドミラ様」
なぜか、私の屋敷に騎士団の男たちが来てそう言った。
私は、セラの淹れてくれた紅茶と、焼き上がったばかりのクッキーで、のんびりお茶をして、くつろいでいたところだったのに。
それが、いきなり、乱暴にドアを蹴破って入ってくるとか、失礼にもほどがあるでしょう。
継承権を破棄しているとか、それ以前の問題だよ。女性の部屋に許可なく立ち入るなんて、彼ら一応、騎士団だよね?
なぜですか、とか言われても、むしろ、私のほうが聞きたいくらいなんだけど。
「新王陛下は、禍の元になるかもしれない芽は、早いうちに潰してとけとのお考えです」
もう溜息すらつく気がなくなるよ。
身内がそんなに信じられないのか。あるいは、ほかの方法を知らないのか。
王教育で、なにを習って、なにを教えているんだろうね、うちの家族は。
一応、市井の暮らしはまともだと思っていたけど。
「せめて、セラだけは見逃してあげて」
「リュドミラ様! あなたたち、リュドミラ様の話を聞くつもりはないのですか?」
騎士相手(つまり、所属は違えども、元同僚ということになる相手)であっても、一歩も引かず、セラは紅茶をかき混ぜるスプーンを騎士たちに向けている。こういうセラだから、王家を離れるとき私につけられたんだろうね。ペンは剣より強しとは言うけれど、本当にティースプーンを向ける子がいたなんて。それが見られただけでも、かなり満足かもしれない。
もっとも、ここまでやったからには、いまさら引き返すことはできなさそうだね。
これで、間違ってましたなんて言おうものなら、王として不適格だと烙印を押される。だから、兄はこれを撤回はできない。
まったく、ままならないものだ。




