十二歳 ユーイン家でのダンスの稽古ということではなく
一応、学院にも音声石、映像石はあるようだ。授業に使うということもあるし、生徒がなにか問題を起こした際の裁判――のようなもの――でも利用されるらしい。
証拠能力は高いからね。余程高位の魔法師でもないと、改ざん、ましてや、痕跡も残さないようになんて、到底できるようなものじゃない。それだって、完全に、思ったとおりにできるものでもないし。
とはいえ。
「それを使ってしまってよいのでしょうか?」
ロレーナが心配そうにフリージアの手の中を覗き見る。
「かまわないわよ。どんなものだって、使わなくちゃ意味なんてないんだから。大事にとっておくくらいなら、私たちで有効活用しないと」
実際、あったほうが助かることは事実だ。
誰かの外からの確認を必要とするということは、当然、その一人が抜けた形でダンスを踊らなくちゃならないわけで、それじゃあ、全体のバランスを見て、なんてことはできないからね。
残念ながら、この世界には、スマホとか、三脚みたいな便利な道具はない。そもそも、カメラ自体がなくて、その代わりが、映像石だということだね。普及率とか、希少性とかは段違いだけど。
だけど、映像石があるなら、たとえば、フィリージアが私たちの周りにそれを浮遊させているだけで、多角的に観察させることができる。
「うぅん。まだ、身体の向きとか、腕の角度、それから、タイミング自体も微妙にずれていて、綺麗じゃないわね」
撮った映像を確認しながら、フィリージアが顎に指をかける。
そりゃあ、数日、しかも、放課後の一時間、二時間程度の練習じゃあそんなものだ。
やる以上は完璧を目指すけど、この短期間で全員振りが入っているだけでも十分に優秀だと思う。
「優秀ねえ……自信なくすなぁ」
フィリージアが私を見ながら自嘲気味に呟く。
「それは、私が考案したようなものですから、私が踊れなくては仕方がないですし」
最低でも、一人は手本というか、教師がいないと。
「それに、これ、とても即興ってクオリティじゃないんだけど……」
まあ、実際、即興じゃないからね。
「完全に即興ということではありません。習っているダンスの動きなどを、少しづつ混ぜたり、改変したりして、繋ぎ合わせていますから」
嘘でもない。
流用していることは事実だけど、そこに改良やアレンジは加えている。
フィリージアは、空を見ながら、大きく息を吐き出して。
「まあ、練習するしかないわよね」
決意したような顔で、頬を叩いた。
「アリアが踊れるってことは、もしかして、ロレーナも踊れるのかしら?」
ロレーナはもう八年くらい私についていてくれて、一緒に過ごしているからね。
もちろん、最初のころからロレーナの能力はメイドとして公爵家の長女に仕えるくらいに高いものだったわけだけど、そこからも、一緒に稽古ごとに励んでいる。
でも、さすがに、あれを踊ってみせたことはないかな。
フィリージアに尋ねられて、ロレーナは首を横に振り。
「いいえ。お嬢様は唐突にこのようなことをなさるので。私にもなにがなんだかわかりません」
聞かれたことは何度か――直接じゃなくて、探るように――あるけど、適当に誤魔化している。
まあ、シャーロック同様、そこまでうまく誤魔化されていてくれる感じじゃないけどね。その程度じゃあ、世界からの干渉もない。
「まあ、踊りと歌自体の完成度が高いのは認めるけど」
踊りはともかく、歌自体は、私はそこまで自信を持っていない。
いや、作曲、あるいは作詞してくれた人が悪いってことじゃなくてね。
あくまでも、あの世界の言語で作られた楽曲だから、この世界の言葉に訳すと、ほんのわずかなものではあるし、元歌を知らなければ気にもならないものだけれど、若干の違和感というか、気になるところがあるということだ。リズム的に。
「フェリックス先輩。一度、私が演奏して……それから、楽譜にも起こします」
「そこまでしていただかなくても、そうですね、もう一度聴かせていただければ、およそは掴めると思いますから」
一パートだけなら楽に終わるから、そこまでの手間でもないんだけどな。それこそ、記憶どうこうはべつにして、擦り切れるくらいに見て、聴いて、書き込んで、話し合って、練習した曲だし。
「ですが、そうですね。これは、アリア様の発案の曲ですし、解釈なども聞かせていただけると、より、深みのある演奏をお届けできるかと思います。およそ、歌詞のとおりで問題ないとは思っていますが、細かいところなど、ご指導いただければ。ですが、楽譜に起こす必要はありません。私がアリア様の演奏を聴きながら自分でやりますから」
そんな感じで、私はフェリックスに、一度演奏を聴かせて、それを楽譜に起こしたフェリックスが、個人的に完成度を高めている間に、ロレーナとフィリージアと一緒に振付を徹底的に練習する。
それでも、基本的な動きは、三つか四つか、そのくらいで、後はその組み合わせと若干のアレンジって程度だ。
生徒会長を務めるフィリージアも、幼いころから公爵家のメイドを務められるロレーナも、優秀であることには変わりなく、その日のうちに、全体的なものであれば、振り付けを頭に入れてしまった。
「さすがですね、フィリージア先輩。ロレーナも。あとは、クオリティをどこまで上げられるかといったところですが」
一番体力のない私、まったく初見のダンスを何度も踊ったロレーナとフィリージアも、汗みずくになって、その場に座り込んだ。
男爵家の次女で公爵家のメイド、そして、公爵家の娘として、ぐったりと、大の字になって倒れ込む、なんてことにはならなかったけど。
「お疲れ様です、皆さん」
いつの間にか、フェリックスが私たちに飲み物を持ってきてくれていた。
冷たい水が、疲れた身体に染みわたる。
「ありがとうございます、フェリックス先輩」
フィリージアが頭を下げると。
「お気になさらず。レディのために動くことは、紳士として当然ですから」
そう、これもまた、お手本のような笑顔を浮かべる。
「こういうダンスって、私は踊ったことなかったんだけど、やってみると、存外に楽しいものね。ユーイン家では、ダンスの授業は楽しそうね」
「いえ、フィリージア先輩。ユーイン家ではなく、これは完全にお嬢様のオリジナルです」
ダンスの先生に、即興をやってみせてと言われたこともあったけど、そこでも踊れはしないからね。
私は良いんだけど、ダンスの先生が来ていたころに踊ってみせていたら、多分……いや、あの両親なら、倒れたりはしなかったかな。余計に過保護になっていたかもしれないけど、とくに父が。
フィリージアが私をじっと見つめて。
「アリアって、本当に十二歳? サバ読んでたりしない?」
「どう思われますか?」
同性だからといって、女性に年齢を聞くものじゃないとは思うけど。
もちろん、フィリージアがそんなことをわかっていないはずはないから、雑談のような類だし、それに、私はいまさら年齢なんて気にしないけど。
「冗談よ。きっと、アリアの努力の結晶なのよね」
それは、そうかもしれないけど。
ただ覚えて踊れるというのと、踊りこなせるというのは、やっぱり随分と違うものだ。
覚えるだけじゃなくて、ちゃんと練習もしないと、本当の意味で人に感動を与えるダンスは踊れない。
そんな、練習なんて、見ている人にはわからないという人もいるかもしれないけど。でも、信じていられるのは素敵だとは思う。
「ちなみに、本番ではこれに歌もつきますからね」
そう言ったら、ロレーナとフィリージアは固まって、顔を見合わせ、笑いあっていた。




