プロローグ その14 奴隷少女
奴隷。
人間としての権利が認められず、道具同様に持ち主の私有物として労働に使役される人間。
人間としての権利が認められていないにもかかわらず、定義としては人間だとは、これいかにと思うよね。
実際、旧時代の愚かな人間が作ったくだらない制度だ。
きちんと給金を払い、時間を守り、環境を整えたほうが、仕事の能率も上がり、結果的に利益も大きくなるというのに、言いなりにすることで自分たちが優越感に浸りたいだとか、思いやることもなく、使い捨てることができる駒を用意したいとか、ストレスの発散、そんな理由のために作られた制度。
まあ、一応、替えを準備するのも一苦労ということで、最低限の労働環境は整えられているけれど。
いや、労働ではないな。だって、給金が発生しないから。一日、鉱山を掘り進め、手に入れられるのは味のしない、乾ききったパンと、辛うじて飲める程度の水、もちろん肉なんて上等なものはほとんどなく、ほんの少しの葉っぱ。
女の子にやらせる労働じゃないよね。自分で女の子っていうのは、ちょっとあれだけど。
私が生まれた国では、白や銀の髪を持つものは、それだけで、人と認められなかった。
なんでも、昔、かなり強い魔族だか、魔物だかと戦争が起こって、勝利はしたものの、死に際に国に呪いが掛けられたんだとか。ある年齢というか、ある程度まで成長したところで、同じような魔族になってしまうという呪いらしい。
もちろん、確認した人はいない。その倒された魔族は非常に強かったようで、二度と戦いたくないと思えるような相手だったかららしい。
そんなわけで、まあ、私の髪の色は銀色だったわけだけれど、銀も、白も、似たような髪色だということで、めでたくはないけれど、鉱山送りになってしまったわけだ。
ちなみに、生まれてすぐ殺さないのは、赤子には罪はないという宗教的ななにかの教えと、そもそも労働力というのはいくらあっても足りるということがないという事情によるものだった。
赤子には罪はないって、それはそのとおりだと思うけれど、それなら、白の髪にも、銀の髪にも、罪はないんじゃないの? その呪いとやらを確認したわけでもないのに、本当、いい迷惑だよ。
まあ、赤子をすぐに殺してしまうよりは、ある程度育ててから、奴隷として鉱山にでも送るほうが、人手も増えるし、奴隷を送ったということで報酬も出るし、得なのかもしれない。
一応、呪いが広がることがないように、一ヶ所に押し込めるという名目を掲げてはいるみたいだけれど。
だからなに? って感じだ。
「はあ」
私は、周りで同じように働いている――労働に従事させられている子たちを見て、溜息をつく。
今の時間、監督である人間はいない。ただし、規定時間までに仕事が終わっていなければ罰があるため、皆、喋りもせず、食事や水もほとんどとらずに、黙々と――は嘘だね、鬱々とした様子で、残骸を入れた荷台を押したり、スコップを突き入れたり、出てきた魔物の相手をさせられたり(大抵は壁役で、魔物自体は監視役の人間が持って行く)している。
もっとも、そんな時間はすぐに終わり。
「おい、五四七番、手が止まっているぞ」
容赦なく、私の身体に鞭が打たれる。
慣れつつあるとはいえ、痛いものは痛い。
手が止まってるって、当たり前でしょ。この肉体の年齢なんて十歳だよ? 名前はないけれど。
けど、ここで、作業能率も下がるし、なにも良いことなんてないから、なんて言ったとして、聞き入れられるはずがない。
まあ、一応、言うだけ言ってみようか。普通に。
「あの、作業の効率を上げて、生産性を高めるために、提案したいことがあるのですが」
こんな、暗い雰囲気の中で作業なんて、いつまでもやってられないよ。
「お――」
「成果が増えれば、あなたの評価も上がるのではありませんか?」
耐性のない、あるいは耐性の低いものはどんどん調子を落とすため、ある程度以上に抵抗を持つ者だけが送られてくるのが、この鉱山だ。
いろいろと制約をかけられているから、目立った反乱こそ起きないけれど、やる気になれば、戦争における一番槍だってこなせるような集団だ。もちろん、戦い方は、爆弾持っての特攻だろうけど。
つまり、鉱山の希少性、有用性に比べて、送り込むことのできる人の質や人数に厳しい制限が掛けられているのがこの場所だ。
奴隷だって、無料じゃないからね。
いや、給金が発生するとかそういうことじゃなく、働けるようにするために、それなりに費用が掛かるという意味で。
どこかからか連れてくるにしても、育てるにしても、費用がまったく掛からないわけではない。それでも、まともに人を雇うよりは安く、見た目上は反抗できないようにされるから、使い勝手としてはいいんだろうけれど。
「口答えするな!」
たかが奴隷、たかが女、そんな相手にひと言言われただけ、それだけのことが随分と許せなかったらしい。いや、ひと言じゃないか、二言、三言以上は喋ったかもしれない。
なんにせよ、大したことじゃないと思うけど。
鼻の骨でも折れたか、鼻血が止まらないね。
「おまえらも作業の手を止めるんじゃない」
いくらまともな食事も与えられていないとはいえ、肉体労働に従事している十人以上が寄ってたかれば、鞭の一本持っていても、制圧は可能だと思うけど。
技とか、力は必要ない。ただ、大勢で囲んで、圧し潰せば済むことだし。
もっともここで、監視役の一人潰したくらいでは、なんの得もないし、今のこの場所すら失うかもしれない、無駄に痛い思いとかはしたくない、と考えている人たちが大半だろうから、そんな反乱は起こりようもないのだけれど。
鉱山で二年働いた後、私は売られた。
まあ、奴隷だからね。しかも、私は女で、見た目もそれなり。
ただ、奴隷商の人たちは、自分たちが物扱いしている奴隷を抱くことはプライドが許さないのか、あるいは、傷ものでないほうが高く売れると考えていたからなのか、手は出されなかったけれど。
奴隷は売られると、主人に逆らうことがないよう、魔法で命がリンクさせられる。ようするに、主人を殺そうとすると、自分も死ぬという呪いの類だ。
弾くこともできたけれど、下手に目立ちたくはないし、最悪、この身体だとそのまま死ぬ。
だから、まあ、さすがに鉱山で使役されるよりはマシかなと思って、魔法のこともあるけれど、私は買われたその男について行った。
「こんなに小さいのに、さぞ、辛かっただろうね」
などと、おそらくは、偽善ではないのだろうけれど、私をその屋敷に住まわせてくれることにしたらしい。
貴族としての体裁のためか、養子という扱いではなく、使用人という立場ではあったけれど。私も養子などという面倒な立場を望んではいなかったし、それはどうでもいい。
ただ、その男は奴隷を買うという契約がどのようなものなのか、きちんと理解してはいなかったようだ。
私は、鉱山などで働いていた奴隷としては、使用人の仕事がまともにできるほど優秀だと言われ、もちろん、表立てるような存在ではないので、あくまで、館の中だけということではあったけれど、それなりに、まともに扱われてはいた。
働く人たちは、最低限、人並みの感性はあったようで、いじめや差別はなく、むしろ、危機感が足りていないんじゃないかと思えるくらい、不用意に私に甘かった。
しかし、その日、邸宅に賊が入り込んだ。
普通は入ることはできないのだけれど、その日は運悪く、町で祭りがあったみたいで。
そういう日こそ、用心するべきなんだけどね。
私が駆けつけたときには、すでに遅く。
「逃げろ!」
なにを馬鹿なことを言っているのだろう。私を買ったその男は、私に逃げろと言う。
逃げる意味はない。
なぜなら。
「ぐっ」
私の心配をするなら、自分が逃げるべきだったんだ。
だって、今の私は奴隷で、買ったその男が主人。
売買時の契約により、主人が死ねば、私も死ぬ。契約を誰かに譲渡していない限り、必ず。
いや、べつに主人が悪いというわけではない。ただ、逃げても意味はないというだけで。
仮に、契約の魔法を弾いたとして、肉体的な能力だけならこの暗殺者のほうが私よりも上であることは明らかだ。子供とはいえ、顔を見た私に容赦はしないだろう。
呆気なく殺された主人に倣い、私の命もそこで尽きた。




