十二歳 生徒会の仕事
「やっぱりここか……」
生徒会室に案内された私は、思わずため息でもつきそうになった。
予想はしていたし、理事長室かの二択だとは思っていたけど。
「どうかした、アリア?」
「なんでもありません」
ただし、フィリージアは気がついていないみたいだし……さすがに、学生レベルじゃあ仕方がない。というか、そんなことで気がつかれる程度のことにはしていない。
それでも気がつかれたなら、その代の生徒が優秀だったということで、まあ、仕方ないとするしかないのかな。私だって、必ず、その瞬間にこの世界にいられるかどうかわからないんだから。
いや、その場合は、呼ばれるかもしれないけど。
「他の役員の方はいらっしゃるんですか?」
「いいえ。それはこれから私たちで選ぶのよ」
まあ、選挙がないなら当然か。
これも、まあフィリージアが貴族家だから言えることだけど、将来的には自身の側近とか、使用人とか、あるいは、貴族じゃなくても、一緒に働く相手なんかを選ぶ目を養うって意味でも必要な工程なのかもしれない。
ていうか、私が一番最初だったのに、あんな誘い方したのか。いや、だからこそ、人数はぼかしたのかな。
「それで、新入生の私を一番最初に選ぶって……まあ、先輩の言っていたとおりなら、だいたいの当てはあるようなので、心配はいらないということですか」
それにしても、普通は同学年が先なんじゃない? とは思うけど。
「フィリージア先輩は三年生ですよね? なぜ、最初に三年生の方を誘われなかったんですか?」
「だって、生徒会は自薦他薦問わずなのよ? それで、三年生ともなれば、生徒会の活動もどういうものか、ある程度はわかっていて、それでも立候補がいないということは、やりたい人もいないってことでしょ? どうせなら、やる気のある相手と一緒にやりたいじゃない」
それはそうかもしれない。
打算はあったにせよ、私も自分で決めたわけだし。
「私には推薦できるような相手の心当たりはありませんが」
あえて言うなら、ロレーナだけど、もう必要ないし。
ほかのサークル有志みたいに、宣伝して、呼び込み、みたいなこともしないんでしょ?
入学したばかりで、クラスの子とも少しは話をするけど、いきなり、生徒会に勧誘して了承をもらえるような仲でもない。話しといっても、挨拶程度だし。
内面ということなら、もっとわからない。
個人的には、話をしなくても、皆が楽しそうにしているのを見ているだけで満足していたけど。
「それは一年生でもあるあなたに責任を負わせたりしないわ。私がしっかり見るから大丈夫。もしいたら、って程度だったから気にしないで」
「そうですか」
そういうことなら、任せておこう。
決して、私が余計な仕事をしたくないからってことじゃなくて、餅は餅屋というか、できる人に任せたほうがうまくいくからね。
「ほかの役員の方はどちらにいらっしゃるのですか?」
ロレーナが部屋の中を見回しつつ、聞く。
見た感じ、ほかに人はいないし、気配もない。
「まだいないわよ。学期初めだもの。これから勧誘するのよ」
つまり、私たちが初めだったということか。
いや、もちろん、フィリージアが一番初めであることは間違いないんだけど。
理由的にも、目をつけやすいからね。
フィリージアは今三年生で、去年も生徒会をしていたということだから、生徒の情報をそれなりに掴んでいるだろうとはいえ、学年の違う二年生はなかなか難しいのか、それとも、目をつけていた生徒は既にほかのサークルなんかに所属しているとか、事情があるとかだったりするのか。
「そうねえ。あなたたちが一気に二人も入ってくれたから、あと、二、三人、四人くらいってところかしら。心配しなくても、そっちは私がやるから大丈夫よ。声をかけるなら、上級生の私のほうが適任でしょ」
まあ、普通は、一年生に勧誘されて、はい、やります、って素直に頷けるかっていったら、なかなか難しいかもしれない。
私もフィリージアも公爵家の娘ではあるわけだけど、ここではそういったものは無暗に振りかざしたりしないし。
「それで、仕事というのは」
「紅茶を入れるのと、お菓子を焼くのと、面白い小話でもして場を盛り上げることかしら」
帰っていいかな。
近くのスイーツ店と、劇団でも呼べばそれで解決するでしょ。
フィリージアは肩を竦めて。
「それとはべつに、各クラブの予算だったり、会計報告だったりをまとめたり、問題が起きたらそれを検分しに行って、査問会を開いたり、解決できそうなら解決して、行事、ようはお祭りね、そのときには率先してそれを盛り上げたり、あとは、先生方との折衝とか、やりたければ、なにかイベントを考えて主催してもいいわよ。もちろん、予算内での話だけど」
ようするに、生徒の代表、補佐会ってところかな。雑用とも言うけど。
「フィリージア先輩は御自身で立候補したんですか?」
「ええ。面白そうだったから。人の上に立って、思いどおりに踊ってくれるのを見るのが」
こういう人を上に立たせたら駄目なんじゃないの? いや、公爵家だから上に立つことは決まっているのか。
それが、マルグリート家なりの、帝王学ってことなのかな。
ともあれ、民にとって――この場合は生徒にとって、良い主なら問題ないわけで。
「冗談よ」
フィリージアはすぐに笑って言い直した。
「立候補したのは本当よ。立候補というか、今のあなたと同じ、頼まれて断らなかっただけだけれど」
それは、先代の生徒会とか、あるいは、教師からってことなんだろう。
とはいえ、引き受けるという道を選んだのはフィリージア自身なんだから、同じようなものだろう。
「実際、楽しいわよ。自分の働きで生徒たちが充実した学院生活を送れるのは。もちろん、私は手助けしているだけで、多くは、その生徒個人個人の頑張りの賜物なんだけどね」
なるほど。たしかに、生徒会長を務めるだけのことはある。
前身だろう、孤児院を設立したのと似たような思想で動いている。
「優秀な人材がいたら、その子も引き上げてあげたいし。ほら、この前、公爵家が一つ、降格というか、実質、取り潰しになったでしょう?」
「ベンジャミン家、のことですね」
この前というか、二年前のことだけど。
当主であるアドルフ・ベンジャミンにはなにも問題はなかったけど、息子であるカイゼル・ベンジャミンのほうが革命というか、暴動に加担していたからね。当主もその責任を取る形で、国外とまではいかなかったけど、地方に左遷になった、というか、自身でそれを望んで行ったみたいだし。
ちなみに、その件には、ヴィレン・ユーイン、つまり、父の弟も反体制側として関わっていたみたいだけど、その暴動を積極的に前に出て解決したのが父と母だったことと、私とイシスが誘拐された、被害者になっていたこと、それから、まあ、国への貢献度具合とか、詳しくは知らないけど、いろいろとあって、ユーイン家自体には、問題はない、とされたらしい。
「ごめんなさい。すこし、無神経だったかしら」
「いえ。私はもとより気にしていませんから」
まあ、騎士団まで動いて、家一つ取り潰したんだから、知ってる人は知っていることだろう。私とイシスが被害に会ったこととか。
もっとも、当時の私たちの詳しい様子までは、秘匿されているみたいだけど。
ともかく、そんなわけで、現在、ファルバニアの公爵家は一つ、空席になっている。もともと、数が決まっているものではないけど、有事の際のリーダーとなれる人は必要だ。




