十二歳 学長の頼みは断る
そして、翌日には採点結果が出て、受付で成績表も渡される。
各項目の試験の点数が並列表記されている、まあ、よくあるあれで。
「アリアさん、ですね」
身分がまったく気にされないということはないけど、それは、授業や成績に差がつけられるとか、施設が優遇されるとか、そういうことじゃない。
だから、公爵家だろうと、敬称は省略されるし、それはどうでもいいんだけど。
「まずは、こちらをどうぞ」
まずはって、なに。
封のされたレターボックスを渡され、嫌な気はしたけど、恐る恐る開いてみると。
「さすがですね、お嬢様」
ロレーナは自分の成績表を受け取る前に、私の成績表を見て驚嘆というか、称賛する。
満点で一位だからね。ダンスとか、楽器とか、個人の感性によるところが大きいから、満点はないだろうと思ってたんだけど、五百点満点中五百点。
いや、まだわからない。試験があれだったんだから、きっと一位は私だけじゃなくて、ほかにも同率で一位の生徒がいるはず。
「学長がお待ちですので、学長室へ向かってください」
いや、もう帰りたい。
べつに、成績が良かったことを、謙遜するとか、そういうことはしないけど、すでに面倒な雰囲気なんだよね、学長室に呼ばれるとか。
ただ単に、特待生の件に関する話ってわけでもなさそうだし。
「入学の手続きだけ済ませて、帰ったら駄目かな……」
「駄目に決まっています。誉高いことですよ」
だから、名誉とか、そういうのはいらないんだよね。
「だって、この後の流れは簡単に予想できるよ。入学式の挨拶とか任せられたり、学生会に勧誘されたり、学年代表とか、面倒な役割を押し付けられたりするんだよ」
ロレーナの主人としてふさわしい点数とか、試験が簡単すぎたとか、その程度の試験でほかに同率もいなかったことに心配になるとか、まあ、思うところはいろいろあるけど。
それにしても、実技まで満点なんて。採点者の感性によるところが大きいんだから、もうすこし、加減してくれてもいいのに。
「とはいえ、行かなかったら行かなかったで、それはそれで面倒なことにもなりそうだから、一応、行くだけは行こうか」
ため息が漏れる。
憂鬱だ。
でも、事前に合格点のボーダーを知ることができたわけじゃないし、わざと間違えられるような試験でもなかったから、白紙で出すっていうのも、さすがに不自然だし。
「アリア・ユーインです」
学長室の扉を叩くと、すぐに中から入室を許可する声が響いた。
「失礼いたします」
「これはこれは」
人の良さそうな、白く染まった髪と髭を蓄えた、片眼鏡の男性が、にこやかな笑みを浮かべていた。
「メレディア学院、学長のローゼスです。歴代最高得点での入学者にお会いできて、誠に光栄ですな」
そりゃあ、満点なんだから、歴代最高得点だろうね。それ以上がありえないんだから。
それにしても……いや、いくら、事前に独力(あるいは、家庭教師とか)で勉強していることが前提で、試験があったとはいえ、学ぶことで実力を身につける、そのために学院に通うんだから、現時点での出来なんて、気にすることじゃない、はずだ。
「お話があるとうかがったのですが」
「アリアさんの解答はどれも素晴らしいものでした。ただ、正解を答えられただけではない。とくに、一番最後の問題は、どれも、未解決のものであり、解けるかどうかではなく、そういった問題に直面した際、どういったアプローチをするのかということを見定めるためのものでした」
教師側でも、正答者が出ることを望んでいたわけではなかったみたいだね。
いや、望んではいたのかな。ただ、期待はしていなかった。
つまり。
「それを、入学段階の、そのお歳でここまで整然とした解答をなさるとは。この学院、ひいてはこの世界でも、明るい未来が見られる気がします、いえ、見られることでしょう」
この人は、本気で言っている。
自分の出世や名声なんかの欲望とか、そういうことのためじゃなくて、純粋に、この学院のためを思っている。
学院のためということは、初代からの意思を綿々と受け継いできてくれているということでもあって、それは純粋に嬉しいんだけど。
「ですので、ぜひ、学生会へ推薦させて」
「辞退させていただきます」
ローゼス学長の言葉を遮り。
「お褒めいただけたことは嬉しく思います。それでは、失礼させていただきます」
「お、お待ちくだされ!」
あまりにも必死な感じだったから足を止めたけど。
「学長。私にも私の目的があって、この学院へ入学することにいたしました。そのためには、学生会などの仕事をしている暇はないのです」
あとは、そんな肩書なんて、面倒だからね。
部活だとか、委員会だとか、そういうものに所属しなくちゃいけないって決まりもないんでしょ?
もちろん、協調性なんかを育み、人脈を広げ、みたいな効果もあるんだろうけど、そういう枠があるのなら、ぜひ、別の人の機会に繋げてほしい。私にはべつに必要ない。
「その目的とおっしゃるのは」
「他人に話すことのできるものではありません」
学長が、ええー、って顔をする。
学院に入学しておきながら、そこで目的があると言っているにもかかわらず、学長に話すことができないって、普通に考えて、意味がわからないからね。
「私が一人で成し遂げなければならないことですので」
成し遂げるというか、確認のためと言ったほうが近いんだけど。
とはいえ、たとえ口伝でも、残さないほうがいい。自力で辿り着いたなら……それは、まあ、仕方ないというか、あれだけど。
「……わかりました」
ローゼス学長は、すごく残念そうというか、落ち込んだ様子で、肩を落としてしまっている。
「……私にできる範囲でよろしければ、助力は惜しみませんから」
だから、そう付け加える。
もともと、子供たちの様子を見ることが目的だったし、それは、教師の手伝いをするということでも、同じような意味であるはずだ。
それに、所属して仕事なんかをするのは面倒だし、権力的ななにかも全く不要だけど、おそらくは、この学院でも優秀な子たちが集まるだろう生徒会に関わることができるというのは、意義がある。
もっとも、注意する必要があるという意味では、より実力者である、教師のほうが危険だろうけど。
「それは頼もしいですな。ぜひ、よろしくお願いします」
ちょっと弱いかもしれない。そして、私が促した感じになってしまったから、ルール違反かもしれない。
でも、ローゼス学長、つまり、この世界の住人から頼まれるという言質はもらった。
これで、多少は無茶をしても問題はない、かもしれない。
もちろん、そんな事態にはならないほうがいいんだけど、それでも、介入するための口実としては利用できる。
「失礼いたしました」
学長室を出ると、ロレーナは待っていてくれて。
「心配しなくても、問題があるようなことはなかったよ」
少なくとも、普通にしていれば。
「そうですか」
ロレーナも、そんな心配はしていなかったみたいだけど。
「入寮の申請も済ませておきました。二人一部屋ということでしたので、丁度良かったです」
「ありがとう、ロレーナ」
ほかに、注意事項なんかをいくつか確認して。
とはいっても、気にするべきでもないようなことばっかりだけど。
バイトをする前には申請するとか、カジノには出入り禁止だとか、生徒証の再発行は手続きが面倒だから注意するようにとか。
「それじゃあ、とりあえず、寮の部屋に行こうか」
授業も始まっていない段階で、やることもなにもないからね。
学期も始まってないし、生徒が活動しているということでもなさそうだし。




