十一歳 注意してくださいね
「それから、これは一応注意しておいたほうがよいことかと思いますが、横やりなどには気をつけてください」
もちろん、切磋琢磨できるだろうという意味ではそう否定するものでもないかもしれない――できるものでもないのかもしれないけど。
「たとえば、ほかのどなたかから同じような提案がなされるといったような」
将来的には、学び舎が増えるというのは喜ぶべきことかもしれないけど、最初はものは試しとなるはずで、一つの場所から始めることになるだろう。
その場合、経営権というか、責任者という立場を、ほかの誰かに握られる可能性もあるということだ。
「将来的にはそれでもかまわないのでしょう。むしろ、広まってくれるなら、それはそれで、良い環境、適度な競争が生まれるという意味では、歓迎するべきことかもしれません。ですが」
「わかっているわ。手柄を横取りされるのは悔しいものね」
それから、自分で主体的に関わることができていないと、言い方は悪いけど、駒にされる可能性が高まる。
あとは、まあ、権利とかなんとか、面倒なことを言い出す輩も出てくるかもしれないから、そういったことはきちんと、たとえば、レインディア姫の御父上である国王陛下とかに許可をもらうとか、相談することは必須だろう。
「それから、武術とはなにも直接戦うだけではありません。たとえば、武器の作成や、指揮官のような兵法の学び、情報の収集、ようは諜報活動ですね。ほかにも――」
「ちょ、ちょっと待って、アリア。それはやっぱり、私が考えないといけないと思うの」
レインディア姫がそう言うのならやめるけど、人生なんて短いんだから、やりたいことが決まっているなら、その他のこととか、周りのことは、誰かと分担したほうがスムーズなんじゃない? 簡単に言えば、考える役と実行する役で。
もちろん、レインディア姫がどんな強さを求めているのかってことはあるだろうけど。
「わかりました。では、これ以上は相談されたときにいたします」
あんまりやりすぎると、周囲の国から戦争を仕掛けるつもりで、その準備、軍備増強中なんだとかって誤解を受けかねないけどね。言いがかりであっても、自分たちの国より伸びてくるところを叩こうとするって話はいくらもある。それは、相手が騎士の国と誉高いノーヴィアであっても同じことだ。
でも、そういうことは、他国からの留学生なんかも受け入れることである程度解消できる。
まあ、武術はともかく、諜報活動の鍛練なんて、他国と共有するのが正しいとは言えないけど。
その辺は、私が考えることじゃない。
せっかく、魔王軍もいなくて、滅亡の危機とかってことでもないのに、くだらないことで喧嘩するなとは言いたくなるけどね。
ある程度の競争は良くても、過剰な闘争や執着になると、迷惑とか、被害のほうが上回るから。
「それに、将来、ほかにやりたいこともできるかもしれませんし」
レインディア姫はまだ十四歳。
まあ、王家の息女と考えると、決して早すぎる思い立ちとは言えないけど、ほかにやりたいことや興味をもつことなんて、いくらでもできる年ごろだ。
とはいえ、私は今はファルバニアの公爵家の娘ということにはなっているわけで。
「そうよね」
「もっとも、それらはマーク殿下に嫁がれたとしても、できないことではありませんが」
一応、嫁ぎに来るって話なんだよね? これから、婿に行くって話じゃなくて。
「婚姻が成ったとなれば、表立っての支援も受けやすくなりますから。人出の問題も解消しやすくなるはずで、物資や土地なども調達しやすくなることでしょう」
むしろ、ファルバニアも参加するのならと、周辺国もこぞって支援者に立候補してくるかもしれない。すでに、魔塔という実績を残しているわけだから。
それに、マーク王子は他人のやりたいことを最初から否定するような、狭量な男子でもない。
そもそも、本人だって、王子の仕事から逃げ出したことがあるくらいだからね。
「もちろん、選択肢の一つとして、という話ですので」
「そうね……」
レインディア姫は考え込むように黙り込んだ。
「帰ってから、お父様とかお母様に相談してみることにするわ」
「それがよろしいかと」
国を挙げての事業になるなら、というより、王女の事業なんだから、必然そうなるんだろうけど、両親には報告が必要だということは間違いない。
「ありがとう、アリア。相談に乗ってくれて。大分、開けた気がするわ」
「お力になれたのなら、幸いです」
結局、大分相談に乗ってしまったけど。べつに、誰が損するわけでもなさそうだし、かまわないよね。
「アリア、レインディア姫」
頭上から声をかけられて、顔をあげると、クリスティナ王女が着替えていない、寝間着のままの姿で手を振っていた。
「早いのね。そんなところでなにしているの?」
「そ――」
私が答える前に、クリスティナ王女はテラスの手摺からその身を乗り出して、そのまま飛び降りてきた。
「クリスティナ王女」
「いいでしょ、このくらい。そんなに高いわけでもないし」
そういう問題なのかな? まあ、私はクリスティナ王女の付き人ってわけじゃないし、本人に任せていて問題はないか。
ただ。
「姫様!」
ほら。
「危険なことはお控えくださいと、申し上げておりますのに」
すぐに見張りの騎士の人がやってきて、私たちにも一礼してからクリスティナ王女に小言を伝えていた。
「なにかあっても、アリアがいたから大丈夫よ」
「そういう問題ではございません。また、王妃様に怒られますよ」
王妃殿下に怒られる。しかも、また。同じことばかりしているわけじゃないとは思うけど。
騎士団の人たちの苦労が目に浮かぶよ。それと、王妃殿下のことも。
「あなたたちが黙っていれば大丈夫よ」
クリスティナ王女はしれっと言い切る。
「いえ、仕事ですので、しっかり報告させていただきます」
盲目的に従っているだけの従者よりは、こういう関係のほうがいいよね。
「もう、私は平気なのに」
騎士団の人たちが去っていってから、クリスティナ王女が頬を膨らませる。
「王女殿下。大丈夫かどうかということ以前に、子供が窓から飛び降りたとすれば、心配になるのは当然かと」
魔法はある意味では万能かもしれないけど、絶対的なものではない。
たとえばだけど、今、外から魔封石が飛んできていたりしたら、飛行魔法による制御を失って、落下事故を起こしていたかもしれない。
もちろん、そんなことは天文学的な確率だとしても。
見た目的には、まだ五歳とかそこらの女の子だってことを、もうすこし、自覚するべきだよね。私に言えたことかどうかは微妙だけど。
まあ、城の敷地内だし、私もすぐ下にいたし、騎士の人たちの目も届く範囲だったし、外敵がいたわけでもなく、危険はほとんどなかったから、マーク王子とかよりは大分ましだけど。
「わかっているわよ。それで、二人は朝稽古かしら? 精が出るわね」
「レインディア姫はそのようです。私はただの見物人ですが」
一応、ダンスの練習に付き合ったりはしたけど。
私としては、特別、トレーニングをするつもりで出てきたというわけじゃない。
「そう。でも、多分、もうすぐ朝食よ。二人とも、時間を気にしていなかったんじゃない?」
言われてみれば、というか。
「それを言うなら、あなたも寝間着のままじゃない、クリスティナ王女」
そう言うレインディア姫も、そのままの格好で朝食ってわけにはいかないだろうけど。
「お二人とも、余計な面倒が起きないうちに、早く戻ってくださいね」
私は二人を部屋へと急がせた。




