プロローグ その11 革命家ジーナ
富める貴族と飢える庶民に二分された社会構造。
選挙権は高額納税者のみが保有し、法案の決定権及び法律の決定権は国王のみが持ち、出版物は検閲され、いつでも出版の停止が可能。
十人以上の集会の類は禁止され、議会以外の政治結社はもちろん違法。その議会に所属するのも上流富裕層の身であり、警察や裁判所は世襲制。
貴族の罪は見逃され、歯向かう輩は即逮捕。
数え出したらきりがない。
こんなものは、到底、国家とは呼べない。
鬱屈とした、どころではない思いは、この国の国民の誰も――国民の大多数を占める庶民の多くが抱いていた。
「ありがとう、皆。でも、いつでもやめていいんだよ。むしろ、土壇場になって慮外の行動を取られるほうが困るから」
国は、一部の貴族が動かしているわけじゃない。貴族だけで成立しているわけでもない。
もちろん、その他大勢の庶民だけでも動かない。
両者がそれぞれの役割を果たすからこそ、成り立つのだから。
この国では、貴族という制度自体を即座に廃して問題なく運営ができるほど、しっかりとした体制が築けているわけではない。
今すぐ貴族を打倒して、それじゃあ、明日から身分なんて関係ないからよろしくやっていきましょう、なんてことにはならない。
だから、貴族という制度自体は必要だ。その名前が嫌なら、議会でも、市長でも、なんでもかまわない。
問題なのは、いろいろあるけれど、特権階級だという意識を持ってしまっていることに帰結するだろう。
つまり、貴族への意識改革だ。私たちの起こす革命の促すところは。
「商人との話はつけてある?」
「唯一、信頼できる大貴族からの口利きで、流通は制限しています」
この国の貴族は、大抵、自分の領土をいかに広げるか、いかに税収を増やすか、そんなことばかりを考えていて、その下地に目がいっていない。
物資の流通は、国際社会に参加するために必要不可欠であり、とくに、食の部分を担っているのが、自分たちが蔑ろにしている庶民だということに気が向いていない。
もちろん、そういう貴族だけではない、と言い張る者もいるだろうけれど、口にしているだけで、対象の人たちに還元されていなければまったく意味はない。
まさに、旧時代的な貴族像そのもののお貴族様が運営しているのだ。
「それにしても、ジーナはよく貴族のやつらの動向とか、思考とかが読めるよな」
「本当は貴族なんじゃないの? 頭も妙に切れるし」
「でも、ジーナだったら、俺たちの生活もまともにしてもらえそうだと思わせるよな」
同志――といっても、集会などが禁止されているため、実際には飲み仲間程度の関係だと思われているだろうけれど――からの追究を軽くいなして。
「私の生まれはよく知っているでしょう」
この世界では、この町の路上で生きてきたよ。
幸い、自分ひとり生きていくのに困らない収入に関しては、問題ないと思っていたし、実際、そのとおりだったからね。
「いや、あれを普通の孤児と言い張るには無理がある」
「この国じゃなけりゃあ、なんか、そういう娯楽的なところで店が持てたんじゃないか?」
「間違いないな」
私が収入を得る方法は、もちろん、窃盗なんかじゃなく、大道芸だった。
この国では、庶民の間にあんな娯楽は普及していない。そもそも、日々を暮らすのに精一杯で、遊びの余裕がないからね。
だからこそ、私が空き瓶でジャグリングを披露したり、借りてきた楽器を演奏したり、一人芝居を繰り広げたりすれば、毎度のように見物客が集まって、逆さまにした帽子の中に十分過ぎるほどの硬貨や紙幣が集まった。
あくまでも、私が勝手にしているだけで、多分、金銭を落としていってくれた中の貴族たちは、私が孤児だということは知らなかったんじゃないかな。身なりは、それなりだけど、整えてもいたから、どこかの家の子がはしゃいでいるなあくらいに思ってくれていたのかもしれない。
「とにかく、最後まで油断しないこと。今はまだ、私たちの立場なんて、薄氷の細道の上にしかないようなものなんだから」
そよ風であっても、簡単に飛ばされてしまう程度のものだ。
それほどまでに、王党派の権力、武力は強い。
だから、今は慎重に物事を進めるしかない。
万事うまくいけば、一年後くらいには蜂起できるだろう。
そのためにやらなくてはならないことは多すぎるくらいだけれど、本当は、一年だってかけたくはない。
けど、今のこの国における庶民の立場なんかを考えたなら。どれほどうまく事が運んでも、そのくらいの時間はかかるだろうと試算している。
それに、時間をかけたほうが、もちろん、横暴な政治に従わなければならない時間が長くなることは事実だけれど、より強固な関係と信頼を築くことができるだろうからね。
それからの一年間。
私は旗印として、皆を主導しつつ、根回しを行った。
大道芸というのは、うまくやれば、貴族家にも興行として招かれることがあるのはわかっていた。
それで、着実に関係を築き、大変ではあったけれど、ゆっくりとこちらの考え方を浸透させていった。
今でも協力してくれる貴族がそれほど多いわけではない。協力してくれたのは、現状の王体制に疑問を持つ、ほんの一握りの貴族だけだ。
けれど、それでも十分。現在の社会体制になんの疑問も抱かず、特権を享受しているだけの貴族なんて、引きこむだけ損をする。腹の中に爆弾を抱え込むようなものだし。
この社会にわずかでも疑問を持つ相手を、その疑問を世論の一端にまで促進させることこそ、私たちのするべきことだ。
結局、王家による支配とはいえ、数々の弾圧を王家だけで行えるはずがないからね。
そうして、情報収集や、監査局、出版局、軍部の一部――さすがに全部は無理だった――とも、ときに情に訴え、ときに秘密を握り脅し――説得し、ときに色仕掛けを、またあるときには酒の席を設けたりと、できうる限りの手を尽くして、話をつけ。
「もう王家の耳にも入っているだろうね」
ここ数か月は、情報をあえて規制しなかったから。
私たちは、なにも、現在の国家元首の転覆を望んでいるわけじゃない。
そうであるなら、最初から篭絡する相手を国家の軍に定めている。わざわざ、遠回しな手回しなど必要ない。腰のもので脅しつければいいだけだ。
しかし、それではなにも変わらない。相手に、現状をはっきりとわからせなければならない。そして、それを私たちの戒めにもしなければならない。そうしなければ、歴史が繰り返される。
「では?」
「そうだね。明日が勝負だ」
想定どおりなら、もはや王といえど、少なくともこちらとの話し合いのテーブルにはつかなければならないところまできているはず。
これを無視したとなれば、脅すわけではないけれど、国家は消滅する。正確には、地図には載っていても、国家としては成り立たなくなるだろう。
とはいえ、相手は軍隊を所持しているからね。しかも、周辺国家では最強と名高い。いくらなんでも、それと喧嘩はできない。
そこまで短絡的ではないと思いたいけれど。
その交渉のテーブルで。
「な、に、を……」
話し合いをしようと、席に着くように促され、私が着席したところで、腹部に鈍い痛みが走った。
見えはしなかったが、国王の手にしている拳銃から煙が上がっているところを見るに、おそらく、撃たれたのだろう。
「おまえたちが革命と呼んでいるそれは、実質的には、おまえ一人で成立させているものだろう、ジーナよ。カリスマが一人で引っ張るものであるのなら、その一人を潰せば済む話だ。私は今までおまえたちの活動を止められなかったわけではない。止める必要性を感じていなかっただけだ。それでも、おまえのカリスマだけは、危険に値する」
まさか、市井の状況をなにも理解していないのだろうか?
私一人失ったところで、いまさら、この流れが止められるものか。
「止まらぬと思っているな? だが……いや、すでにおまえには関係のない話だったな」
現国王がなにをするつもりなのか、直後の二発目で頭を撃ち抜かれたらしい私には知る由もなかった。




