十一歳 案内の取次ぎを頼まれる理由
◇ ◇ ◇
「レインディア姫に王都の様子を案内したいのだが」
マーク王子からそう提案された。
「よろしいのではありませんか?」
というより、なんで私にその許可を求める必要があるの?
私の役目は、たしかに護衛かもしれないけど、町にデートに出かけるというのなら、ついて行くだけだ。
二人きりにしてほしいから協力してって話でもないみたいだし。
「許可を求めるべきなのは、私ではなく、レインディア姫を相手になのではありませんか?」
あんなことがあったから、外に出たがるかどうかはわからない……いや、あのお姫様なら、気にしたりはしないかな。
「レインディア姫なら、部屋にいらっしゃると思いますよ」
護衛で、同じ部屋に寝泊まりしているとはいえ、ずっと一緒に行動しているわけでもない。
生活サイクルは、できる限り合わせようと努力はしているけど、ぴったり重なるというのは不可能だからね。
「私からの取次ぎを必要とするとも思えませんが」
小学生とか、中学生が、好きな相手を呼び出すんじゃないんだから。
しかも、マーク王子は男の子だし。王子として、女性のエスコートの方法を習っていないとも思わない。
「ああ、そうだな……呼び止めてすまなかった」
「いえ」
本当はレインディア姫じゃなくて、私に用事があるんじゃないかな? とは、少し感じたけど、マーク王子はなにも言わなかったので、私は失礼しますとその場を離れた。
今回、レインディア姫がファルバニアを訪れているのは、マーク王子との縁談により両国の関係を強めるというのが、理由の一つではある。
もちろん、婚姻まで本当に結ぶかどうかは、オルレイン陛下は無理強いしたりしないような考えみたいだけど。
「外に出られるなんて思ってもなかったわ」
準備をしながら、レインディア姫は期待を抑えきれない様子でいた。
襲撃があった直後だからね。黒幕というか、派閥の動きも気になるし、狙われやすい街中へ出るというのは、その身をわざわざ危険に晒すに等しい。
しかし。
「問題はありません。そのために私がいるのですから」
当然、毎回完全に私が対応できるというわけでもないんだけど。
とはいえ、この前の実績があるから、オルレイン陛下も許可されたんだろう。あるいは、例の、これも教育の一環とかって考えているかもしれないけど。
「まったく、お兄様はなにをやっているんだか……」
クリスティナ王女はそう溜息をついた後、気を取り直したように。
「じゃあ、私がコーディネートしてあげるわ」
「え? いや、あまり格好は関係ないんじゃ……」
などと言うレインディア姫を強引に鏡の前へと誘導したクリスティナ王女により、着せ替え人形ショーが始まっていた。
「せっかく、等身大着せ替え人形遊びができるんなら、ファルバニアじゃなくて、ノーヴィアのレインディア姫のクローゼットとか、服がたくさんあるところでしたかったわ」
長距離を移動してきているわけだから、レインディア姫の荷物はそれほど多いわけでもなく、服の選択肢もそれ相応だ。
クリスティナ王女のように、クローゼットに端から端までいろんなドレスが並んで掛けられているということはない。
「こんなにたくさんあっても仕方ないと思うのよね。私も成長期で、すぐに着られなくなるんだし。でも、お母様は楽しそうに持っていらっしゃるから」
とはいえ、クリスティナ王女も、完全に迷惑だと思っているわけではないみたいだ。
まあ、うちでも同じような感じだし、言いたいことはわかる。
「ところで、アリアはその格好で行くの?」
「これが一番動きやすいので」
私が持ってきている服の中では、という話だけど。
「それに、そもそも、夜会などではなく、外へお出かけなさるのですよね? 華美な装飾などは必要性を感じられませんが」
なんなら、目立たないほうがいいくらいだ。
とはいえ、それはなかなか難しいだろうけど。
「変装くらいはなさいますか?」
そんなに難しいものはできないけど、前にシャーロックとダブルデートに行ったときみたいに、軽い感じならすぐに済ませられる。
「そうね。そうしようかしら」
目立たないようにするのだから、とはいっても、せっかくのデートだというのだから。
「このような感じでいかがでしょうか?」
レインディア姫の亜麻色の髪をふわふわにして結い上げた。
それだけでも大分印象は変わる。まあ、ここはノーヴィアではなくファルバニアだから、レインディア姫にまで変装が必要だったかどうかはわからないし、服装を無難な感じにまとめるだけでよかったような気はする。
「ありがとう。これだけで随分、印象が変わるのね」
「レインディア姫って、お洒落とかしたことないの?」
隣で髪をツインテールにまとめたクリスティナ王女は、サングラスをかけていて。
それって、逆に目立つんじゃないかな? とは思ったけど、髪はその後でまとめて帽子の中に隠すつもりらしいから、クリスティナ王女の普段の姿しか知らない相手には、十分に通用するだろう。
「だって、お洒落って、私には似合わないもの。それに、鍛練するのには必要ないし」
「似合わないって……レインディア姫は自分のことをわかってないわね。ちゃんと美少女なんだから、お洒落すれば、誰だって振り向くわよ。そもそも、声をかけてこない相手は腰が引けているだけよ」
高嶺の花みたいな感じだよね。
「そもそも、発想が逆なのよ。普通は、お洒落に鍛練は必要ないって考えるものよ」
鍛練って、動きやすさ、機能性重視でやるものだからね。一応、重装備を纏って行動する訓練なんてものもあることは間違ってないけど、それだって、鎧とか、装備の話で、ドレスとか、アクセサリーのことじゃない。
「あんまり目立ち過ぎてはいけないというのが残念ね」
クリスティナ王女が残念そうにため息をつく
お洒落――変装した結果、余計に目立ったんじゃあ、本末転倒だからね。
逆に、それだけ目立てば変な輩も寄って来ないだろう、とも言えるかもしれないけど、それだと、王都の様子を見に出かけるとかって目的は果たせなくなるからね。
普段とは明らかに違う、意識されすぎている様子を案内しても仕方がないだろうし。
「なんだか、この服、落ち着かないんだけど」
「なにを言っているのよ。自分で持ってきた服じゃない」
着せ替えたのは私たち――主にクリスティナ王女だけど、荷物として持ってきていたのはレインディア姫だ。
いつもの、騎士服風の装いじゃなく、そのままお茶会に出ても、清楚なドレスねと注目されそうなものだ。
「よくお似合いですよ、レインディア姫」
「自分はお洒落しないからって、適当なこと言って」
私は護衛なんだから、お洒落なんかしてたら咄嗟に動けないからね。
それに。
「適当ではありませんよ、本心です」
鏡見てるよね?
「大丈夫よ。お兄様は普段、あまり女性と接することがないからあれなだけで、きちんと女性のエスコートの仕方は心得ていらっしゃるから」
さすがに自分の兄をあれ扱いはひどいんじゃ……いや、自分の兄だからこそ、好き放題言えるのか。
あれと言っているだけで察してしまう私も同罪かもしれないけど。
「レインディア姫って、お化粧とかしたことある? アクセサリーは?」
「アクセサリーは、お父様とお母様からいただいたものをいくつか持っているけど」
どうやら、あまり経験はないみたいだね。
もちろん、魔力防御の籠められたアミュレットなどという話じゃない。
「まあ、レインディア姫ならお化粧はいらないかもね」
「そうですね」
そんなことしなくても、十分、美少女に見えるよ。
「……それは、二人も同じじゃないの?」
「まあね」
クリスティナ王女は謙遜するでもなく頷いた。
「そうですね」
私も『アリア』が美少女であることに異論はない。
「さあ、行きましょう。お兄様が首を長くして待っているわ」




