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第一章「虚無の時代」(2)

 ***

 両親にあれだけの啖呵を切った以上、貴斗は後戻りできなかった。

 特に義母である琴葉が許可を出してくれたのだから、できる限りその気持ちには答えたい。

 そう考えた貴斗は夕食後、さっそく自分の部屋に籠もり携帯電話を取り出していた。

「えーっと……『高校生アルバイト』検索して」

 そう携帯電話に呼びかけるなり、検索結果が、連動されている液晶モニターに表示されていく。

「えーっと……。どこも遠いなあ。近場で絞り込んで」

 すると検索結果が目に見えて減っていき、やがてその数は片手で数えられる数になった。

「動画配信者のアシスタントか……」

 どうやら全部同じ業種のようだ。

 この時代、インターネットでの動画配信や投稿は以前よりも活発になっており、その殆どが組織的な物になっていた。人気のある組織はロボットや人工知能を導入している所も多いが、小規模な物となるとそれも難しいため人間を雇っているところもあった。それでもかつての時代と比べ、現代では一般的な仕事として認知されている。

(まあ、ここでいいか……)

 その中のひとつに目をかけた貴斗は早速応募しようと画面を操作する。

 すると早速、モニターが通信画面に切り替わった。

「えっ!? どういうこと!?」

 貴斗は知らなかったが、彼が見ていたwebサイトは直接モニター越しに面接が出来るという手軽さが売りの就活サイトで、最近増えてきている物だった。

「ああ、面接の人?」

 貴斗が狼狽えている中、モニターにはメガネをかけた二十代ぐらいの男性の顔が映し出される。

「えと……アルバイトの募集見て」

「キミ、高校生? いくつ?」

 男性に指摘され、貴斗は自分が制服姿のままだったことを後悔した。

「はいっ、十六歳です!」

「ふーん……。まあウチは歳とかそんな気にしないけどね。それよりも経験だね」

「は、はあ……」

「はあ、じゃなくて聞いてるんだよ。経験あるの?」

「経験、ですか?」

「募集見たんでしょ? ウチは動画配信業だからさ。自分で配信したことあるとか……動画の編集したことあるとか……ないの?」

「……ないです」

 一瞬、貴斗は出任せに嘘をつこうかとも考えたが、専門用語のひとつでも出されたらお終いだ。

「じゃあちょっとねえ……それに高校生ならちゃんと勉強したほうがいいよ?」

「は、はい……」

 そのまま通信は一方的に切断された。どうやら、子供の戯れ言(ざれごと)一蹴(いっしゅう)されてしまったらしい。

「経験か」

 言われてみればその通りだと貴斗は思った。大人に混じって仕事をする以上、なんの経験もなく出来るわけがない。

「やってみるか……」

 そう言って貴斗は動画配信用のアプリケーションを携帯電話にインストールする。後は先程から連動させている液晶モニターに搭載されているカメラとマイクに向かって話すだけだ。

 ……何を?

「そうだよ。何を話せばいいんだよ?」

 至極(しごく)当たり前の問題に突き当たった貴斗はいきなり頭を抱えてしまった。

「そうだ、ゲームの配信とか……。あっ、でも下手くそだし……」

 貴斗はゲームが得意ではなかった。と言うかそれ以前に最新のゲームには殆ど手をつけていなかった。

「漫画の感想とか……いや、でもなぁ……」

 漫画は好きだった。しかし感想を述るほど関心があると言うわけでもなかった。あくまで友人たちが読んでいるものを見せて貰って、「あー面白かったよ」などと語る程度であり、自分の部屋に置かれている物も大概がメジャーな作品ばかりだった。

「…………俺って、趣味ないのかな?」

 あれやこれやと考えた結果、貴斗は思考の迷路に迷い込んだ。もちろん彼とて趣味がないわけではない。先程述べたゲームや漫画だって人並みには(たしな)むし、スポーツだって見るときは見る。だがしかし、その大概は流行っているからやっている程度の物で、特別何かひとつに入れ込むということは殆どなかった。

 そもそも入れ込む物があれば部活に入っているだろうし、部活に入っているならばそもそもバイトをしようとはならないわけで……。

「あああああーーーっ!!」

 貴斗は後頭部を抱えた。既にバイトをしようという目的から遠ざかっている気がしてならない。

「違う……違う。そもそも俺がバイトをしたいのは……」


 貴斗の脳裏に、幼い頃の光景が過ぎる。

 当時住んでいた小綺麗な分譲マンションの角部屋。その玄関で、貴斗と父は旅行バッグを持って突っ立っていた。

『そろそろ行くぞ貴斗。ねーちゃんと母さんにさよなら言いなさい』

 父に促され、幼い貴斗は顔を上げて正面を見た。

 そこにはいつものように機嫌が悪そうだった母と、悔しそうに唇を噛み締めている少女がいた。

『おねーちゃん……』

『…………』

 貴斗の言葉に姉は応えること無く、やがて隣に立っている母を睨み付ける。

『お母さんの馬鹿!』

 そう叫んだ後、姉は部屋の奥へと走って行ってしまった。

 後に残された貴斗はなんだか母の顔を見るのが怖くなり、彼女に背を向けた。だが母はそんな貴斗に対し、何も言わなかった。

『あー……行くぞ貴斗。じゃあ貴美子(きみこ)

 実貴(みき)のことは頼んだぞ!』

『ええ』

 父の言葉に対して投げかけた冷たい一言。それが貴斗が最後に聞いた母の声だった。

 そのまま貴斗は父に手を引かれ、マンションを後にした。それからどこをどう歩いたか、今となっては殆ど思い出せない。

 ただその途中貴斗は、

『ねえ、どうしておねーちゃんと離れなくちゃいけないの?』

 と口を開いたことを憶えている。

 その質問はその日に至るまで、貴斗は何度か口にした。だが父と母はそれに対し、決して答えることはなかった。

『……お父さんは、負けたんだよ』

 この日は違った。

 父はポツリとそう答えた。

 それからしばらく後――


 貴斗はその答えを続きを聞いた。

 後に養母となる琴葉がいる前で、ロボットと人工知能が幅を利かせる世の中に負けたのだと。

「戦わなくちゃ、駄目なんだ」

 追憶から戻った貴斗はそう呟いた。


 ***


 翌朝。あの後、結局バイト先を見つけられなかった貴斗は釈然としない気持ちを抱えたままベッドに潜り込み、こうして通学路を歩いていた。

 世が数十年前であれば、道行くコンビニやファーストフード店にアルバイトを募集する張り紙がひとつやふたつは見つけられそうな町並みも、今の世となってはそれもない。

 窓から店内を覗き込んでも、そこで働いているのは『ユアサ工業』製の『ロボッ太くん』シリーズを始めとするドラム缶型のロボットだけだった。

「……むう」

 見慣れた景色が今日はなんだか忌々しく感じた貴斗は、目を反らすように車道へ視線を向ける。

 そこにも人は乗っているものの、人工知能による運転サポート機能を搭載した自動車ばかりが闊歩(かっぽ)していた。

 そんな中……貴斗の後方から何か奇妙が物体が走行してくるのが見える。

 ふと気になった貴斗が目を凝らしてみると、どうにも時代遅れの自動車が走っているようだった。

『安心! 安全! なんでもござれ!』

「はあ?」

 突然大音量の声が響いたので、貴斗は思わず首を傾げる。どうやらあの時代遅れのワゴン車の上にメガホンのようなスピーカーが付いているらしい。


『株式会社! ”株式会社タカト”をよろしくお願いしまーす!』


 そんな音声を鳴らしながら、自動車は貴斗の横を通り過ぎていってしまう。

「……タカト? 俺?」

 全く関係ないはずの自分と同じ名を呼ばれ、貴斗はなんだか恥ずかしくなった。

 しかし同時に、妙になんだか耳に残る甲高い声だったとも感じる。

「昨日ちゃんと寝たんだけどな」

 両目を擦り、貴斗は再び通学路を歩むことにした。やがてすぐに自身が通う高校の校門が見えてくる。

 異変が起きたのは、下駄箱に入った時だった。

 下駄箱の前で立ち尽くし、何やらキョロキョロと周囲を観察している女子生徒の姿がある。

 身長は貴斗より頭ひとつ分ぐらい低く、髪はショートのボブ。リボンの色から察するにどうやら同じ学年のようだった。

 彼女は貴斗の視線に気付くなり、ハッと口を開け、全速力で近づいてきた。

「な、何……!? 何かした!?」

 驚いた貴斗は、慌てて彼女から距離を取った。

 中学時代、嫌なことがあった貴斗は女子と接触することをできる限り避けていた。だから、こんな女子にいきなり絡まれる理由など微塵もないはずだ。

「お前が、永峰貴斗か?」

 貴斗を認めるなり、彼女は妙に真剣な眼差しを浮かべそんなことを言い出した。

「……そうだけど」

「本当か?」

「嘘ついてどうするの?」

「いや、聞いていた話と大分違うんだ……」

「はあ?」

「ああっ! その! 勝手に期待していた、し過ぎていたあたしが悪いんだ! すまない!」

 少女はなぜか平身低頭、貴斗に対し頭を下げ始める。

 勿論貴斗はなんの心当たりもないので、気まずい思いを感じた。

「あの、ちょっと……頭上げて。みんな見てるし」

「あ、ああ。そうだな」

 少女は頭を上げ、軽く咳払いをする。

「それよりキミ、誰?」

「そうだった。私は皆瀬留依(みなせるい)だ」

「……なんの用?」

「ふっふっふ。ついに準備が整ったんだ。ねーさまが呼んでる」

「ねーさま? キミのお姉さん? その人がどうして俺を呼ぶの?」

「まあまあ、細かいことは気にするな。とにかくこのチラシを持って行け」

 そう言うなり、瑠衣と名乗る女生徒は丁寧に折りたたまれた紙片を貴斗に突きだしてくる。

「じゃあまた後でな!」

 貴斗がその紙片を手に取ったことを確認すると、女生徒は全速力で校舎へと駆けだしていった。

「なんだったんだ……」

 瑠衣の姿が消えていくのを茫然(ぼうぜん)と見送った貴斗は、思わず受け取っていた紙片に視線を落とす。

 とりあえず随分とツルツルした紙なので、ラブレターの類いではないことはわかった。

 貴斗は恐る恐る紙片を広げていく。

 やがて姿を見せたのは、どうやら広告のチラシか何かだった。

 

”株式会社タカト! 安心安全!!

 アットホームな職場だよ!”


「……はあ?」

 貴斗は自分の名前がでかでかと書かれたチラシに首を傾げながら、注意深く観察していく。

 基本的に手書きの紙を印刷したような感じで、妙にポップで可愛らしい文字で書かれているのがなんとも言えない気持ちにさせる。右端にはウサギだか猫だかよくわからない奇妙なマスコットキャラが描かれているのもなんだか不気味である。

 そうやって下の方まで文字を追っていくと、

 

”アルバイト募集中!”

 

 と書かれていて、ようやく貴斗はこのチラシの意図に気がつく。

「あ、アルバイト!?」

 アルバイトの文字にすっかり心を奪われた貴斗だったが、それ以上に彼の情動を突き動かすことが書かれていた。


 ”()()()()() ()()()()


「ね……姉さん?」

 生き別れた姉の名前を見つめながら、貴斗は茫然と立ち尽くしていた。

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