24歳国民的女優の代役が52歳のオッサンだけど、本人いたってポーカーフェイス
「主演、国分涼華に代わり遠藤義勝が務めます」
ネットの前で皆が困惑した。国分は国民的女優だが遠藤は脚本家。しかも52歳のオッサンである。
国分が舞台から転倒、全治2ヶ月の骨折をした。彼女主演の舞台『或る女優の一生』開幕1週間前であった。
主演となれば代わりを見つけるのも一大事。舞台は延期になると思われた。
そこによりにもよって舞台の脚本家が代演するというではないか。無謀。無謀の一言だ。見るも無残な舞台になるだろう。
『脚本家だからセリフは全て頭に入っている』
利点はそこだけだ。だいたい衣装はどうするのだ?
チケットは売れに売れてプレミア価格がついた。
当日。幕が上がると紛れもないオッサンが舞台に立っていた。
不自然に長い髪が頬に張り付き、安っぽくて赤いドレス。太り回った腹のすぐ上に胸がデンデンと2つついていた。
ハイヒールで踏ん張っている。
「幕が上がるわ。これが私の命なの」
野太い声に観客は爆笑した。『或る女優の一生』はシリアスなのに、これでは『シュールギャグ』だ。
目の皺にまで塗り込まれた白粉。唇にピッタリ収まった真っ赤な口紅。長いつけまつ毛がバサバサと叩かれる。ちゃんとしたメイクが余計におかしい。
観客は笑いに笑った。
だが遠藤はポーカーフェイスを崩さなかった。
額から汗をしたたらせ、舞台の端から端までスカートを摘んで走る52歳の男。
幕が進むにつれて笑いは鳴りを潜めていった。
『おかしい……きれいに見えてきたぞ……』
目の前にいるのはどうみてもオッサン。だが彼がセリフを言う度、動く度、仕草をする度、美しい女が陽炎のように立ち昇ってくるではないか。
大詰め、婚約者を亡くしたと知らされた『女優』がそれでも舞台に上がろうとする姿に啜り泣く客が現れた。
「幕が上がるわ。これが私の命なの」
スポットライトに差し伸べられる指先の凛とした美しさ。婚約指輪が輝く。最早永遠に果たされない結婚の誓いだ。
女優は舞台を生き切った。
幕が閉じると万雷の拍手が上がった。誰もが立ち上がり彼の熱演を讃えた。そこにいたのは紛れもない『或る女優』だった。
カーテンコールに現れた遠藤は頭を垂れたままピクリとも動かない。
訝しがる観客の前で涙が滴り落ちる。
どんなに笑われても崩さなかったポーカーフェイスが、グズグズに崩れていた。全身が震える。役者たちがこぞって彼の肩を抱いた。遠藤は泣き続ける。
幕が上がるわ。これが私の命なの。
彼こそ、千両役者だった。
脚本家の三谷幸喜さんがシルビア・グラブさんの代演を務めると言うニュースを聞いて書きました。
なお、実際の舞台はずっと温かな笑いに包まれていたそうです。
【こちらの作品は下記事情により再投稿されたものです】
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