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めんへら母さん  作者: 枯崎情
4/4

4話

「ただいま」




帰宅すると母さんは珍しく酒を飲んでいた。それも今、手に持つ酒で11本目のようだ。




「母さん、飲み過ぎだよ」




僕は机にへばりつきながら酒を飲む母さんに近づき、酒を取り上げる。母さんは酒を追いかけるように起き上がる。




「辰也ぁ~」




僕の帰宅に気づいた母さんは僕を見て、へにゃりと笑い、




「おかえり~、遅かったじゃあないのぉ~」




僕に抱きついてくる。全身の体重を僕に預けてくる母さんを支えながら、なんとか母さんの寝室へと運ぶ。


こんな母さんを見たのは久しぶりだ。もともと母さんは酒が強いわけではないのだが、何かあるごとに母さんはその物事を忘れるため飲酒する。




「母さん、何かあったの??」




僕は母さんを布団の中に入れると母さんに尋ねた。母さんは 暫く考えるかのような素振りで天井を眺めている。




「辰也は…私と学校、どっちが大切なの?」




母さんは人間関係に不安を感じると素直にそう聞いてくる。アルコールが入っているときに限るのだが。




「勿論母さんだよ」




もし、今僕がここで「学校の方が大切」なんて発言でもしたら、明日はそう簡単に学校へは行けないだろう。


母さんからの束縛を緩めるためには母さんの期待に沿った返事をするのが正解なのだ。




「なら、なぜ学校へ行くの?」


「将来、もっともっと母さんを幸せにするためだよ」




母さんはそれを聞くと寂しそうな表情をしたが、すぐに柔らかい笑顔に変わる。




「母さん、今日は飲み過ぎだよ。早く休みなよ」




そう母さんに告げると素直に布団の中で目を瞑る母さん。


どっちが大人なんだか。僕は母さんがそこらじゅうに散りばめている空き缶を拾う。


早く母さんを支えてくれる男性が現れてくれないだろうか。。





翌朝、母さんはまだ寝ていた。僕は自分で弁当を作る。そして、なぜかいつも誠の分も母さんが作っていたので、今日も僕が代わりに作る。


母さんのように綺麗なお弁当はできないが、男の僕にしては上手くできたと思う。




背後でゴトゴトと音が聞こえ、なんだ?と振り返るとフラフラで手で頭を押さえ、機嫌が悪そうな母さんがいた。




「おはよう」


「…」




挨拶をするが返事はなし。


おそらく二日酔いで機嫌が悪いのだろう。これ以上何か言うものなら八つ当たりをされる。


ふとそのように感じた僕は母さんのためにお茶漬けなんかを用意した。


辛そうに食卓の前に座る母さんにお茶漬けを出すと何も言わずに食べ始めた。




僕はその後、お弁当と朝食用のパンを鞄の中に突っ込み、玄関へ向かった。


母さんに聞こえるか聞こえないかくらいの声で、




「いってきます」




そう言った。


案の定、母さんからのいってらっしゃいなんて声は聞こえなかった。


二日酔いの母さんは史上最高に扱いにくい。


八つ当たりなんてザラであるし、ストレスが溜まっていたら尚更、皿や茶碗などの食器が飛んでくるときもある。僕がまだ一桁くらいのときなんかは包丁を向けられたりなんかもした。


二日酔いの母さんには卵よりも優しく扱わなければならない。




「よぉ!辰也!!!」




背後から飛びついてきたのは誠。僕の首に腕をかけ、満足そうに僕の顔色を見る。




「その様子からすると、お前の母ちゃん二日目だな??」


「やめてよ、その言い方…」




誠はいたずらに笑うと僕の鞄を奪い取り、走り出す。




「のろのろ歩いてると朝飯食う時間なくなるぞー!!」




なんて住宅街で大きな声で叫びながら目の前を走る。


僕も負けじとそれを追いかけ続けるといつの間にか校門を通り過ぎていた。


誠は運動部ながら体力は有り余っているようで、昇降口の所でまだかまだかと僕を待っていた。




「はぁ…はぁ…」




息を切らしながらやっとのことで誠のいる昇降口にたどり着く。


まだ朝早いこともあり、朝練の部活の部員ぐらいしか学校には来ていなかった。


朝のHRまではあと一時間も余裕がある。


これは誠の配慮なのだろう。何年も一緒にいただけあり、誠は僕の家庭事情に察しがよく、いつも僕は彼に支えられてきた。




「ありがとな…はぁ…誠…はぁ…」


「まだ息が切れてやがんの!あははー」




無邪気に疲れ切った僕を見て笑う誠。誠から鞄を回収すると誠共に職員室へ教室のカギを取りに行く。




「流石に俺たち、一番だよな?」


「たぶんな」




長い廊下を二人並んで歩いていくと教員用トイレから出てくる見覚えのある姿が見えた。僕らの担任、平坂先生だ。




「お、お前ら!今日は早いな!」




先生は僕らの姿を確認すると珍しそうにニヤニヤしだす。




「先生の笑顔、気持ち悪ィ」




僕がそういうと平坂先生はわざとらしく悲しそうな顔をする。




「平坂せんせー、それもっときもいー」




誠もそれに乗っかる。


あははーと男子高校生らしいじゃれあいを現役教師平坂先生と行う。




「そういえば、お前らなんで今日はこんなに早いんだ?」




思い出したかのように平坂先生は僕と誠を交互に見る。


誠はやべとでもいうかのような顔を僕に向けるもすぐさま平坂先生に笑顔を向けた。




「昨日、辰也と一晩中通話してて寝れなかったんすよ」




無論、嘘である。








「お前ら先生抜きで楽しそうな事してんな。今度先生も入れてくれや」


「やですよ、先生」




すりすりと僕にすり寄ってくる平坂先生。それを阻止しようと必死に平坂先生と僕の間に入り込もうとする誠。


その二人の取っ組み合いは傍から見ればとても頼もしいものであった。




「僕、朝ごはんまだなんで先教室行ってますね~」




お二人とも仲良くねー。なんていいながら教室に向かう。


教室に入れば、早く来ただけあって誰も登校していなかった。僕は自分の席に腰を下ろすと、机の上に朝食となるパンを置いた。


やべ、飲み物買ってくるの忘れた。。


飲み物を買いに行こうと財布を持ち、立ち上がったとき、ちょうど先生との取っ組み合いを終えた誠が教室に入ってきた。




「おい、辰也!なんで先に行っちまうんだよ!」


「先生と楽しそうだったから」


「どこが!?」




誠とほんの少し会話を交わし、教室を出ようとすると誠に肩をつかまれる。




「飲み物買いに行くのか??」


「あぁ」


「俺が買ってきてやるよ。先に食べときな」




なんていつにも増してイケメン染みたことをしてくれる。


ありがとうと廊下を出て行った誠の背中に向かって呟く。


僕は再度、自分の席に座った。





もくもくと食事をし始める。二口ぐらいパンに口をつけたとき、誰かが教室に入室してきた。




「お、はよ~。さっきぶりだな」


「先ほどぶりです。」




平坂先生だ。平坂先生はいたずらっぽく笑うと僕の目の前の席に座った。




「なんですか?先生」


「いんや、今どきの高校生の青春話を聞こうと思ってな」




なんて馬鹿にしたように笑う平坂先生。僕にそんなこと聞いたって何も面白い話なんてできないのに。




「伊賀原は好きなやつはいるのか?」


「いないですよ。意識したこともないです」




会話の合間合間にパンを頬張る。


恋愛なんて僕には縁のないことだ。




「へぇ...伊賀原、クラスではだいぶモテてるようだけど...認知してる?」


「へぇ。僕モテてたんですね」




興味なさそうに返事を返す。


それからは数秒先生は押し黙った。しばらくの沈黙が続いて、先生は口を開く。




「伊賀原はさ、恋愛に性別とか気にするタイプ??」




沈黙の末に出た言葉がそれだった。


恋愛に性別??


僕はまだ人を好きになった事なんてないだぞ!?なんてこと聞いて来やがんだよ。


先生をちらりと見てみると、先生は慌てた様子で僕から顔を逸らした。


なんだよ...




「わかんねぇ」




それが今の僕を十分に表した言葉だった。




ガラララといきなり大きな音が響いた。




「うげッ!平坂!」


「こら、先生だろ。先生」




誠が自販機から戻ってきたようで僕の目の前に座る平坂先生を嫌そうに見つめる。


平坂先生はかわいくねーやつなんて小声で呟いて、席を立った。




「はいはい、日比谷の伊賀原ですもんねー。邪魔者先生はここから出ていきまーす」




なんて僕たちを小馬鹿にしたように言い放ってから教室を出て行った。




「大人げねーの」




誠は僕に水を渡すと平坂先生の背中に向かって言う。


確かにさっきの発言は教師らしくない。。








「辰也、お前、平坂に好かれてんの??」


「は?そんなわけないでしょ」




誠の発言で朝食のパンを食べていた手を止める。まじまじと誠の顔を見ていると、そんな僕に気づいたのか誠は照れたように笑う。




「なんだよ」




なんでいきなりそんなことを言い出すのか、僕には不思議でたまらない。


何かおかしなものでも食べたんじゃないかと誠の顔色を確認しても至って正常。




「誠、腹痛くない?」


「痛くねぇけど?」




不思議そうに首をかしげる誠。


これ以上は頭が混乱するので考えないことにしよう。


僕は気にしないふりをして、食事を進めた。何も話さず、誠との間に沈黙が続く。


僕の食べる姿をまじまじと見る誠。僕が誠に鋭い視線を送ってもやめることは無かった。


ついに見られていることに羞恥心を感じて、誠に声をかけた。




「おい、なんだよ」


「何も…」




誠は何か考えているのか、上の空で返事をした。


僕はもう、誠の事は気にしないことにした。


朝食のパンを食べ終えた頃には短い針は8時を指していた。ざわざわとざわついている廊下。そろそろ皆が来る時間帯だ。




「おはよう」




最初に登校してきたのは坂口だった。




「おはよう。早いね。いつもこの時間帯?」




坂口はすとんと僕の隣に腰をおろした。




「今日だけこの時間帯」




そう呟いた。誠は坂口の顔を見て、眉間にシワを寄せる。


僕はそんな誠の眉間のシワを指で押す。


誠は僕のそんな行為に慌てた様子を見せた。




「あなたは?」




静かな空気感の中、凛とした坂口の声が響いた。




「僕?僕は…「俺とデートだよ」え?」




僕の声に被せるかのように誠が声を発した。坂口は目を真ん丸くさせた後、くふふふと笑い出した。




「そうなのねっ!仲がよろしいことで!」




うふふと今までに見たこともない笑顔にほんの少しどきりとする。


誠は物珍しそうな表情でいた。


好きなだけ笑えたからなのか、坂口は申し訳なさそうな顔をして、




「ごめんなさいね」




笑いすぎて出てきた過剰涙を指で拭っていた。




「ずっと気になってたことがあるんだけど」




坂口は自分の席に腰を下ろす。ちらりと僕の顔を見ると荷物の整理を始めた。




「何?」




僕は聞き返すが、何か思い悩んでいるようでなかなか口を開かない。




「なんだよ…」




誠も僕に続いて、聞き返す。


話を切り出さない坂口に少し苛立っているようだ。




「あのね…伊賀原くんのお母さんってどんな人?」




聞かれた質問は意外なものだった。




「僕の母さん?「伊賀原の母ちゃんは美人だぞ」…」




「え?」




僕の声に被せて、勝手に質問に答えた誠。




「ピアスめっちゃ開けてて、ちょっと頭おかしいかも」




「何それ、変な人なんじゃ…」




誠が次々と母さんの特徴を答えていく。あながち間違ってはいないが、けなされている気がしてならない。


僕は黙って、誠から見た母さんの印象を聞いてみることにした。




「辰也が大好きで、飯が旨くて、スタイルも良くて、依存体質で…」




「依存体質?」




誠の発言に坂口は不思議そうな表情をする。




「所謂、メンヘラってやつだよ。僕の母さんは」




僕がそうフォローを入れると複雑そうな顔をする坂口。




「めんへら…ね…」



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