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めんへら母さん  作者: 枯崎情
2/4

2話




翌朝。




「あら!誠ちゃん、来てたのね!」


「お邪魔しています!」




僕の部屋から出る誠の姿を見て、微笑む母さん。そして、誠はそんな母さんに鼻の下を伸ばしている。




「母さん、おかえり」


「ただいま、今帰ってきたとこなの」




いかにも丁度今帰宅したんですよとでも言うようなよれた化粧に落ちかけている香水の匂い。そして、母さんのほんのり紅い頬。


お酒か…


ふらふらとして壁に手をつきながらリビングへ行こうとする母さん。




「母さん、お酒飲んだでしょ?」


「何?悪い??」


「いや、悪くはないけど…」




飲酒をしたかどうか聞いただけで母さんの声は低くなる。触れてはいけなかったのか。




「母さん、朝食食べる??僕、作るよ」


「母さんはいーわ。昨日、飲みすぎちゃって気持ち悪いし」




母さんはショルダーバッグをリビングに置いたまま、千鳥足で自室へ行ってしまった。




「お前の母さん、朝帰りか?」


「昨日、友達と飲んでたんだってよ」


「息子を家に置いて!?」


「まぁ、もう高校生だからな」


「だからって…」




誠は今日の僕の母さんを見て、驚いたようだ。誠は母さんが出て行った扉を見つめている。何を考えているのか?




「お前の母ちゃんやばいんじゃねぇの?」


「そんなことないよ。あぁ見えて寂しがりやなんだ」




僕は誠のために食パンをトーストしてやる。バターを机に出して、コップに水を注ぐ。パンが焼きあがると、白い皿に入れ、誠に出してやった。




「いただきます」




誠はまた嬉しそうに食べ始める。何がそんなに嬉しいのか僕には理解できない。


まぁ、誠はそういうやつだったなと自己完結してしまう。




「ごちそうさまでした」




朝食を取り終えると、僕たちは学校へ行く支度を始める。身だしなみを整え、制服を着用する。




「誠、ネクタイよれてるぞ」


「あ、まじ?俺、これ、苦手なんだよな」


「こうすんだよ」




僕は誠のネクタイを結びなおしてやる。誠はネクタイを結びなおす僕を見て、にやにやとしている。




「何笑ってんだよ」


「なんか夫婦みたいだなって」


「気持ち悪いこと言うな!」




僕はネクタイを結び終えるとスクールバッグを肩にかける。そして、誠と二人で玄関へ向かっていると




「辰也、もう行くの?」


「いつもこの時間に出ているよ、母さん」




母さんが部屋着で僕らをお見送りに出てきてくれた。




「辰也、今日は休まない??母さんと一緒に映画鑑賞しましょうよ」


「休めないよ」


「辰也、私より学校が大切なの!?」


「そんなことないよ」




母さんの声はだんだんと荒くなる。そんな母さんを見てられなかったのか、誠は先に行くと僕に囁いて出て行った。




「母さん、僕は母さんが大切だから学校へ行くんだよ」




母さんは不服そうな顔をしている。どっちが子供なんだか…




「映画鑑賞は僕が帰ってきたら付き合うよ。今日は早めに帰ってくるからね」




僕はどの部活にも所属していないため、母さんの願い通り早く帰宅することができる。まぁ実際、母さんに部活をしてはダメと言われたからなのだが。




「いってらっしゃい」


「いってきます」




母さんは満足したのかにこにこ笑顔で手を振る。扉をあけ、外に出るとそこには誠がいた。




「誠、先に行ったんじゃなかったのか?」


「いや、それより…」




誠はにこにこ笑顔の僕の母さんをちらりと見て、僕の腕をひっぱった。


扉はばたんとゆっくりしまる。




「お前、母ちゃんに何言ったらあんな上機嫌になるんだよ」




慌てたように誠は僕に聞いてくる。別に特別な事したわけじゃないんだけどなぁ。




「帰ってから映画鑑賞しようっていっただけだけど…?」


「はぁ…辰也が危ない道を渡ろうとしてたのかと…」




誠の言っていることは僕にはわからないが、何か心配してくれているようだ。


大きくため息をつく、誠をおいて、僕は学校へ向かって歩き始める。


誠は慌てて、僕を追いかけてくる。




しばらく歩いていると、




「なぁ、辰也。誰かにつけられてる気しない?」


「皆学校へ向かっているんだからつけられてるもクソもないでしょ」




僕たちのいる道はほとんどが僕らの通う学校の生徒で埋め尽くされていた。


誠は何か視線でも感じていたのか?




「誠、お前、ストーカーされてるんじゃッ!!」


「怖いこと言うなよ!辰也!」




急に身震いをしだす誠を見てけらけらと笑う。




「俺じゃなくて、辰也のストーカーかもしれねぇだろ!」


「僕はそんなのに動じません!」




僕は久しぶりに見た誠の怯え顔で上機嫌になる。そんな僕の様子を恨めしそうに睨みつける誠。


昇降口につくと大半の生徒は教室へ向かったのか人の数は減っていた。


僕と誠は靴箱からスリッパを取り出そうとする。




コロン




靴箱を開いたとき、僕の靴箱から何か飛び出してきた。


ぐしゃぐしゃに丸められた白い紙。




「なんだよ、それ」




誠が気味悪そうに横から覗いてくる。僕はぐしゃぐしゃの紙を拾い、広げてみた。


紙には”好きです”の文字とこの文字を書いた張本人のであろう髪の毛の束がひっつけられていた。




「どこの時代の人だよ、髪の毛て…」




僕があきれ果てているのに対して、誠は




「そ、な…こ、こんなの怖ぇよ!どうすんだよ辰也!」




なぜか慌てている。どうするも何も、誰からの手紙なのかわからないのにどうしようもないじゃないか。


誰が書いたのかわからない限り、これは…




「保留かな」




なんて苦笑いして言うと




「笑い事じゃねぇよ!こんな手紙今すぐ捨てろ!」


「なんでさ、ラブレターだよ?」


「こんな気色悪ぃラブレターがあるか!!」




誠は僕の手からラブレターをひったくった。


そして、一番近くのごみ箱にぐしゃぐしゃにして投げ入れた。











チャイムと同時に僕たちは教室に走り込んだ。




「おいこら、廊下は走るな」


「すみませーん」




ギリギリだが間に合った。バッグを机の横に引っ掛けると隣の坂本と目が合う。


坂本は僕ににこりとほほ笑む。




「おはよう」




僕が声をかけると落ち着いた表情で




「おはよう」




と返してくれた。坂本は先生が黒板の前に立つのを見ると顔をそちらに向けた。


僕も机に筆記用具のみを取り出した。




「今日のHRで来月の文化祭に向けての催し物を決定する。司会進行は委員長に任せた。」




それだけ言うと先生は出席を取り始める。


僕たちのクラスの委員長って誰だったっけ?




天野(あまの)天野瑠梨(あまのるり)いるか?委員長だぞ、よろしくな」


「はい」




僕の席の二つ前のツインテールの女の子が返事をした。


ツインテールといっても両側に結んでいる髪の束は耳よりも低い位置で結ばれている。雰囲気はとても清楚だ。




出欠を取り終えると教室から先生が出ていく。しかし、教室から出ようと先生が扉に手をかけたとき、こちらを振り返った。




「伊賀原、放課後職員室な」




そう先生が発すると皆が僕を注目する。心当たりのない呼び出しだ。




「伊賀原くん、何かしたの?」




隣の坂本が心配そうにこちらを覗く。全くもって心当たりがない。




「心当たりがないな」




僕はトイレに用を足しに行こうと立ち上がり、皆の注目を浴びながら教室を出た。




用を足し終えると手を洗い、教室へ戻ろうと廊下を歩いていた。


窓から太陽の光が差し込む。眩しい光に目を細めながら歩いていると女子生徒とぶつかってしまった。


相手は尻もちをついた。




「ごめん、大丈夫??」




はっと気づいたころには手を差し伸べている。


しかし、僕はここで見てはいけないものを見てしまう。




「あ…」




水色…


相手もハッとしてスカートの裾で隠した。




「あんた!どこに目をつけて歩いてんのよ!てか見たでしょ!?」


「み、見てない!!」


「嘘つけ!顔に全部書いてあるわよ!」




はっとして頬に手を当ててみると顔が熱い。




「気をつけなさいよ!」




相手はそう僕に吐き捨てて去っていく。


これは一瞬の出来事で僕が覚えていたのは相手のパンツが水色だったことのみ。


未だにどぎまぎした気持ちで教室に戻る。




「あんた、同じクラスだったのね」




顔を上げると水色のパンツの人いや、さっきぶつかった人。


低めのツインテールで猫目。




「委員長…」


「あんた、あたしのこと知ってんじゃないの!」




キーッとでもいうように威嚇してくる相手。彼女は周囲に二人ほどの女の子を取り巻いていた。




「瑠梨ちゃん、どうしたの?」




ショートヘアのおっとりした女の子、この子は僕、覚えている。


松永(まつなが)ユリだ。顔面偏差値は一般的だが性格がクラス一良いため男子どもにモテモテである。




「伊賀原くん…だよね。何かあったの?」


「廊下で彼女とぶつかったんだよ」




松永はふふと上品に笑う。


その笑顔が一瞬輝いて見えたのは言うまでもない。










「瑠梨ちゃんと伊賀原くんの反応を見たところ、おそらく瑠梨ちゃんのスカートの中が見えちゃったのかしら」




まるで僕たちを見透かしたように話をする松永。その様子に僕の心臓はドキドキと音を立てる。


どうかしたのだろうか、無意味に高鳴るこの鼓動に意味はあるのだろうか。




「天野…だったよね。さっきはごめんね」




ぶつかったときもきちんと謝っているのだが、相手がその謝罪に満足していないようなのでもう一度謝る。天野は不満そうな表情を僕に見せると少しして、にやりと微笑む。


この笑顔はクラスでもよく囁かれている笑顔だ。


天野のこの笑顔を見た者は恐ろしい出来事に見舞われると…。




「な、なに…」




じりじりと僕を舐めまわすように見つめる天野。僕は何か天野に恐ろしい出来事に巻き込まれるのではないか。


嫌な予感がした。


そのとき、




「辰也、なーにしてんだよ!」




タイミングがいいのか悪いのか僕の背中に飛びついてきたのは誠。僕としてはありがたいタイミングだ。


誠の姿を捉えた天野は目を細め、誠を睨みつける。その後、ムスッとした表情で、




「伊賀原は今、あたしと話してんの!邪魔しないでくれる??」




天野は僕の腕を引っ張り自分の元へ寄せようとする。意外な反応に僕は戸惑う。その様子を見た誠は負けじと僕の腕を引っ張り天野から引き離そうとする。


二人とも容赦ない力で僕を引っ張る。




「こらこら、瑠梨ちゃんに日比谷くん。伊賀原くんが困っているわ」




松永は胸の前で手を合わせて、僕を二人から救出してくれた。




「ありがとう、松永」




松永にお礼を述べると松永は華やかな笑顔で答えてくれた。


その様子に何を腹を立てたのか、天野と誠は眉間にシワを寄せ、目を細めた。




「誠、なんだよ…」


「なーんも…」




明らかに怒った風な誠。僕には彼の心情が掴めないがあまり気にすることではなさそうなので気にしないでおこうと思う。


二人から解放され、授業開始のチャイムが鳴る二分前なので僕は席に着くことにした。




機嫌よさそうにおしとやかに席に着く松永に反して、天野と誠は機嫌悪く荒々しく席に着いた。




「ねぇ、文化祭あなたなら何がしたい?」




坂口が唐突に話しかけてきた。


僕なら…




「カフェとかお化け屋敷とか楽しそうだよね!」


「そうね…」




ほのかに笑みを含めた表情を見せた坂口。それ以外の返答をくれなかった。




「坂口は当日誰かと回る予定ある?」




特に意識をして聞いたわけではなかった。


坂口は顔を僕に向けると目を少し細めて、




「あるわ」




と静かに言った。


一人じゃないのか…


もし、彼女が一人なら誘ってあげようと思っていたのだが。。




「あなたと回るのよ」




先ほどの返答に付け足すように答えた。


坂口は奇妙な笑顔を僕に向けた。僕はこれ以上何も言わなかった。










「えー、では文化祭の催し物について決めたいのですが、何か案はありますか?」




さっきとは裏腹に落ち着いた様子の天野。天野はクラス全員の顔を見渡し、ある人物を指さした。




「はい、伊賀原。何か案を出しなさい」




ぼんやりとしていたため、急に教卓の前に立つ天野に指さされて戸惑う。




「え…僕!?」




先程のパンチラ事件が癪に障ったのか、少し気に食わないというような顔で僕を見つめる天野。僕は渋々立ち上がり、天野に向き合った。


クラスの視線が僕に突き刺さる。特別、何か目立つようなことはしたことがない。このように視線にさらされる経験は僕には貴重だった。




「カフェなんてどうでしょう」


「ありきたり。却下」




僕の案は虚しくも即答されてしまった。




「じゃ、お化け屋敷なんか「却下」」




どんな案でも却下の一言で終わらせてしまう天野。僕はだんだんと苛立ちを覚えながら案を絞り出していく。




「チュロス!」


「好き嫌いに分かれる、却下」


「タピオカ!」


「他のクラスと被る、却下」


「焼き鳥!」


「今どきの子たちが焼き鳥を食べるとでも??却下」




坂口や誠、松永ですら今の状況に苦笑いを浮かべる。クラスは妙な雰囲気に包まれる。僕たちのやり取りを楽しむものもいれば、対して不快に思い、さっさと進めろと肘をつき、居眠りを始めるものまでいる。




「おいおい、天野。そんなんじゃ決まらないだろう」




僕に救いの手を差し伸べてくれたのは担任の先生だった。僕らの担任は苗字を平坂(ひらさか)と言い、今年で30を迎える。


噂によれば、この学校に来た20代当初はイケメンともてはやされて、学内一の人気者だった。今じゃこの通り、無精ひげを生やし、襟足が長く手入れのされていない髪。イケメンとは到底程遠い。




「先生はカフェ、いいと思うけどなぁ」




先生の近くに座る生徒も先生と目を合わせて頷く。その様子に天野は顔を歪める。




「それじゃありきたりなんです!」




確かにそうかもしれない。文化祭という特別な感じはでない。カフェなんて学校を出れば、どこにでもある。




「じゃあ、メイドとかコスプレなんかもしたら??」




僕は先生が話している隙にこっそりと座る。先生の提案はクラスの男子たちのテンションをマックスにさせた。




「いいじゃんメイド!」


「俺、松永のメイド姿見てぇ!」


「俺も!!」




そして、挙句の果てには先生まで。




「スカート短くしちゃってさ、女子皆メイド服着て…いいんじゃない?いっぱいカモつれるぞ」




そんなカフェに寄ってくんの男だけなんじゃねぇの??


先生の下心丸見えの顔をジトっと見つめながら思う。ちらりと誠を見てみると何か考えている仕草をしている。顎を手で触り、そして、首に手を添えている。




一時はメイドカフェと決定しそうになったが、それをよしとしない者たちは大勢いる。




「なんであたしたちがメイド服なんか着なきゃならないのさ!」


「私だっていやよ!」




クラスの女子からの大ブーイング。その意図は勿論委員長である天野も汲み取れているわけで。




「先生、セクハラですよ」


「厳しいねぇ」




メイドカフェの案はなしになった。




「他に案は??」




天野がため息をつき、時計を見た時、誰かが手を挙げた。




「はい、松永」




ビシッとまっすぐに伸ばされた手は紛れもなく松永のものだった。




「私、メイドカフェいいと思います」


「だーかーらー、それはもう却下なんだって!」


「いいえ、私たち女子がメイドをするんじゃなくて男子がメイドをするんです」




松永の発言はクラスをどよめかせた。脳筋な男たちは誰がメイド服を着るかと言い合いを起こす。女子は皆、その案に賞賛する。


平坂先生は手をおでこに当てて、ため息をつく。




「俺も男子メイドカフェいいと思う!!!」




一人の男子が賛成の声をあげた。


男子の中から阿呆が現れたかと思いきやそいつは誠だった。


誠は嬉しそうに僕を指さし、




「辰也のメイド姿ぜってー可愛いぜ!!」




回りに餌を振りまいた。初めは誠の反応にきょとんとしていた天野は僕の顔を見つめるとにやりと微笑んだ。




「じゃあ、メイドカフェで決まりね。メイドは男子がすることね」


「「「えーーー」」」




女子が圧倒的勝利を手にし、僕たち男子は女装させられる羽目になった。




HRが終了し、平坂先生は教室を出る際、黒板にかかれたメイドカフェという文字を見て呟いた。




「なんで俺が男のメイドなんざ見なきゃならねぇんだ」




女子の可愛いメイド姿を期待していた先生にとっちゃこれは最悪の展開なんだろうな。




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