5.歓迎
ガーランド家の城は、想像以上に大きくて立派だった。広い庭に、周りをぐるりと囲むように美しい川が流れている。流れは穏やかだが、よく見ると底が深そうだ。どこまでも高い壁は頑丈そうで、きっと風が吹いてもびくともしない。
「想像以上に立派ね……」
「そうですね、ジゼル様」
唐突にロイドの口調が堅いものになる。
「あら、もう始まってるの?」
「この門を入ったら、だ。でも、しっかり役になりきらないとな……」
ロイドは用意周到だ。軽口ばかり叩くのに、意外とせっかちで神経質。長年付き合ってみても、まだ彼はわからないことだらけ。
燕尾服は、まるで普段から着慣れているもののようにしっくりとしていた。
「お前も"遠い親戚を亡くしたばかりの、病弱な令嬢"なんだからな。眩暈のひとつでも練習しておけ」
「ああ、そうね」
貴族としての振る舞いについては、多少のことなら見様見真似で乗り切れるような気がしていた。ローラ様はあまり参考にならないが、アシュレイ夫人の所作は美しかった。
眩暈となると、そういえば自信がない。
「もしも何か困ったことがあったときに俺が近くにいなかったら、王の従者のフィンを頼るんだ」
「フィン……?」
「ああ、そうだ。今回の依頼主でもある。彼以外は絶対に信用するなよ」
「ええ、分かったわ」
全く、昨日何度も話しただろう。と、ロイドは呆れている。
「いいな? それだけは絶対に守ってくれ。どんな相手も信用してはいけない。俺たちが信用していいのは、フィンだけ」
ロイドは何度も念を押すように、小さな子どもに言って聞かせるように言った。
石で造られた長い橋を真ん中まで渡ると、重そうな門が音を立ててゆっくりと開いていく。門の両脇には、屈強そうな見張りが二人立っていた。この場で少しでもおかしな真似をしたら、すぐにでも首を刎ねられてしまいそうだ。
自分の一挙一動を厳しく見張られているようで、体が強張ってしまう。硬質な兜の隙間から鋭い視線を向けられている気がする。
あまり私の方を見ないで……。
背中にしっとりと汗をかきながら、不自然に思われないように見張りから視線を逸らす。
「……大丈夫か? 帰りたくなったら、いつでも言ってくれ」
「いいえ、そんなことないわ。私、王妃になるの」
不安な気持ちを振り払い、小さな声で宣言する。本気で王妃になれるなんて思っていわけではないけれど、夢は大きく持たなくちゃ。
「何言ってんだ、俺が令嬢を捕まえてお前を養子に迎えてやる方が早いぜ?」
なんですって、と言い返そうとしたけど、少し前の方から人が歩いてくるのが見えて、私は慌てて口を閉じた。城に入る前から退場させられてしまうのは辛い。
「時間ぴったりだな、ロイド」
なんだかとても冷たい声だった。背はすらりと高く、人形みたいに整った顔をしている。銀色に輝く髪が綺麗で、私はつい見惚れてしまった。この人がガーランド家の……。
「王子……? 」
「何言ってるんだ、昨夜あれほどちゃんと教えただろう」
ロイドは呆れたように溜息を吐いた。昨夜予備知識として、知っておくべき情報を散々叩き込まれたのだった。行けば分かると思って、ほとんど頭に入っていなかったけれど。
私の馬鹿な発言が聞こえたのか、フィンは小さく笑っていた。
「ジゼル・サマー様、私は従者のフィンと申します」
「貴方がフィン……、どうぞよろしくお願いします」
「長旅、おつかれだったでしょう。すぐにお部屋にご案内致します」
フィンはさすが王子の従者だけあって、物腰の柔らかい品の良い男性だった。整った顔立ちのせいか、時折冷たそうに見えることがあるけれど、本人がそれを気にしているのか、努めてにこやかに振る舞っているようだった。
どこでロイドと繋がりなんてあったのかしら……。
目の前の男は危険な世界とは無縁そうな男で、ロイドのような酒と金と可愛い女の子が大好き!というタイプの人間となんて友人になるように思えない。
「……ロイド、彼女はどうも病弱なご令嬢には見えないんだが?」
前言撤回、やっぱりロイドの友人だ。振り返って、『なんなの、この人!』と声を出さずに抗議したが、ロイドはただニヤニヤと笑うばかりだ。
「ご冗談です、さあ、ご案内致します。こちらへ」
恭しくフィンが招き入れる。
外観とは比べ物にならないほど、中も荘厳な城だった。簡単には逃げ出せない。
逃げ出すつもりも、ないけれど。