30.帰る場所
テオ王子は、咄嗟の判断が功を成して幸い今も何事もなくピンピンしているそうだ。
あの夜のトラウマからか、女性に片っ端から声を掛けるのは控えているらしい。「あくまで、控える程度ですけどね」と、フィンは苦々しく笑っていた。
受け取った報酬を持ってスプリング家に向かうと、最初に請求された金額より大分少なくなっていた。アシュレイ夫人は「思い違いだったわ」と謝ってくれた。"娘の恋路を邪魔しちゃった代"は想像以上に高額だったようだ。
セレスティはその後に旅先で知り合った伯爵と結婚した。苦くて不味い毒消しのお茶を常に飲んでいたせいで、青白い顔をしていたセレスティだったが、その必要も無くなった今では健康的な桃色の頬をしている。真っ白なウエディングドレスに身を包む彼女は本当に綺麗で、メリル……いえ、ローラはしきりに羨ましがっていた。
「実はね……」と、私とローラがセレスティに事実を話すと、セレスティは鼻で笑ってこう答えた。「私を馬鹿にしていますの?」どう見てもメリルとは別人だし、ジゼルなんて庶民感丸出しだったじゃない、と笑われた。それなのに、一丁前に完璧な従者なんか連れちゃって、とロイドのことはなかなかの高評価だった。
ロイドはあの後すぐに別の仕事が入ってしまい、隣国へと旅立ってしまった。この仕事が終わったら、二人で美味しいものを食べようと約束していたのに。結局それもままならないままだった。
ーー帰ってきたら、伝えたいことがある。
そう言うから、今日はささやかだが料理を作って待っているというのに。窓からは、ダニエル王子たちの暮らす城が見える。夕闇に、ポツリポツリと暖かい光が灯っていく。王都に近い所に住もうと提案してくれたのはロイドだった。
ダニエル王子はいい国王になると思う。子どもたちを城に招待して、小さな祭りや慈善活動にも力を入れている。"未来の子どもたちの為に"と、城を開いているそうだ。
二人には少し広い家だった。赤い屋根で、大きな窓がある。広くて大きな台所は、私がどうしても譲らなかった大事なポイントだった。
「……先に食べちゃおうかしら」
「今、帰ったよ」
相変わらず音も立てないで入ってくるんだから、と言うと、お前も相変わらず食い意地が張ってると言い返された。
「ただいま、ジゼル」
「おかえりなさい、ロイド」
伸ばした腕が重なる。懐かしい香り、骨張った手が私の頭を遠慮がちにポンポンと撫でた。温かい腕の中が、この世界で一番安心する。
これからは、ここが私たちの帰る場所。




