27.この手をとって
真紅の階段を登った先の広間には、我が国の王妃であるブルーナが悠然と大きな椅子に腰掛けていた。
王妃に挨拶するのなんて初めてだ。城に来る前にロイドと何度も練習はしていたけれど、実際上手くいくかは不安だった。
メリル、セレスティ、ケイティは順番に挨拶を済ませていく。みんな、慣れたような動きで差し出された王妃の手をとり、その手に恭しくキスをする。
いよいよ、私の番だった。ブルーナ王妃は神々しい真紅のドレスを着ていて、たっぷり膨らんだスカートには貫禄があった。目の前に立っただけで怖気付いてしまう。彼女はこの四人の中の誰かが、息子の妃になるかもしれないというのに、あまり興味がないようだった。流れるように手を差し出して、こちらを一切見ようともしない。
私のときも例外ではない。目の前に差し出された手を取ると、今夜、無事に過ごせますようにと祈りを込めながらそっとキスをした。
舞踏室は、いつの間にか大勢のひとで溢れていた。ブルーナ王妃が招待した人たちも混じっているらしい。
「やあ、ジゼル」
声を掛けられて振り返ると、それはテオ王子だった。白を基調とした燕尾服には金糸で細やかな刺繍が施されている。
「よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」
恭しく差し出された手を取ると、あっという間に広間の真ん中まで連れ出されてしまった。
「テオ王子……とても光栄ですが、私上手く踊れない」
「ダンスなんて流れに身を任せてしまえばいいのさ」
テオは口だけではなく本当にダンスが上手なようだった。ロイドとダンスの練習をしたときは、お互い痣だらけになって、最初から最後までずっと喧嘩をしていた。
「……他の男のことを考えているだろう、妬けるね」
ふっと、思い出し笑いをすると、テオもこちらを見て微笑んだ。
「ティアラ、よく似合っているよ。君が一番美しい」
「誰にでも同じことを言うのでしょう、でも嬉しいわ。ありがとうございます」
「ほら、上を見て」
促された視線の先には、ブルーナ王妃がこちらをじっと見ている。
「これで君は最有力候補、俺のことを嫌ってるくせに俺の審美眼を頼りにしているんだ。俺が最初に声を掛ける人は誰かってね」
くるくると回る視界に、酔ってしまいそうだった。
「どうせ、また誰も選ばれないだろう。俺としては君が義姉さんだったら楽しそうだと思うけど……ああ、もうすぐ兄上が来るな。いや、君の従者が先か」
「……え」
指先の触れた感触の残りを惜しむように、テオの手が曲に合わせてゆっくりと離れていく。流れるように辿り着いたのは、ロイドの腕の中だった。
「楽しかったよ、ジゼル」
テオは去り際に、そう耳元で囁いた。
「まったく、目を離した先にもうこれだ」
ロイドは部屋の隅を目指したが、すぐに次の曲がはじまってしまった。
「いいじゃない、このまま踊りましょう」
ロイドは一瞬迷ったように視線を彷徨わせた。こんな機会は滅多にない。
「どうせ、誰も見てないわ」
ダンスの音楽を口実に、私はロイドの耳に口付けるように言った。
「……王妃への挨拶は上手くいった?」
「ええ、完璧よ。ロイドに見せたかったわ」
ロイドはすっと私の腰に手を当てた。緊張しているのがすぐに分かる。練習の時より、私たちはずっと息ぴったりだった。まるで、二人で一つの生き物になってしまったよう。
「上手くなったな」
「そうでしょう。特訓のおかげだわ」
もうすぐ曲が終わってしまう。
辺りをふわっと見回すと、メリルは既に知らない男性と額を寄せ合って笑っていた。ケイティはテオと二人で楽しそうに踊っている。
「ねえ、ロイド。本当にありがとう。色んなことがあったけど、私とても楽しかったわ」
伝えたいことがもっとあるはずなのに、遠回しな言葉しか出てこない。
「何を言ってるんだ、それならもっと楽しそうにしてくれ」
ロイドはそっと私の頬に触れて、優しく笑った。
「なんだか妙な気分だな。今日のジゼルは本物のお姫様みたいだ」
ティアラのせいかな、あの男に感謝しないと。ロイドはそう言って、テオの方へチラッと視線を向ける。
「このまま、攫ってしまいたくなるよ」
指先が少しずつ離れていく。このまま、この手を離したくなかった。
急に辺りがざわざわと騒がしい。ああ、ついに来たのね。人々の視線を一身に受けているというのに、一切気にする風でもなく堂々としている。あの晩に出会したダニエル王子と同一人物とは思えない。弟のテオとは正反対の黒を基調とした燕尾服に、同じように金糸の糸で丁寧に刺繍を施してある。
ダニエル王子の登場に、一気に熱気が高まる。彼と最初に踊る栄誉ある女性は誰か、全員が固唾を呑んで見守っていた。
「私と一緒に踊っていただけませんか?」
「ええ、喜んで」
セレスティ・ウィンターは、恭しく差し出された手にそのほっそりとした手を重ねた。




