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【完結】貴族令嬢(かませ犬)を演じれば借金帳消しって本当ですか?  作者: 桐野湊灯


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27/30

27.この手をとって

 真紅の階段を登った先の広間には、我が国の王妃であるブルーナが悠然と大きな椅子に腰掛けていた。


 王妃に挨拶するのなんて初めてだ。城に来る前にロイドと何度も練習はしていたけれど、実際上手くいくかは不安だった。


 メリル、セレスティ、ケイティは順番に挨拶を済ませていく。みんな、慣れたような動きで差し出された王妃の手をとり、その手に恭しくキスをする。


 いよいよ、私の番だった。ブルーナ王妃は神々しい真紅のドレスを着ていて、たっぷり膨らんだスカートには貫禄があった。目の前に立っただけで怖気付いてしまう。彼女はこの四人の中の誰かが、息子の妃になるかもしれないというのに、あまり興味がないようだった。流れるように手を差し出して、こちらを一切見ようともしない。


 私のときも例外ではない。目の前に差し出された手を取ると、今夜、無事に過ごせますようにと祈りを込めながらそっとキスをした。


 舞踏室は、いつの間にか大勢のひとで溢れていた。ブルーナ王妃が招待した人たちも混じっているらしい。


「やあ、ジゼル」


 声を掛けられて振り返ると、それはテオ王子だった。白を基調とした燕尾服には金糸で細やかな刺繍が施されている。


「よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」


 恭しく差し出された手を取ると、あっという間に広間の真ん中まで連れ出されてしまった。


「テオ王子……とても光栄ですが、私上手く踊れない」


「ダンスなんて流れに身を任せてしまえばいいのさ」


 テオは口だけではなく本当にダンスが上手なようだった。ロイドとダンスの練習をしたときは、お互い痣だらけになって、最初から最後までずっと喧嘩をしていた。


「……他の男のことを考えているだろう、妬けるね」


 ふっと、思い出し笑いをすると、テオもこちらを見て微笑んだ。


「ティアラ、よく似合っているよ。君が一番美しい」


「誰にでも同じことを言うのでしょう、でも嬉しいわ。ありがとうございます」


「ほら、上を見て」


 促された視線の先には、ブルーナ王妃がこちらをじっと見ている。


「これで君は最有力候補、俺のことを嫌ってるくせに俺の審美眼を頼りにしているんだ。俺が最初に声を掛ける人は誰かってね」


 くるくると回る視界に、酔ってしまいそうだった。


「どうせ、また誰も選ばれないだろう。俺としては君が義姉さんだったら楽しそうだと思うけど……ああ、もうすぐ兄上が来るな。いや、君の従者が先か」


「……え」


 指先の触れた感触の残りを惜しむように、テオの手が曲に合わせてゆっくりと離れていく。流れるように辿り着いたのは、ロイドの腕の中だった。


「楽しかったよ、ジゼル」


 テオは去り際に、そう耳元で囁いた。


「まったく、目を離した先にもうこれだ」


 ロイドは部屋の隅を目指したが、すぐに次の曲がはじまってしまった。


「いいじゃない、このまま踊りましょう」


 ロイドは一瞬迷ったように視線を彷徨わせた。こんな機会は滅多にない。


「どうせ、誰も見てないわ」


 ダンスの音楽を口実に、私はロイドの耳に口付けるように言った。


「……王妃への挨拶は上手くいった?」


「ええ、完璧よ。ロイドに見せたかったわ」


 ロイドはすっと私の腰に手を当てた。緊張しているのがすぐに分かる。練習の時より、私たちはずっと息ぴったりだった。まるで、二人で一つの生き物になってしまったよう。


「上手くなったな」


「そうでしょう。特訓のおかげだわ」


 もうすぐ曲が終わってしまう。


 辺りをふわっと見回すと、メリルは既に知らない男性と額を寄せ合って笑っていた。ケイティはテオと二人で楽しそうに踊っている。


「ねえ、ロイド。本当にありがとう。色んなことがあったけど、私とても楽しかったわ」


 伝えたいことがもっとあるはずなのに、遠回しな言葉しか出てこない。


「何を言ってるんだ、それならもっと楽しそうにしてくれ」


 ロイドはそっと私の頬に触れて、優しく笑った。


「なんだか妙な気分だな。今日のジゼルは本物のお姫様みたいだ」


 ティアラのせいかな、あの男に感謝しないと。ロイドはそう言って、テオの方へチラッと視線を向ける。


「このまま、攫ってしまいたくなるよ」


 指先が少しずつ離れていく。このまま、この手を離したくなかった。


 急に辺りがざわざわと騒がしい。ああ、ついに来たのね。人々の視線を一身に受けているというのに、一切気にする風でもなく堂々としている。あの晩に出会したダニエル王子と同一人物とは思えない。弟のテオとは正反対の黒を基調とした燕尾服に、同じように金糸の糸で丁寧に刺繍を施してある。


 ダニエル王子の登場に、一気に熱気が高まる。彼と最初に踊る栄誉ある女性は誰か、全員が固唾を呑んで見守っていた。


「私と一緒に踊っていただけませんか?」


「ええ、喜んで」


 セレスティ・ウィンターは、恭しく差し出された手にそのほっそりとした手を重ねた。



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