24.似たもの同士
「ジゼル……様、どうされました?」
「ああ、ロイド……」
ロイドの顔を見てすぐに、私は彼に駆け寄っていた。
両手を広げて、優しく抱き止めてくれる。温かい腕の中がどこよりも安心する。
「テオ王子……これは何の騒ぎですか?」
フィンは苛立っていた。テオ王子とはあまり仲が良くないようだ。不穏な空気が流れる。
「誰かが矢を放ったんだ。多分、あそこから」
テオ王子が指差したのは、上の階の角の部屋だった。
「私を狙ったんでしょう。テオ王子がいなかったら、今頃顔面に刺さっていたの」
私は刺さった矢の横に立って、どれほど危ない状況だったのかをロイドとフィンに訴えた。
フィンはしばらく考え込むように、矢の放たれた方角と刺さった矢の位置を見比べていた。
「テオ王子、貴方を狙った者の仕業では? 恨まれることも多いでしょう」
放たれた方角を差しながら、テオ王子の後頭部まで滑らせる。「ほら、真っ直ぐです」なんて言っている、確かに
あそこからなら後頭部も狙える。
「俺を恨む人間なんているかな……。ああ、お前は俺が嫌いだったか?」
フィンはにっこりと笑って否定をしない。
「全く、兄上もこんなチンピラの何を気に入ったんだか……顔か?」
「さあ、どこでしょうね。でも、貴方のお兄様は、上品な言葉で私を褒めてくださいますよ。兄弟でも品格に差って出るものなのですね」
「……なんだと?」
テオ王子が眉を顰めた。見ているこっちがハラハラする。ロイドは止めないのかしら、そう思って横目で見るが、むしろ楽しそうで止める気配はない。
「私は弓矢なんて使えませんよ。生憎、ただのチンピラなので」
「ああ、兄上から貰った綺麗なお飾りの短剣があるもんな」
「結構いい切れ味なんですよ、試してみますか?」
フィンは穏やかに笑みを浮かべたまま、まるで「紅茶を淹れてきましょうか」と同じニュアンスで言った。既に右手で、しっかり柄を掴んでいる。
「おい、フィン」
今にも引き抜きそうで、流石にロイドは嗜めた。
「冗談ですよ。貴方を殺るなら素手が一番じゃないかと思うんです。それが一番興奮しそうですから」
貴方、お顔はダニエル王子に似てお綺麗ですからね。と、ぞっとするような声で囁いた。
「……それ以上は反逆罪になるぞ」
テオ王子は意地悪そうに笑った。お前なんていつでも消せる、とでも言いたいのだろう。
「どうせ、反逆罪になるならやらなきゃ損ですよね。私のは一人で死ぬのはごめんですから」
「お前とフィンって、本当に似てるよな。前から思ってたんだ」
ロイドはこそっと、私に言った。
「どこがよ、私あんなに命知らずじゃないわ」
「まあ、テオ王子とフィンは大丈夫だ。少し仲の悪い嫁と姑みたいなものだから」
少し、かどうかは分からないが、嫁と姑という例えは言い得て妙だった。それにしても、フィンって本当にダニエル王子が好きなのね。
二人はまだ何やら言い争っているようだった。言い争いの内容は、ついにはお互いのパイの食べ方についてまで波及していた。結構仲良くやっているのね。
「……私、少し前にダニエル王子と会ったの」
「なんだって?」
「ロイドが倒れた夜よ、もしかしたらそれを誰かに見られたのかも……」
私は不安になってロイドに打ち明けた。
「私のせいで誰かが傷つくのは嫌よ」
「ジゼルの所為じゃない」
ロイドはキッパリと断定する。そのあと、「……多分な」と、悪戯っぽく笑った。
「面と向かって仕掛けてこないような奴に怯えるな、堂々としていろ。隙を与えるな」
「ありがとう、ロイド」
ロイドはそう言うが、あの矢が私の顔面のど真ん中に刺さっていたかと思うとゾッとする。
「お前は大丈夫だ、部屋に戻ろう」
ロイドは私の背中に優しく手を添えて、部屋の扉をそっと開けてくれた。
最初は落ち着かない部屋だと思っていたけど、今はとても安心する。
ベッドに腰掛けると、二人分の体重で深く沈んだ。
「……少しは落ち着いたか?」
「ええ、もう大丈夫。二人はそのままでいいのかしら」
扉の外では、まだ言い争っているような声が聞こえてくる。
「放っておけばいい」
ロイドはグラスに冷えた水を注いで持ってきてくれた。喉がカラカラに乾いていた私は、それを一気に飲み干した。
「……フィンの話ってなんだったの?」
「ああ、フィンの話は……、」
ロイドは言い淀んでしまった。視線を極端に合わせない。言い辛いことがある時の彼の癖だ。
「どうしたの?」
膝にそっと手を乗せて、先を促す。
「ジゼルに、ダニエル王子の妃になって欲しいと思っているようだ」
「……冗談でしょう?」
「本気だ」
「何がお気に召されたのかしら……やっぱり顔?」
顔よね、とロイドに聞くがあまりいい反応が得られない。それ以外なら、他に思い当たることなどないのだけど。
「ジゼルはどう思ってる? 妃になりたいか? 」
「そりゃあ、最初はあわよくば、って思っていたけど……」
ここに来ると決めた時のことを思い出す。本当にあわよくばって、少し思ったこともあったわね。
「……思わないわ、ここに連れてきてもらったのはいい経験だったけどね」
そもそも、私は本当の令嬢じゃない。例え、もしも本当の令嬢だったとしても、私は今のまま、たまにロイドと怪しい仕事をする方が楽しい。
「それは、本心か? 俺はジゼルに幸せになってほしい」
「本心よ、ダニエル王子は紳士的で優しそうな人だけど……私は」
ロイドみたいな人が好き、なんてね。
「私は? 私は……なんだ? ジゼル」
ゴーン、大きな鐘の音が響く。もうすぐ夕食の時間だ。




