14.騙されるメリル(メリル視点)
「フィン、遅くなってごめんなさい!」
慌てて前を歩くフィンを呼び止める。私の声に気付くと、彼はくるっと振り返って、足早に駆け寄ってくれた。
「メリル様……いえ、大丈夫ですよ。短い時間で考えてくださってありがとうございます」
少しくしゃくしゃになってしまった羊皮紙を、なんとか伸ばしながらフィンに手渡す。
「……なるほど、『使用人への冷遇について考える会』」
「ええ、催し物に参加する方はみんな使用人を抱えているでしょう。彼らが、満足に暮らせてるのか考えるのは屋敷の主人の努めだと思うの」
今のは母の口癖をそのまま借りた。
「それは……、スプリング様のお屋敷で働く使用人は幸せでしょうね」
お優しい方です、とフィンもにっこりと笑った。そういえば、顔立ちが上品で忘れてしまいがちだけど、彼も使用人の一人なのよね……?
これは確実に、いける。
「晩餐会の中で話し合いをするのですね」
「ええ、できるだけ沢山の人に参加してもらいたいから、ご馳走を沢山用意するの」
「それは……準備が大変そうですね。それが狙いなのか。いや、とても有意義ですね」
フィンは苦笑いをしながら、穏やかに頷いた。
「王妃は料理が苦手だそうで……、メリル様は料理がお得意なのですか?」
「まあ、準備は料理人と使用人がいるでしょう」
「また、ご冗談を」
「……え?」
「……失礼いたしました」
フィンは、まずいことを言ったとでもいうように、パッと自分の口を手で覆った。
「ですが、"使用人に対して冷遇"は、あってはならないことですから。この案は、王子に伝えておきますね」
こんな私にもよく分かったわ。この案は失敗だった、ということだ。フィンの気遣うような視線が今は腹が立つ。
「いいの、あまりいい考えでは無かったわ」
「そんなことはありません!とてもお優しい心を持った方のお考えだと思います。しかし……」
「"しかし"?」
「しかし、使用人について考えて下さるのに、準備するのも使用人にしてしまうと、些か説得力が欠けてしまいます。場合によっては、暴動が起きてもおかしくない」
特に私の立場からしても、使用人全員の穏やかな暮らしを守らなければいけないので……。
決まり悪そうにフィンは、視線を逸らした。
「うっ……」
だめだ、気を抜くと泣いてしまいそう。
みるみる瞳に溜まっていく涙に、フィンがあからさまにギョッとしたのが分かった。
「……メリル様、落ち着いてください。これはお母様の活動を尊敬して参考にしたものでしょう」
貴方がそんなに必死になることないじゃない。
フィンの誠実な優しさに、また泣けてきてしまう。
「それなら、お母様の活動はこんな使用人から恨まれるような案でしたか? そうじゃないはずです。もう一度、よく思い出して。それを、私に教えてください……ねっ?」
髪と同じ銀色の瞳を揺らがせて、私の顔を必死に覗き込む。そんなこと言っても、この案は丸々全て母の考えを参考にしたものだ。五十人分の軽食を用意して……。
ーーこんな使用人に恨まれるような案でしたか?
ーーアリシアの遠い親戚のジゼルよ。
ジゼル……? アリシア・サマーの遠い親戚……。
ーーさよなら、ジゼル・サマー。
「そうだわ……」
「そうですよね……。大丈夫、期限が短いと慌ててミスをするものです。私もよくありますから、とんでもないミスしちゃいます。でも大丈夫、まだ間に合いますから。泣かないで、メリル様……メリル様?」
「あんのくそ女~! もうっ……きーーっ!!」
どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。腹立たしい。今すぐ、あの女を引っ叩きたい。
フィンのことなどお構いなしに、私は怒りに任せて走り出していた。




