第1話 初めての野営
改訂2023/04/09
王都に向けて祠を出発したものの、王都までの道のりは、遠い。
実家……もとい、レーゼン侯爵城からの追手を避けるために、侯爵の城を迂回する必要があるからだ。
それだけではない。
何処に反ラゴイル派が潜んでいるか分からないから、レーゼン侯爵の領内にある集落には立ち寄れない。
侯爵の領地を抜けるまでは、野宿を続けることになる。
現代っ子の俺や城育ちのグラーシュは、野宿が続きと精神的に参ってきそうだけど、アルディはあまり抵抗無いんだろうな~。
用心しすぎかもしれないが、旅に慣れていない段階では、このくらいが丁度いいはずだ。
転生したら数日で拉致されて、被検体として監禁生活を送ることになったら、俺……発狂するかも。
考えが一巡したところで、俺は身震いをしてしまった。
エラムが心配そうに振り向き優しい目で宥めてくれた。
大丈夫、大丈夫。
そう念じながら、エラムの鬣を撫でた。
ん……?
もしかしたら、エラムは、俺が尿意を催していて身震いしたと思ったのか……
で、背でお漏らしをされたらかなわないって心配して、こっちを見たのかな?
まぁ、慣れない乗馬の振動が、尿意を誘う気もするけど……
大丈夫、大丈夫。
もう一度、エラムの鬣を撫でた。
「ルラン様、暗くなる前に野営の準備をしませんか。」
「そうだね。そしたら、この先の小川の近くで、本日は野営しまーす。」
グラーシュの提案で、ふと気が付いた。
そうだ、グランピングと違うんだった……
自分たちで全部準備をしなきゃじゃん。
となれば、当然、日の落ちる前に設営を始めなければだ。
初日を振り返ると……
進んでは止まって、地図を確認する。
標識や目印は無いから、アタリを付けながら、想像力を働かせて、様子を見ながらまた進む。
その繰り返しだった。
街道を利用しないで移動することが、こんなに大変だと思わなかった。
人目を避けて森の中を馬で歩いて……15kmぐらいは移動できたっぽいから良しとするか。
俺の外見がラゴイルのままだから、いけないんだよな~。
アルディを召喚して作ったように、自分の体も光の粒子で形成できない物だろうか……
何せ俺の持っているスキル【白き理】は、教えてくれたおじいさんの話だと、最強らしいから。
その最強スキルをゲットしたってのに、俺の体は、死に損ないのままだ。
全然体力は元に戻らない。
スキルと体力は別……分かっていても、やるせない。
腰に帯刀しているサーベルは、グラーシュが用意してくれたから、ナマクラではないだろうが、俺の体がコイツを思うように振り回せるほど健やかじゃない。
一振り二振りできるようになったって、自分の身を守る事もできない。
俺が戦えないとすると、アルディとグラーシュにお願いすることになる。
そのアルディは、ほとんど丸腰……
振り回せない俺が持っていても仕方ないし、俺のサーベルを戦いのときだけ貸すか?
でも、いざ戦闘が始まってから悠長にサーベル授与式なんてやってる余裕なんて無いだろ。
抜きなれないサービルをゆっくりと慎重に引き抜いてみた。
ん-、長さも太さも、俺には丁度良さそうだが、アルディが使うには短くて細くて、心許ない。
直ぐにへし折れてしまいそうだ。
となると……まずは、アルディの武器の成形に決まりだな。
俺は、接触プレイ禁止だから……
敵と距離を取って戦うしかないな。
当分は、ゲートから飛び道具を出して、魔法使いのように後方支援だ。
でも……この世界の魔法使いが、そんな戦い方をするのか?
確認するまでは、安易にゲートからの射出攻撃は控えた方がいいかもしれないな。
あとは格闘術を学んだというグラーシュだけど、いいとこ、俺の護衛だろうな。
難儀だな……
「最強じゃ」「最強よ」なんて言ってたが、持っている本人が思うように使えないんじゃ、無用の長物じゃんね。
「ルラン様、見えましたー。小川ですー。」
グラーシュの声で我に返った。
今は今直面している事に集中して、できることをやるだけだな!
気を取り直して、偵察粒子!追加散布!!
よし、周囲に人影無し!!
まぁ、こんな森の中で、人目につかないところを選んで進んでいるんだから、人影なんてある訳ないか……
「よーし、野営準備開始―っ!」
俺の掛け声とともに、三人とも下馬した。
「俺は薪拾いに行ってくるから、グラーシュは水汲みとかしといて~。」
「はい。」
「アルディは俺に付いてきて!」
「御意」
俺とアルディは、自称格闘家で怪力のグラーシュを置いて、森に向かった。
本来なら華奢な美人を独り置いて、男二人で行動ってのはマズいんだろうけど……
後ろ髪を引かれた思いに駆られ、立ち止まって振り返ると、グラーシュが微笑み、手を振ってくれた。
まぁ、大丈夫だろう。
きっと大丈夫、直ぐに済ませて帰ってこよう。
そう自分に言い聞かせて、アルディの後を追った。
「さて、俺は薪を集めるから、アルディは自分用の弓を作って。」
「……」
あれ?
返事が無い……?
「ナイフとか道具無いと作れない?」
「作れますが、少々お時間を頂きたく」
俺がアルディの顔を覗き込むと、アルディは、少し弱気な返事をひねり出した。
まぁ……そうだよね。
ナイフぐらいは必要だよね。
まだ明るいから、薪集めの前に、ナイフを成形するか。
どうせなら、俺とグラーシュの分も作ろう。
俺がナイフを3本イメージすると、辺りは暗くなった。
次の瞬間、成形された三本のナイフが俺の手に現れた。
アルディ用は、短刀と見間違えるような大き目の“マチェットナイフ”だ。
先頭を切って、ブッシュを切り払いながら森を進んで欲しいという思いが通じてくれるといいんだけど。
まぁ、押し付けなくても、アルディの性格からすれば、やってくれると思うけど。
グラーシュ用は、サバイバルナイフ。
何でもこなすメイド兼武闘家が、逃避行のお供をするなら、利便性バッチリの“サバイバルナイフ”だ。
キャンプでの家事にも使えて、護身用の格闘術にも邪魔にならない……最高の一本!!
って喜んでくれるといいんだけど。
因みに、俺のは、ダガーナイフ
この三種類の中では、最も小さく、最も短く、唯一の両刃。
俺の手元に有ればいつでも成形し直せるから、いざとなれば長剣に変える事もできるだろう。
であれば、日ごろから大きい必要も無いし……
メインアタッカーではない俺には、所持しても邪魔にならず、振り回しても疲れにくい“ダガーナイフ”が良い。
イメージ通りの三本を見て、震撼してしまった。
「ルラン様……?」
呼びかけてきたアルディの視線は、俺の手中の三本のナイフへと向けられている。
注意深くアルディの視線を追うと、渇望の対象はマチェットナイフだった。
「そしたら、これで弓作ってみてね。」
勿体ぶってても仕方ない。やることやって、グラーシュのところに戻らなければ。
俺は、アルディにマチェットを渡した。
「御意……これは……!?」
手に取った瞬間、嬉しさを凌駕した驚きの声が上がった。
「軽いでしょ。特注だよ。」
「ありがとうございますっ!」
「いーの、いーの。頑張ってね~。」
シンプルに気持ちの良い感謝の言葉が、一番聞いて嬉しいわ。
「では!ルラン様、後ほど!!」
アルディは、弾むような足取りで、森の奥へと消えてしまった。
おい!
俺の護衛は誰がするんだっ!!
……って、本当は俺が弓を成形できればいいのに、できないんだから、多めに見るか……
弦の部分が上手くできる気がしないのがいけないんだよな~。
まぁ、アルディは弓も扱えるんだし、ナイフがあれば、作れるでしょ。