第45話 度胸試し
改訂2023/04/14
シュー―――ッ
風を切る音が徐々に大きくなりながら、俺を目掛けて石が飛んでくる。
破裂するような着弾音に続いて倒れる立木の映像がまだ瞼に焼き付いているせいで、体中の潤滑油が抜けたようにギシギシして動かない。
大丈夫、既に俺は先生に言われた通り左手をかざしている……
こうしているだけで…何事も無くこの脅威は過ぎ去ってしまうはずだ…
そう言い聞かせても、無残な姿で倒れる立木のイメージを払拭できない。
俺も……
目の前の事態に圧倒されて、命の危機を感じ、目の前の事がスローモーションに変わり、今までの事が走馬灯のように頭の中で駆け巡り始めた。
転生してからの記憶……クマエとの今までのやり取り……
特に、抱き付かれて…大きく軟らかい記憶…スリットからのぞく太ももとガーターベルトでの高揚……
って、違うだろっ!!
馬鹿は死なねば治らないというが、俺の場合は死んでも治らなかったんだな……
ちゃんと自分が馬鹿と知って、生きているうちに、馬鹿からの脱却のために、少しずつ努力するしかなかったって事か……
今更、こんな時に気が付くなって……
まぁ、死ぬ前に気が付けて良かったのかも。
もう一回転生したら頑張ろう……
そして迎えるスローモーション映像の最後……
着弾の直前、左手が黒くなったように見えた。
そして、着弾!
俺は見て居られず目を瞑ってしまった。
……
あれ……?
左手は……?
目を開けて確認したが、破裂どころか、傷一つない。
左手には、何の衝撃も受けなかったけど……着弾はしたんだよな……?
もしかして、着弾してない?
本能が突然顔を出して、超速回避したとかか?
辺りを見渡してみるが、倒木は増えていない。
ただただ何事もなかったように静寂に包まれている。
何が起こった?
投石した本人の龐徳を見ると、目を見開いたまま呆然と立ち尽くしている。
「おーい!大丈夫か~?」
龐徳は、我に返り、瞬きをしていつも通りの凛々しい顔に戻った。
「そっちから見て、左手と石、どうなった?」
「着弾の瞬間、左手が黒くなりました……そして、石は、着弾して……無くなったように見えました。」
ん……?
どういう事……?
もう一回試してみるか。
いや、っていうか……嫌!!
それに、同じことをやっても同じように分からないだけかもしれない。
先生の言う通り、生命への脅威に対応できたことが分かっただけでも、収穫は有った!
という事にして……どうせ試すなら、他の実験した方が、気付きは多いかもしれない。
「投石テストは終わり―っ!続きまして、打撃テストに移りまーすっ!」
「打ち込みがし易そうなテキトーな枯れ枝を見つけて準備して下さーい!」
「御意」
龐徳は返事をすると、軽やかな足取りで、枝を探しに森に入って行った。
ほどなく戻ってきた龐徳の手には、“幹”が握られていた。
おい!
森に入って、指示を忘れたか!?
俺がお願いしたのは、枝だ!
幹じゃない!!
それとも、自分の持ち味である“忠誠心”を忘れたか?
何を考えているんだ!!
もぉーー!どう見てもヤバい奴やん!!
何処が枝なんだよ!!
龐徳は先生と裏で連帯でもしてるのか!?
ちゃんと脅威になりそうなの見つけてきてるじゃん。
まぁ、こうなったら、気合を入れて試すしかないか。
俺が「もう一回枝探して来い!」って言ってもまだ“幹”を持ってきそうだし……
それでもって、「主上、これが枝でございます!」とかって真顔で言いそうだし。
「ヨシ……そうしたら、俺が左手を挙げるから、その“枝”で左掌に打ち込みをしてみてくれるか?」
「御意」
「準備はいいかい?」
龐徳は改めて、幹……もとい枝の感触を確かめ始めた。
片手で振り回し始めると、ブンブンと風を切る音が俺の鼓膜を不快にさせ、その度に悪寒に襲われた。