第39話 主導権を握っていたのは
侯爵を連れて、エルフの少年を保護しているグラーシュ達と合流できたのは、昼前だった。
保護できたことが分かれば、もう焦る必要が無いと速度を落として移動したからだ。
合流したときには、少年は既に落ち着いていた。
首を痛がっているそぶりもないから、幸いにも、激しい救出劇だったが、むち打ちにならずに済んだみたいだ。
まぁ、こっちの世界の人は現代人とは鍛え方が違うか。
ってか、なんなら、ちょっとグラーシュに懐いているように見えた。
命の恩人な訳だし、それに加えて美人とくれば、当然か。
「少年、お名前は?」
「マサル」
おしい!マサオじゃなかったか。
「俺は・・・」
「ルランでしょ。グラーシュから聞いた。」
そうですか。
「で、どうして襲われていたの?」
「それは・・・」
「おっけー、言いたくないなら良いよ。言いたくなったら教えて。」
救出に向かう際に俺はグラーシュに、マサルの希望通りに対応してって言ってあって、今もここに居るという事は・・・。
「どこかに向かっていたところを襲われたのかい?ダムの管理人棟とか?」
「うん。」
「そっか、俺たちもそこに行くから、一緒に行こうか。」
ダムの管理人棟に向かう、ただそれだけの理由でエルフの少年をダークエルフが集団で襲うのは考えにくい。
そもそも、昨日のルーロック山の偵察でも、嫌な予感がしたし、何かあるな。
少年マサルの希望通りダムに到着すれば、もう少し教えてくれるだろう。
聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気分のまま移動を再開した。
ダムの管理人棟に到着したのは、夕方だった。
肝心の納品も、到着後すぐに完了した。
状況を確認したダム管理人たちは、各種の点検や記録作業などに加え、珍客の少年の対応と大忙しの様子だった。
俺達は、管理人室に呼ばれて待機となった。
そして、戻って来た管理責任者と検収完了手続きが始まった。
「お陰様で、概ね200Mtがダムに溜まった状態であることが確認できました。」
管理責任者が口火を切ったが、俺は、つい眉をひそめてしまった。
俺は、間違いなく依頼内容に従い、予定通り200Mtの注水を済ませた訳だから、そんな言い方をされる筋合いはない。
「量が量なので、厳密に正確な数量を測定できないんです。そのため、予め算出していた既定の深度に達したことをもって判断しました。」
すかさず管理責任者から、フォローが入った。
しかし、その考え方で行くと、初めから“200Mt必要だけど、200Mt入ったかは厳密に測れない”ってことだよね・・・
「結局、報酬額は、ミーヴ侯爵次第という事ですか?」
「申し上げにくいのですが、そうなります。」
マジかよ、一杯食わされた・・・
でも、考えてみたらそうだよな。
俺の見通しが甘かったわ。もっと契約の時に詰めておけばよかった。
砂の採掘で多額の報酬を受け取って浮かれた気分のまま契約締結してしまったことが、悔やまれる。
「ただ、私どもからの正式な報告書に、“ルラン様の注水により、貯水率0%が100%に達し、貯水量は200Mtになった”と記しました。」
「はぁ。」
「合せて、“この注水中の天候は晴れで、雨量は零、整備不十分のためルーロック山からの流入は無し”という特記事項も記してあります。」
「ありがとうございます。」
「それから、報告書を受け取ったミーヴ侯爵から、記載内容を訂正しろといった類の命令は今のところ来ていません。」
「今、色々とゆっくり斟酌しているとかじゃないですか?」
「そんなことも無いと思いますよ。侯爵は、報告書の記載内容に納得して受取り、代金の用意を指示していましたので、大丈夫かと思いますが。」
「了解です。期待して待つことにします。すいません、気を遣わせてしまって・・・」
「いえいえ、それでは失礼します。」
「あ、ちょっと待ってください。さっきの少年は?」




